↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/50

こんなに大事にしてるのに

あの日、彼女は死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。

最近の美咲は、返信する時間が長かった。


以前なら一時間もしないうちにぱたりと止まっていたのに、今は昼に始めた会話が夕方まで続いていることもある。もちろん同じ相手と話し続けているわけではない。目についた返信を拾い、しばらく消え、また戻ってくる。


遥香はそれをよく見ていた。


美咲は楽しそうだった。


だからこそ、気になった。


また無理をしているんじゃないか。


本人が楽しいと思っている時ほど、止めどころが分からなくなる。


遥香は昔から、そういう美咲を何度も見てきた。


ある夜、美咲がリプ返を始めた。


> 今日はちょっとだけ返すー!


その「ちょっとだけ」が信用ならないことを、遥香は知っている。


一時間後も、美咲はまだ返信していた。


> 明日テストです!


> はやく寝なさい!


> 今日誕生日!


> おめでとーー!


> 仕事辞めたい


> 今日はとりあえず寝よ!


遥香は時計を見た。


日付が変わりそうだった。


> 美咲、そろそろ寝た方がいいんじゃない?


送った。


返事はなかった。


その間にも、美咲は別のファンへ二つ返信していた。


遥香はもう一度送る。


> また無理してない?


今度は返事が来た。


> してないよー!


> でももう結構長いよ


数分待った。


> 楽しいから大丈夫!


遥香はその文章を読んだ。


楽しい。


美咲がそう言うなら、普通ならそこで終わる。


でも遥香は終われなかった。


> 楽しい時ほど止まらないじゃん

> 前もそうだったし


返事はすぐには来なかった。


やがて、


> 遥香ちゃん心配しすぎ笑


と表示された。


遥香は眉を寄せた。


心配しすぎ。


冗談っぽい言い方だった。


怒っているようには見えない。


それでも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。


翌日、遥香は沙耶と話した。


「最近、美咲ほんとずっと返信してるよね」


「ですよね。めっちゃ楽しそう」


沙耶は素直に嬉しそうだった。


遥香はアイスコーヒーのストローを回した。


「ちょっと心配だけどね」


「何がですか?」


「疲れないのかなって」


「ああ」


沙耶はそこで初めて考える顔になった。


「でも、疲れたらやめるんじゃないですか?」


遥香は返事をしなかった。


そんなに単純じゃない。


少なくとも、自分が知っている美咲は違う。


「美咲って、そういうの自分で気づかない時あるから」


「そうなんですね」


「昔から」


また、その言葉を使った。


沙耶は頷いた。


「遥香さん、ほんとよく見てたんですね」


遥香は笑って、


「まあね」


と返した。


その日の夜、美咲が投稿した。


> 今日返信ちょっと少なめかも!


遥香は画面を見た。


昨日のことを気にしたのだろうか。


もしかして、自分の言葉をちゃんと聞いてくれたのかもしれない。


そう思った。


ところが一時間ほどすると、美咲は普通に返信を続けていた。


数が少ないだけで、やめてはいない。


遥香は何も送らなかった。


数日後。


美咲がある男性ファンと何度かやり取りしていた。


名前は見覚えがあった。


最近よく返信欄にいる人だった。


仕事の話。


夕飯の話。


休日に何をするか。


大した内容ではない。


ただ、その人が何か書くたび、美咲がよく拾っていた。


遥香は途中まで見て、Xを閉じた。


数分後、また開いた。


会話は続いていた。


> 今日ラーメン


> またラーメン!笑


> 覚えてた?


> 最近めっちゃ食べてるじゃん!


遥香の指が止まった。


覚えている。


その人が最近ラーメンをよく食べていることを。


別に、おかしくない。


美咲は昔からそういうことを覚える。


修平という名前だったか。


最近よく見るファンの一人。


それだけ。


遥香は自分のプロフィール画面へ戻った。


過去の返信を遡る。


美咲から返ってきた言葉。


名前を呼ばれたもの。


昔の話を覚えていたもの。


たくさんある。


自分にはもっとある。


そう思った。


その夜、美咲が、


> 今日いっぱい話したー!


と投稿した。


遥香は返信した。


> 楽しいのはいいけど、ほんと無理しないでね


美咲から、


> ありがとー!


