ツギハギだらけの過去と姿のない今
あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー
直人がその発表を見たのは、メメント・キミの公式アカウントからだった。
平日の午後八時。
直人は帰宅して、コンビニの袋を机に置いたところだった。
メメント・キミからの重要なお知らせ
最初に目に入ったのは、何度も見た嫌な文字列だった。
「重要なお知らせ」「大切なお知らせ」「~に関するお知らせ」
時にはワンマンライブ決定、時にはメンバーの一人が病気で休養、そして時には、中川美咲の死の通達ー
耳目を集めるためか知らないが、直人はそのファン心理を逆なでする文字列にうんざりしていた。
《中川美咲 特別ライブプロジェクト 開催決定》
直人ははじめ、自分がタイムスリップでもしたのかと思った。
それか美咲の死は全部疲れた心が見せた幻覚で、本当の美咲は生きていたのかと。
あり得ない妄想と同じくらいあり得ないその文字を、直人はしばらく見つめていた。
運営の言い分はどうやらこうらしかった。
過去のライブ映像や未公開の舞台裏映像、既存のライブ音源や当時のオフィシャル写真。
そうした記録を再構成し、一夜限りの特別公演を行うようだ。
そして公演中、中川美咲本人もXを通じてリアルタイムで参加する予定です。
そこまで読んで、直人はもう一度最初から読み直した。
新しい声を作るとは書いていない。
新しい映像を生成するとも書いていない。
生前に残されたものだけを使う。
今の美咲は、Xで参加する。
ずいぶん考えたのだろう。
誰がどこまでなら許されると思ったのかは分からないが、少なくとも雑に作った企画には見えなかった。
会場名を見て、直人は少し驚いた。
「ライブハウス」というくくりならおそらく日本でも最大の会場だ。
スタンディングなら2500人は入る。
美咲が生きていた頃、メメント・キミが単独で立ったことのない規模だった。
いつか立ちたい、と話したこともあった。
公式の投稿には、すでに大量の返信が付いていた。
> 絶対行く
> 美咲ちゃんのライブまた見れるの?
> 泣く、てか泣いてる
> これはやばい
> チケット取れる気しない
> 生前行けなかったから絶対行きたい
死後に美咲を知った死後新規も多かった。
直人は返信欄を閉じた。
しばらくして、美咲本人も投稿した。
> なんかライブやるらしいです!!
続けて、
> 私も参加するらしいです!!
さらに、
> どうやって!?笑
返信欄が一気に伸びた。
> 本人が知らないの草
> 楽しみ?
> 絶対行く!
> 美咲ちゃんライブだよ!!
美咲は次々返している。
> 楽しみー!
> え、ほんとに来るの?
> いっぱい来てー!
> 私もちゃんと見るからね!
直人は最後の一文で手を止めた。
私もちゃんと見る
その言葉を、美咲自身が何のためらいもなく使っていた。
ライブをするのに、美咲はステージへ立たない。
客席でも、家でも、病院でもない、どこか分からない場所から、昔の自分のライブを見る。
直人は公式サイトを開いた。
詳細ページには、企画の経緯も書かれていた。
死後も活動を続ける美咲に対し、ファンから「もう一度ライブを見たい」という声が多数寄せられていたこと。
美咲本人とも相談し、本人の希望を尊重した上で開催を決定したこと。
売上の一部は、グループ活動と今後のアーカイブ保存に使用されること。
誰かが無理やりやらせているわけではない。
美咲も嫌がっていない、それどころかむしろ楽しみにしている。
だったら何が悪いのか。
直人には、うまく言えなかった。
グループの他のメンバーも投稿していた。
「楽しみです」
「美咲とまた同じライブに出られるの、不思議」
「みんなでいい日にしよう」
七瀬真帆の投稿だけは短かった。
> やります。よろしくお願いします。
それ以上は書いていなかった。
直人はチケットページを開いた。
メメント・キミの頃とは違う、大手のチケットサイトだった。
トップページに「中川美咲特別ライブ 先行抽選開始!」の文字が表示されている。
直人は慌てて申し込みボタンに指を伸ばしてー 止めた。
行きたいか。
そう聞かれれば、行きたい。
美咲のライブをもう一度見たいと思ったことは何度もある。
それが叶うと言われて、何も感じないはずがない。
けれど、これは本当に「もう一度」なのか。
過去の声。
過去の笑顔。
過去の身体。
ツギハギだらけのライブ会場で、
「今」はXで美咲が打つ文字だけなのだ。
直人はそのまま申し込みページを閉じた。
何かを認めることは、何かを否定することのような気がした。
翌日、健太からメッセージが来た。
> ライブやるんだな
> 見た
> 行く?
> 悩み中。お前は?
> う~ん、行かないかな
> なんで?
> なんでってほどでもないけど
> 今はもういいかなって
> 美咲いるのに?
> そりゃ、ステージに立つなら行きたかったさ
嘘だな。
直人は直観的にそう思った。
健太はもう、メメント・キミのライブを見ることはない。
美咲がいても、いなくても。
健太にとってそこはもう、それほど大事なことじゃないのだろう。
> どうした?直人
> いや、別に
> お前はまだ美咲推しだもんな。行ってやれよ、美咲も喜ぶよ。
> ああ、そうだな
そこで会話は終わった。
夜。
美咲はライブの話ばかりしていた。
> 昔の映像いっぱい見るらしい!
> 恥ずかしい!
> 変なの使わないでほしい笑
ファンが、
> 黒歴史ある?
と聞く。
> いっぱいあります!!
別の人。
> 今の美咲ちゃんが見ながら実況する感じ?
> たぶんそうなるのかなー?
直人はそのやり取りを読んでいた。
美咲本人が一番楽しそうだった。
それを見ているうちに、直人の中にあった違和感が少しだけ薄れた。
本人がやりたいならそれでいいのかもしれない。
いや、良いに決まってる。
次の日。
直人は先行抽選に申し込んだ。
当選通知が来たのは、その翌週だった。
《ご当選のお知らせ》
直人はメールを閉じた。
ライブへ行く。
美咲が死んでから初めての、美咲のライブだった。




