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本物の美咲

あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー

特別ライブの翌日、悠斗のタイムラインは中川美咲だらけだった。


現地組の感想。


切り抜かれた過去映像。


泣いたという報告。


次もやってほしいという声。


そして、その流れに乗るように、今度は「次に何ができるか」という話が増えていた。


> 次は新曲いけるでしょ


> 過去音源あるなら声も作れそう


> AIで今の美咲ちゃんの歌声作ってほしい


> 昔の写真から今の美咲ちゃんの姿も作れないかな


悠斗はベッドに寝転がったまま、それを読んでいた。


「また始まったな」


誰に言うでもなく呟いた。


ライブ自体は面白かった。


悠斗は現地へ行かず、奈緒と配信で見た。


大きな画面に昔の美咲が映り、Xの投稿がリアルタイムで流れる。生前の映像を知っている悠斗でも、思っていた以上にちゃんとライブだった。


奈緒も途中から普通に見入っていた。


終盤、美咲の、


> 生きてる時に見たかったー!笑


が表示された時だけ、二人とも何も言わなかった。


終わったあと、奈緒はソファにもたれたまま、


「すごかったですね」


と言った。


「うん」


「行きたくなりました?」


「ちょっと」


「現地?」


「次あるなら」


奈緒は頷いた。


「私も行ってみたいです」


悠斗はそこで初めて奈緒を見た。


「美咲の?」


「ダメなんですか?」


「いや、意外」


「今日見たら普通に楽しそうだったから」


それで会話は終わった。


悠斗にとっても、それくらいだった。


翌日の昼。


大学時代からの友人と飯を食っていると、その友人もライブの話を振ってきた。


「昨日のあれ見た?」


「見た」


「すげえな。もう普通にバーチャルアイドルみたいになってんじゃん」


「違うだろ」


「何が」


「バーチャルじゃないし」


友人は箸を止めた。


「いや、身体ないんだろ?」


「ないけど」


「じゃあバーチャルみたいなもんじゃん」


「なんか違う」


悠斗自身、うまく説明できなかった。


昔の映像は昔の美咲だ。


Xにいるのは今の美咲。


その二つを同時に使っただけで、どちらも偽物ではない。


少なくとも悠斗には、そう見えていた。


友人はさらに続けた。


「でもさ、今の技術なら声作れるんじゃないの?」


「何の」


「美咲ちゃんの」


「昔の音源使って?」


「そうそう。今の美咲ちゃんが歌詞考えて、声だけAIで作れば新曲できるじゃん」


悠斗は少し眉を寄せた。


「それ、今の美咲じゃなくない?」


友人は笑った。


「面倒くせえオタクだな」


「いや、だって違うだろ」


「本人が歌詞書いたら本人じゃん」


「声は本人じゃないじゃん」


「じゃあ昨日のライブだって昔の声だろ」


「昨日のは昔の美咲だからいいんだよ」


「分からん」


「俺も説明できん」


二人ともそこで笑った。


友人の言っていることがおかしいとは思わなかった。


本人が望むなら、そういう形もあるのかもしれない。


新しい曲。


新しい声。


新しい映像。


技術的にどこまでできるのか、悠斗には分からない。


ただ、それを見せられても、自分はたぶん「今の美咲だ」とは思わない。


そんな気がした。


その日の夜。


美咲が、


> 昨日のライブまだ余韻あるー!


と投稿した。


悠斗は、


> こっちも


と返した。


少しして、


> 見てたの?


> 配信だけどね、ちゃんとライブしてたなって


少し間が空いた。


> それうれしい!


悠斗はその返事を読んだ。


その時、昼の会話を思い出した。


> 新曲とかやりたい?


送ってみる。


美咲からの返事はすぐには来なかった。


数分後。


> やれたら楽しそう!


> 声作るとか言ってる人いた


> いたねー


> やりたい?


今度は少し長く待った。


> どうだろ

> 面白そうではある!


それだけだった。


否定もしない。


強く望んでもいない。


悠斗は、


> 俺はいらないかな、今の美咲で十分


> 今の私?


> そ、Xの中にいる美咲

> 俺には、それが本物の美咲だから


美咲から、


> めんどくさ笑


と返ってきた。


悠斗は、


> 知ってる


と送った。


会話は、それで終わりだった。


悠斗はベッドから起き上がり、水を飲んだ。


棚には昔のチェキがある。


スマートフォンには今の美咲がいる。


奈緒との写真も、その隣にある。


何かが足りないとは思わなかった。


ライブがまたあれば見る。


新しい企画があれば面白がる。


本人がやりたいなら、AIの声だって否定するつもりはない。


でも、自分が欲しいかと聞かれれば、違った。


悠斗にとっては、昔の映像よりも、新しく作られた声よりも、


> 何してるー?


と今送ってきて、


> 仕事


と返せば、


> がんばれー!


と返してくる方が、ずっと美咲だった。


その日の最後に、美咲からまた通知が来た。


> 明日ひま?


悠斗は、


> 仕事


と返した。


> がんばれー!


予想通りの返信だった。


悠斗はそれを見て、スマートフォンを閉じた。


足りていた。


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