と来た。


いつもの返事だった。


それなのに、遥香は満足できなかった。


数日後、ついに美咲の方から話が出た。


きっかけは、遥香がまた別のファンへの返信に口を出したことだった。


ある男性ファンが、美咲に、


> 今日もずっと美咲ちゃん見てた


と送っていた。


美咲は、


> 私ばっか見てないでちゃんと他のこともしなさい!笑


と返していた。


遥香はその下に、


> こういう人にはあんまり返さない方がいいと思う


と書いた。


美咲からの返事は、しばらく来なかった。


夜になって、通知があった。


> 遥香ちゃん


それだけ。


遥香はすぐに返した。


> なに?


少し待つ。


> ちょっと言っていい?


遥香は嫌な予感がした。


> うん


美咲から次の文章が来るまで、思ったより時間がかかった。


> 心配してくれるのはありがたいんだけど

> 誰に返すかは私が決めたいかも


遥香は何度も読み直した。


怒っている。


少なくとも、いつもの軽い返しとは違った。


> 別に決めてるつもりないよ

> ただ心配してるだけ


送った。


美咲。


> うん、それは分かってる


そこで一度止まった。


さらに、


> でも最近ちょっと言われること多いから


遥香の胸がざわついた。


> 何が?


> 誰に返さない方がいいとか

> もう休んだ方がいいとか


遥香はすぐに文章を打った。


> だって実際無理するじゃん

> 昔からそうだったでしょ


返事はなかなか来なかった。


> 昔は昔だよ


遥香はそこで完全に手を止めた。


昔は昔。


短い言葉だった。


> どういう意味?


> そのまま

> 今は今だよ


遥香は唇を噛んだ。


> でも美咲がそういうタイプなのは変わらないじゃん


> 変わってるところもあるよ


> 私はずっと見てきたから分かるよ


送ってから、遥香は画面を見つめた。


返事はすぐに来なかった。


ようやく届いた文章は、さらに短かった。


> うん

> でも全部は分からないよ


遥香は息を止めた。


それは、正しい。


そんなことは分かっている。


全部分かるなんて、本気で思っているわけではない。


でも。


> こんなに心配してるのに?


送ってしまった。


返事はしばらく来なかった。


十分。


二十分。


美咲はその間、誰にも返信していなかった。


やがて通知が来た。


> 心配してくれるのはありがたいよ

> でも、ちょっと今はこのくらいの距離がいいかも


遥香は意味が分からなかった。


このくらいの距離。


どのくらいだ。


今までと何が違う。


> 距離って何?


美咲からの返事。


> ”うまく言えないけど”

> ”誰に返すかとか、いつ休むかとかは私が決めたい”


遥香は画面を見たまま動かなかった。


そんなことは分かっている。


決めるなと言ったことなんてない。


ただ、心配しているだけだった。


本当に無理している時の美咲を知っているから。


昔から。


誰よりも。


> 私が口出ししすぎってこと?


しばらくして、


> ちょっとしんどい時はある


遥香はスマートフォンを伏せた。


聞きたくなかった。


しんどい。


美咲が、自分に対して。


何年も応援してきた。


ライブへ行った。


生誕祭も祝った。


服も化粧も相談された。


体重の話だって、自分にだけ話してくれた。


「遥香ちゃんにしか話せないんだけど。」


あの声を覚えている。


だからずっと、大事にしてきた。


死んでからも心配した。


変なファンに絡まれれば気にした。


疲れていそうなら休んでほしいと思った。


それなのに。


「……こんなに大事にしてるのに」


声に出した瞬間、自分でも少し変な言葉だと思った。


大事にしている。


美咲を。


それは間違っていない。


なのに今、その言葉はどこか別の意味に聞こえた。


遥香はスマートフォンを裏返したまま、その夜はもうXを開かなかった。


翌朝。


目を覚ましてすぐ、結局通知を確認した。


美咲から追加のメッセージはなかった。


代わりに、いつもの投稿が一つだけあった。


> おはよー!


遥香はそれを見た。


返信しなかった。


そのまま画面を閉じた。


昨日までなら、美咲が元気ならそれでよかった。


今は。


それだけでは、足りなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。