↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/50

美咲の本心

あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー

遥香は、美咲の昔の投稿をよく見返すようになっていた。


昔といっても、何年も前のものばかりではない。死ぬ数か月前、数週間前、最後のライブの少し前。美咲が普通に生きていた頃の文章だった。


> 今日やばいくらい眠い


> 前髪切りすぎたかも


> ラーメン食べたい


> でも最近ほんとに太った


何度見ても、美咲だった。


言葉の選び方。


変なところで使う「笑」。


急にどうでもいいことを書く癖。


今のXと、ほとんど変わらない。


だからこそ、遥香は時々安心した。


変わっていない。


少なくとも、美咲自身は。


そう思えた。


変わったのは周りだった。


フォロワー。


返信の数。


知っている顔より、知らない名前の方が多くなった。


生前なら一度もライブに来なかった人たちが、美咲へ「おはよう」と送り、「仕事行ってくる」と報告し、「おやすみ」と書く。


最初はそれも悪くないと思っていた。


今でも、悪いことだとは思っていない。


ただ、時々うるさいと思うようになった。


ある日、美咲が、


> 今日ちょっと頭まわらないー


と投稿した。


返信欄にはすぐに、


> 無理しないでね


> 休んだ方がいいよ


> ちゃんと寝て


という言葉が並んだ。


その中に、


> 美咲ちゃん、最近ずっと返信してるし少し休んだ方がいいと思う


という投稿があった。


遥香はその文を何度か読んだ。


内容自体はおかしくない。


むしろ、自分も似たようなことを思っていた。


それでも、なぜか引っかかった。


その人のプロフィールを開く。


死後新規。


美咲を知って、まだ数か月だった。


遥香はXへ戻った。


その人の返信をもう一度見る。


少し休んだ方がいいと思う。


美咲のことをどこまで知っているのだろう。


疲れていても平気な顔をすること。


本当にしんどい時ほど、逆に元気そうに振る舞うこと。


「大丈夫?」と聞かれると、とりあえず「大丈夫」と答えること。


遥香は知っている。


何度も見てきた。


特典会で顔色が悪かった日。


「寝不足?」と聞いたら、


「ちがうよー!元気!」


と笑った日。


その後すぐに体調不良でイベントを休んだ。


そんなことを、あの人は知らない。


遥香は返信を書いた。


> 美咲、無理してる時って自分から休まないからね笑

> ほんとにしんどかったらちゃんと言ってね


送った。


少しして、美咲から、


> はーい!


と返ってきた。


それだけで、遥香は少し落ち着いた。


やっぱり。


分かっている。


自分は、美咲のそういうところを。


数日後。


沙耶からメッセージが来た。


> この前の美咲ちゃん、ちょっと元気なかったですよね?


遥香はすぐに、


> たぶん疲れてただけだと思うよ


と返した。


> そうなんですかね


> 昔からああいう時あるよ


> へえ


その「へえ」を見て、遥香は少し満足した。


昔から。


その言葉は便利だった。


沙耶が知らないことを、自分は知っている。


今の美咲しか知らない人たちに、生前の美咲を説明できる。


それは、以前感じていた「女だから分かる」とは少し違った。


もっと確かなものだった。


自分は、そこにいた。


ある日の夜。


美咲が突然、


> 今日はもう返信おしまいー!


と投稿した。


珍しかった。


普段なら、勝手に返信が止まるだけで、わざわざ終わりを宣言することは少ない。


返信欄には、


> おつかれ!


> ゆっくり休んで


> また明日!


と並んだ。


遥香は、


> 珍しいね


と送った。


しばらくして、美咲から、


> ちょっと疲れた!


と返ってきた。


遥香は画面を見た。


やっぱり。


> だから言ったじゃん笑


送る。


返事はなかった。


もう返信を終えると言ったのだから、当然だった。


翌日。


美咲は普通に、


> おはよー!


と投稿した。


遥香は安心した。


少しして、昨日のことを思い出して、


> 今日は無理しないでね


と返した。


今度も返事はなかった。


それでも特に気にはしなかった。


美咲が読んでいるかどうかくらい、何となく分かる。


そんな感覚があった。


数日後、美咲が一人の男性ファンと話していた。


仕事を辞めようか迷っているらしい。


> もう限界かも


> そんなにしんどいなら辞めてもいいんじゃない?


> でも次決まってない


> じゃあ誰かに相談しなよー

> 一人で決めるの怖いでしょ


かなり普通の会話だった。


遥香は途中まで読んで、少し眉を寄せた。


美咲は昔から、こういう話に弱かった。


誰かが本気で困っていると、必要以上に気にする。


自分まで背負い込む。


本人はそれを「話聞いただけ」と言う。


遥香は返信した。


> 美咲、あんまり背負わなくていいからね


美咲から、


> 背負ってないよ笑


と来た。


遥香は少し迷って、


> そういう時ほど背負ってるじゃん


と返した。


今度は返事がなかった。


数分後。


美咲は別の人に返信していた。


遥香はそのやり取りを見た。


何か違うことを言っただろうか。


心配しただけ。


美咲がしんどくならないように。


昔から、そうだった。


美咲は自分で無理していることに気づかない時がある。


だから、周りが言わないといけない。


遥香はそう思った。


その日の夜、沙耶が美咲の投稿を引用していた。


> 今日も返信いっぱいしててかわいい


遥香はそこに、


> 元気ならいいんだけどね笑


と書いた。


沙耶から、


> 美咲ちゃん返信するの好きそうですよね


と返ってきた。


遥香は少し考えた。


好き。


そうなのかもしれない。


昔からファンと話すのは好きだった。


特典会でも、時間ぎりぎりまで喋る。


スタッフに剥がされてもまだ何か言っている。


返信も、気が向けばよくしていた。


それでも今は、数が違う。


相手が違う。


距離が違う。


> 好きだけど、無理しがちなんだよ


と遥香は返した。


沙耶。


> さすが詳しい


その一文を見て、遥香はしばらく指を止めた。


詳しい。


そう。


自分は詳しい。


美咲が何を嫌がるか。


どこまでなら笑って流すか。


疲れている時にどうなるか。


本当に怒っている時はどういう返し方をするか。


全部ではない。


当然だ。


それでも、新しく好きになった人たちよりは分かっている。


遥香はそう思った。


その夜、美咲が、


> 今日もいっぱい話したー

> おやすみ!


と投稿した。


遥香はすぐには返信しなかった。


数分後、


> おやすみ

> ちゃんと休んでね


とだけ送った。


美咲から返事は来なかった。


遥香はスマートフォンを伏せた。


気にはならなかった。


返事がなくても分かる。


美咲がどういう人なのか。


昔から見てきた。


だから、分かっている。


そう思えることが、今の遥香には必要だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。