↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/50

叶ってしまった夢

あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー

会場の最寄り駅に着いた時点で、人の流れがいつもと違った。


黄色い服。


黄色いバッグ。


昔の生誕Tシャツ。


見覚えのあるロゴ。


メメント・キミがまだ六人だった頃のタオルを首にかけている人もいる。


直人は駅の階段を上りながら、その一人一人を目で追った。


生前の現場で見た顔も、何人かいた。


名前までは知らない。


でも、何度も同じライブハウスで見た。


あの頃より少し老けた人もいる。


髪型が変わった人もいる。


昔は一人で来ていたのに、今日は恋人らしき人と並んでいる人もいた。


その一方で、明らかに見たことのない人の方が多かった。


会場前には長い列ができていた。


物販。


入場待機。


記念写真。


あちこちで美咲の名前が聞こえる。


「死後新規なんですけど」


そんな言葉まで、もう普通に使われていた。


直人の前に並んでいる二人組もそうだった。


「昔のライブ映像、全部見た?」


「全部は無理。多すぎる」


「今日どれ使うんだろ」


「ラスト絶対あれじゃない?」


「あれって?」


「もっと大きいところ行こうね、ってやつ」


直人はそこで前を見た。


知っている。


その言葉は、美咲が何度も口にしていた。


もっと大きいところに行きたい。


もっと見つけてほしい。


もっと売れたい。


その願いだけなら、今日は間違いなく叶っていた。


開場すると、人の波が一気に動いた。


中へ入る。


広い。


生前のメメント・キミでは、まず立つことのなかった場所だった。


天井が高い。


ステージまで遠い。


照明も音響も、いつものライブハウスとは規模が違う。


直人は自分の位置を確認した。


中央より少し後ろ。


それでも十分見える。


ステージには巨大なスクリーンがある。


左右にも映像用のモニター。


中央には、今はいないはずの中川美咲の名前が大きく出ていた。


開演前のBGMが流れている。


客席はざわついていた。


「緊張してきた」


「無理かも」


「絶対泣く」


そんな声が聞こえる。


直人はポケットからスマートフォンを出した。


美咲はすでに投稿していた。


> もういる人ー?


数秒ごとに返信が増えている。


> いるー!


> 入った!


> 後ろだけど見える!


> 美咲ちゃんどこ!


美咲。


> 私も分かりません!!笑


客席のどこかで笑い声が起きた。


たぶん同じ投稿を見た人たちだ。


直人も、


> 入った


とだけ送った。


返信は来なかった。


それでよかった。


照明が落ちた。


一気に歓声が上がる。


スクリーンに、昔のライブ映像が映った。


美咲がいる。


黄色い衣装。


若い。


当たり前だ。


映像なのだから。


客席がどっと沸く。


直人も声を出した。


自分でも驚くくらい自然に出た。


六人のメメント・キミがステージ上を走っている。


今より少し頼りないダンス。


まだ完成しきっていないフォーメーション。


それでも美咲はよく目立った。


画面の端にいても分かる。


笑っている。


全力で手を振っている。


歌っている。


昔のライブ映像なのに、今日の音響で流れるとまるで別物だった。


低音が腹に響く。


客席の歓声が重なる。


映像の中の観客と、今ここにいる観客が同じタイミングでペンライトを振る。


直人は一瞬、本当に時間が混ざったような気がした。


一曲目が終わる。


スクリーンが暗転した。


すぐに、美咲のXが大型モニターへ表示された。


> みんな見えてるー?


会場が揺れるほどの声が上がった。


「見えてるー!」


誰かが叫ぶ。


周りも続く。


美咲から新しい投稿。


> うるさ!!笑

> でもありがとー!


