私と美咲
あの日、あの子は死んだ。これは、私たちの最期の”友情”の話ー
七瀬真帆が、また美咲について聞かれた。
場所は雑誌のインタビューだった。
取材では、新曲や今後の活動、最近ハマっているもの、メンバー同士の関係など、いつもの質問が続いた。
最初の二十分ほどは、普通の取材だった。
最後の方になって、記者が少しだけ声の調子を変えた。
「中川美咲さんのことも、少し聞いていいですか」
真帆は一度だけ息を吐いた。
「どうぞ」
「最近も連絡は取っていますか?」
「取ってます」
「どのくらいの頻度で?」
「それは…普通です」
「普通?」
「友達同士くらいです」
記者は頷いた。
「やっぱり、今も美咲さんから真帆さんの活動について感想が来たり?」
「来る時は来ます」
「新曲については、何か言っていましたか?」
真帆はそこで少し考えた。
別に言えないことではない。
美咲は新曲を聴いて、
> 真帆めっちゃ声合ってるじゃん
と送ってきた。
そのあと、
> でも2番の入りちょっと遅くない?笑
とも言ってきた。
真帆は、
> まだ慣れてないだけ
と返した。
美咲。
> 楽しみにしてる
そんなやり取りだった。
話しても大したことではない。
記事になって困る内容でもない。
でも、真帆は言わなかった。
「それは、私と美咲のことなので」
記者は一瞬だけ黙った。
「ああ、なるほど」
真帆は小さく笑った。
「すみません」
「いえいえ。じゃあ、今の美咲さんをどういう存在だと思っていますか?」
今度はすぐに答えた。
「友達です」
「今も?」
「今もです」
記者は頷きながらメモを取った。
「死後も続く友情、という感じですかね」
真帆はその言葉を聞いた。
「普通に友達です」
「普通に?」
「はい」
少し間が空いた。
記者は質問を変えた。
取材が終わると、真帆は控室でスマートフォンを開いた。
美咲から通知が来ていた。
> 今日取材?
数時間前のものだった。
真帆は、
> 終わった
と返す。
少しして、
> おつかれー
> また私のこと聞かれた?
真帆は眉を寄せた。
> なんで分かんの
> だいたい聞かれるじゃん笑
> 聞かれた
> 何て言ったの?
真帆は少し考えた。
> 友達って
すぐに、
> それだけ?
と返ってきた。
> それだけで何が悪いの
> いや別に笑
真帆はそこでスマートフォンを置いた。
数日後、記事が公開された。
見出しは、
**《七瀬真帆、“美咲は友達” 死後も続く絆語る》**
だった。
真帆はタイトルを見た時点で、だいたい予想していた通りだと思った。
本文には、取材で答えたことが並んでいる。
最近も連絡を取っていること。
今も友達だと思っていること。
美咲の存在が特別であること。
間違ったことは書いていない。
ただ、自分が言った「普通に友達です」という言葉から、「普通に」の部分だけが妙に薄くなっていた。
コメント欄には、
> 泣いた
> 本当に絆ってあるんだな
> 生死を超えてる
> 親友っていいね
と並んでいた。
真帆は途中で閉じた。
美咲から、また通知が来た。
> 見たよー!
真帆は、
> 見なくていいのに
と返した。
> えーなんでそんなこと言うのよー
> 別に
> 死後も続く絆、語ってくれたの?
> 続けないほうが良かったかな
> ひど!
真帆は鼻で笑った。
その夜、グループの配信があった。
新曲の話。
ライブの裏話。
最近の失敗談。
いつも通りの内容だった。
コメント欄には、美咲の名前も流れていた。
「美咲ちゃん見てるかな」
「真帆ちゃん今日もかわいいって言われそう」
「美咲ちゃんとの話もっと聞きたい」
真帆は一つも拾わなかった。
無視したわけではない。
ただ、話す必要がないと思った。
メンバーの一人が別のコメントを拾い、話題はそのまま流れていった。
配信後、美咲から、
> 今日前髪いいじゃん
と来た。
真帆は、
> そこ?
> そこ
> 他ないの
> 歌よかったよ
> 先に言え
> えへへ
真帆はそこで返信をやめた。
数日後。
今度はテレビ収録だった。
収録前、スタッフから事前確認があった。
「美咲さんのこと、触れても大丈夫ですか?」
真帆は、
「大丈夫です」
と答えた。
もう慣れていた。
番組内では、司会者が比較的丁寧に聞いた。
「今もお話しされるんですか?」
「します」
「不思議な感じはあります?」
「最初はありましたけど、今はそんなに」
「じゃあ、もう普通?」
「普通です」
司会者は少し意外そうだった。
「強いですね」
真帆は返事に困った。
強いとか弱いとか、そういう話ではなかった。
美咲がいる。
話す。
ただそれだけだった。
「最近、美咲さんから何か印象的な言葉はありましたか?」
真帆は少し考えた。
先日の新曲の話が浮かんだ。
そのあと、ライブの感想。
衣装の話。
寝不足を怒られたこと。
どれもある。
でも、言わなかった。
「特には」
「特には?」
「ありますけど、別に人に話すようなことじゃないです」
スタジオが少し笑った。
司会者も、
「なるほど、秘密ということで」
と流した。
真帆は否定しなかった。
収録後、スタッフの一人が、
「すみません、ちょっと踏み込みすぎましたかね」
と声をかけてきた。
真帆は首を振った。
「別に大丈夫です」
「でも、あまり話したくない感じでしたよね」
真帆は少しだけ考えた。
「話したくないっていうより」
言葉を選ぶ。
「何でも美咲とセットにされるのは、ちょっと違うかなって」
スタッフは頷いた。
「なるほど」
「美咲は美咲で、私は私なので」
それだけ言った。
帰宅してから、美咲にメッセージを送った。
> 今日またテレビで聞かれた
少しして、
> 私のこと?
> そう
> 人気者じゃん私
> 死んでからね
送ってから、真帆は少しだけ言いすぎたと思った。
でも、美咲は、
> ほんとそれ笑
と返してきた。
真帆はベッドに寝転んだ。
テレビでは、さっき収録した番組とは別のニュースが流れている。
スマートフォンには美咲。
部屋には自分一人。
それでいい。
美咲との話をすること自体が嫌なわけではない。
聞かれれば答える。
友達だとも言う。
今も話しているとも言う。
でも、その中身まで全部見せる必要はない。
誰かに見せるために友達をやっているわけではなかった。
真帆はスマートフォンを開いた。
美咲から新しく、
> てか今日何時に寝るの
と来ていた。
> まだ決めてない
> はやく寝なよ
> あんたに言われたくない
返したあと、真帆は通知を閉じた。
明日も仕事がある。
美咲との会話も、多分またある。
でも、それは記事にも番組にもならなくていい。
私と美咲のことは、私と美咲のことだった。




