美咲の本心
あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー
遥香は、美咲の昔の投稿をよく見返すようになっていた。
昔といっても、何年も前のものばかりではない。死ぬ数か月前、数週間前、最後のライブの少し前。美咲が普通に生きていた頃の文章だった。
> 今日やばいくらい眠い
> 前髪切りすぎたかも
> ラーメン食べたい
> でも最近ほんとに太った
何度見ても、美咲だった。
言葉の選び方。
変なところで使う「笑」。
急にどうでもいいことを書く癖。
今のXと、ほとんど変わらない。
だからこそ、遥香は時々安心した。
変わっていない。
少なくとも、美咲自身は。
そう思えた。
変わったのは周りだった。
フォロワー。
返信の数。
知っている顔より、知らない名前の方が多くなった。
生前なら一度もライブに来なかった人たちが、美咲へ「おはよう」と送り、「仕事行ってくる」と報告し、「おやすみ」と書く。
最初はそれも悪くないと思っていた。
今でも、悪いことだとは思っていない。
ただ、時々うるさいと思うようになった。
ある日、美咲が、
> 今日ちょっと頭まわらないー
と投稿した。
返信欄にはすぐに、
> 無理しないでね
> 休んだ方がいいよ
> ちゃんと寝て
という言葉が並んだ。
その中に、
> 美咲ちゃん、最近ずっと返信してるし少し休んだ方がいいと思う
という投稿があった。
遥香はその文を何度か読んだ。
内容自体はおかしくない。
むしろ、自分も似たようなことを思っていた。
それでも、なぜか引っかかった。
その人のプロフィールを開く。
死後新規。
美咲を知って、まだ数か月だった。
遥香はXへ戻った。
その人の返信をもう一度見る。
少し休んだ方がいいと思う。
美咲のことをどこまで知っているのだろう。
疲れていても平気な顔をすること。
本当にしんどい時ほど、逆に元気そうに振る舞うこと。
「大丈夫?」と聞かれると、とりあえず「大丈夫」と答えること。
遥香は知っている。
何度も見てきた。
特典会で顔色が悪かった日。
「寝不足?」と聞いたら、
「ちがうよー!元気!」
と笑った日。
その後すぐに体調不良でイベントを休んだ。
そんなことを、あの人は知らない。
遥香は返信を書いた。
> 美咲、無理してる時って自分から休まないからね笑
> ほんとにしんどかったらちゃんと言ってね
送った。
少しして、美咲から、
> はーい!
と返ってきた。
それだけで、遥香は少し落ち着いた。
やっぱり。
分かっている。
自分は、美咲のそういうところを。
数日後。
沙耶からメッセージが来た。
> この前の美咲ちゃん、ちょっと元気なかったですよね?
遥香はすぐに、
> たぶん疲れてただけだと思うよ
と返した。
> そうなんですかね
> 昔からああいう時あるよ
> へえ
その「へえ」を見て、遥香は少し満足した。
昔から。
その言葉は便利だった。
沙耶が知らないことを、自分は知っている。
今の美咲しか知らない人たちに、生前の美咲を説明できる。
それは、以前感じていた「女だから分かる」とは少し違った。
もっと確かなものだった。
自分は、そこにいた。
ある日の夜。
美咲が突然、
> 今日はもう返信おしまいー!
と投稿した。
珍しかった。
普段なら、勝手に返信が止まるだけで、わざわざ終わりを宣言することは少ない。
返信欄には、
> おつかれ!
> ゆっくり休んで
> また明日!
と並んだ。
遥香は、
> 珍しいね
と送った。
しばらくして、美咲から、
> ちょっと疲れた!
と返ってきた。
遥香は画面を見た。
やっぱり。
> だから言ったじゃん笑
送る。
返事はなかった。
もう返信を終えると言ったのだから、当然だった。
翌日。
美咲は普通に、
> おはよー!
と投稿した。
遥香は安心した。
少しして、昨日のことを思い出して、
> 今日は無理しないでね
と返した。
今度も返事はなかった。
それでも特に気にはしなかった。
美咲が読んでいるかどうかくらい、何となく分かる。
そんな感覚があった。
数日後、美咲が一人の男性ファンと話していた。
仕事を辞めようか迷っているらしい。
> もう限界かも
> そんなにしんどいなら辞めてもいいんじゃない?
> でも次決まってない
> じゃあ誰かに相談しなよー
> 一人で決めるの怖いでしょ
かなり普通の会話だった。
遥香は途中まで読んで、少し眉を寄せた。
美咲は昔から、こういう話に弱かった。
誰かが本気で困っていると、必要以上に気にする。
自分まで背負い込む。
本人はそれを「話聞いただけ」と言う。
遥香は返信した。
> 美咲、あんまり背負わなくていいからね
美咲から、
> 背負ってないよ笑
と来た。
遥香は少し迷って、
> そういう時ほど背負ってるじゃん
と返した。
今度は返事がなかった。
数分後。
美咲は別の人に返信していた。
遥香はそのやり取りを見た。
何か違うことを言っただろうか。
心配しただけ。
美咲がしんどくならないように。
昔から、そうだった。
美咲は自分で無理していることに気づかない時がある。
だから、周りが言わないといけない。
遥香はそう思った。
その日の夜、沙耶が美咲の投稿を引用していた。
> 今日も返信いっぱいしててかわいい
遥香はそこに、
> 元気ならいいんだけどね笑
と書いた。
沙耶から、
> 美咲ちゃん返信するの好きそうですよね
と返ってきた。
遥香は少し考えた。
好き。
そうなのかもしれない。
昔からファンと話すのは好きだった。
特典会でも、時間ぎりぎりまで喋る。
スタッフに剥がされてもまだ何か言っている。
返信も、気が向けばよくしていた。
それでも今は、数が違う。
相手が違う。
距離が違う。
> 好きだけど、無理しがちなんだよ
と遥香は返した。
沙耶。
> さすが詳しい
その一文を見て、遥香はしばらく指を止めた。
詳しい。
そう。
自分は詳しい。
美咲が何を嫌がるか。
どこまでなら笑って流すか。
疲れている時にどうなるか。
本当に怒っている時はどういう返し方をするか。
全部ではない。
当然だ。
それでも、新しく好きになった人たちよりは分かっている。
遥香はそう思った。
その夜、美咲が、
> 今日もいっぱい話したー
> おやすみ!
と投稿した。
遥香はすぐには返信しなかった。
数分後、
> おやすみ
> ちゃんと休んでね
とだけ送った。
美咲から返事は来なかった。
遥香はスマートフォンを伏せた。
気にはならなかった。
返事がなくても分かる。
美咲がどういう人なのか。
昔から見てきた。
だから、分かっている。
そう思えることが、今の遥香には必要だった。