また歓声。


直人は笑った。


昔の美咲がステージで歌っている。


今の美咲が、それを見て文字を返している。


確かに、参加していた。


少なくとも、ただの上映会ではなかった。


二曲目。


三曲目。


途中には未公開の舞台裏映像が挟まれた。


鏡の前で髪を直している美咲。


床に座って弁当を食べている真帆。


振り付けを確認するメンバー。


本番直前、美咲がカメラに向かって、


「今日絶対いいライブにしよーね!」


と笑う。


今の真帆が、ステージ袖からその映像を見ていた。


やがて現メンバー五人が出てくる。


会場がさらに沸いた。


今の五人。


過去の美咲。


同じ公演の中にいる。


一曲だけ、五人が生で歌い、その背後のスクリーンで昔の美咲が同じ曲を踊った。


タイミングが少しズレる。


映像だから当然だった。


それでも、客席は一体になっていた。


直人は歌いながら、何度かスクリーンを見た。


美咲だけが若い。


美咲だけが汗をかかない。


美咲だけが、同じ表情を何度でも繰り返す。


対してステージの五人は息を切らしていた。


真帆はサビの途中で少し声が掠れた。


隣のメンバーが半拍遅れた。


誰かがターンを外して、すぐ立て直した。


直人は、その失敗の方を見ていた。


でも次の瞬間には、美咲の映像へ目が戻る。


どちらも見たい。


それが少し苦しかった。


中盤、美咲のXがまた表示された。


> え、これいつの私!?

> 髪短!!


客席から笑いが起きる。


> その衣装好き!


> これ好きだった!


> 今も似合うよ!


そのうち一人が、


> 今の美咲ちゃんでもこの衣装見たい


と書いた。


美咲は返さなかった。


代わりに別の投稿。


> みんな楽しんでるー?


歓声。


直人はスマートフォンを見た。


今の美咲は、いつも通りだった。


でも、画面の中の美咲とは違った。


当然のことなのに、今日はその差が何度も目に入った。


終盤。


照明が少し落ちる。


スクリーンに、昔のワンマンライブの映像が出た。


美咲がMCをしている。


まだ小さな会場だった。


客席との距離も近い。


「今日はほんとに来てくれてありがとう!」


昔の歓声が聞こえる。


美咲は少し息を切らしていた。


「私たち、まだ全然小さいんだけど」


隣のメンバーが笑う。


「でも、絶対もっと大きくなるから!」


客席が応える。


「もっともっと大きいところ行こうね!」


直人の周囲から、すすり泣く音が聞こえた。


スクリーンの中の美咲は、何も知らない。


このあと死ぬことも。


今日、自分の名前だけでこんな大きな会場が埋まることも。


直人はステージを見た。


夢は叶っている。


ただし、美咲はそこに立っていない。


映像が終わる。


数秒の暗転。


大型モニターに、新しい投稿が出た。


> ありがとー!

> やっぱライブいいね!


歓声が上がった。


続けて、


> こんなにいっぱい来てくれると思わなかった!


さらに、


> 生きてる時に見たかったー!笑


会場の空気が、一瞬だけ変わった。


笑う人もいた。


泣く人もいた。


何も言わない人もいた。


直人は声を出せなかった。


美咲は続けた。


> でも今日見れたからいっか!


大歓声。


直人も拍手した。


それでいいのかもしれない。


本人がそう言うなら。


でも、「今日見れた」と言っている美咲には、客席から何が見えているのだろう。


その疑問だけは残った。


アンコールはなかった。


代わりに、エンドロールが流れた。


過去のスタッフ。


衣装。


撮影。


当時の運営。


最後に、


中川美咲


と大きく表示された。


その下に、


and YOU


客席からまた声が上がった。


照明がつく。


終わった。


直人はしばらくその場にいた。


周囲では、みんなが感想を言い合っていた。


「やばかった」


「来てよかった」


「美咲ちゃんいたよね」


「普通にライブだった」


「またやってほしい」


出口へ向かう。


会場の外へ出た瞬間、冷たい空気が顔に当たった。


直人はスマートフォンを開いた。


美咲はもう投稿していた。


> 楽しかったー!!

> またやりたい!!


返信欄は、すごい勢いで伸びていた。


> 今日だけじゃ足りない


> また絶対やって


> 次は新曲ほしい


> 声ももっと聞きたい


> もっとやってほしい


> 今日で終わりとか無理


直人はしばらく読んだ。


始まる前は、もう一度見たい。


終わったあとには、もっと見たい。


美咲自身も、


> またやりたい!


と言っている。


誰も間違っていない。


だから余計に、終わらないのだと思った。


直人はスマートフォンを閉じた。


駅へ向かう人の波に混ざる。


背後には、まだ会場の看板が光っていた。


中川美咲 特別ライブプロジェクト


生きていた頃より、ずっと大きな文字だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。