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思い出は、そこに

あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー

昔よく通っていたライブハウスがなくなったことを、直人は偶然知った。


仕事帰り、いつもと違う道を歩いていた時だった。


駅前の交差点を曲がり、見覚えのある通りへ入る。そこまで来て、ようやく思い出した。


美咲たちのグループ、メメント・キミが何度か出演していたライブハウスが、この先にある。


今も営業しているのか気になり、そのまま歩いた。


数分後、直人は足を止めた。


建物がなかった。


正確には、建物そのものはまだ残っていた。


ただ、正面を覆う足場と白いシート、その横に立つ工事看板が、かつてここにライブハウスがあったことをまるで人の目から隠すように、存在していた。


看板には改装工事ではなく、解体工事と書いてある。


直人は道路の反対側へ渡った。


場所は間違っていない。


入口の脇に細い階段があって、出演者のポスターが何枚も貼られていた。


地下へ降りると、夏でも妙に空気が冷たかった。


受付の横にはドリンク代の説明が貼ってあり、奥から低音が漏れていた。


ドリンクカウンターでは、普段はアルコールを提供しているのだろうが、メメント・キミのライブの時は水やお茶のペットボトルが立ち並んでいた。


無言で手に取り、各々の場所へ歩いて行き、ライブの始まりを待った。


全部覚えている。


それでも今、目の前にあるのは工事用の壁だった。


直人はスマートフォンを取り出した。


検索すると、少し前に閉店していたらしい。


理由までは読まなかった。


店の公式アカウントには、最後の営業日の写真が載っていた。


知らないバンドが、知らない客を相手に演奏をしている写真だった。


最後まで営業して、そのまま終わったらしい。


直人が最後にここへ来たのは、いつだっただろう。


美咲が死ぬ前だった。


たしか対バンだった。


持ち時間は短かった。


客もそれほど多くはなかった。


美咲は黄色い衣装で、ステージの端まで何度も走っていた。


曲の途中でマイクのコードを踏みかけて、すぐに持ち直した。


その場では、どうでもいい出来事だった。


今でも覚えているのに、その建物はもうなくなる。


直人は工事現場の前から離れた。


写真を撮る気にはならなかった。


残したところで、何になるのか分からなかった。


駅へ戻る途中、美咲のXを開いた。


新しい投稿があった。


> 今日なんか眠いー


十分前。


何人かが返信している。


直人は投稿を見て、そのまま閉じた。


昔の場所はなくなる。


美咲は今日も眠いらしい。


翌日、健太にメッセージを送った。


> あのライブハウスなくなってた


少しして返事が来た。


> どこ?


直人は店の名前を送った。


> あー、そこか

> そうなんだ


それだけだった。


直人は少し拍子抜けした。


> 覚えてる?


> 覚えてるよ

> 美咲がコード踏みそうになったとこでしょ


直人は笑った。


> そこまで覚えてんのかよ


> お前が当時ずっと言ってたから


> そうだっけ


> 言ってた言ってた


健太はちゃんと覚えていた。


そのことに、少し安心した。


週末、直人はもう一度その場所を通った。


別に用事があったわけではない。


近くまで来たから寄っただけだった。


工事は進んでいた。


正面の看板も、もう外されていた。


ライブハウスの名前はどこにもない。


通り過ぎる人は、誰も足を止めない。


当然だった。


ここが何だったか知らない人の方が多い。


直人も、そのまま通り過ぎた。


しばらくして、美咲が昔のライブ写真を投稿した。


> これいつだろー?

> 分かる人いる?


画像を見た瞬間、直人には分かった。


さっきのライブハウスだった。


ステージの壁。


照明の位置。


端に見える機材。


衣装からして、あの日ではない。


もっと前のライブだった。


返信欄には昔からのファンが何人か集まっていた。


> たぶんあそこじゃない?


> ここ懐かしい!


> 2019年の秋?


美咲は、


> えー全然覚えてない笑


と返していた。


直人も返信した。


> そこもうなくなったよ


しばらくして、美咲から返事が来た。


> え!ほんとに?


> ほんと


> そっかー


それだけだった。


直人は何となく、もう少し何か言うかと思っていた。


寂しいとか。


悲しいとか。


懐かしいとか。


でも、美咲はその後すぐ別の返信へ移った。


> この衣装好きだった!


> 私もー!


> この時髪短いね


> 短い!


直人は少し考えてから、スマートフォンを伏せた。


美咲にとっても、あそこは過去の場所だった。


自分だけが取り残されているわけではない。


その事実は、少し意外だった。


数日後、工事現場の前には新しい看板が立っていた。


次に何が建つのか書いてある。


飲食店と事務所が入る、小さな複合ビルになるらしい。


直人は信号待ちの間、それを読んだ。


隣では高校生が二人、動画を見ながら笑っている。


道路を挟んだ向こう側で、トラックがバックしている。


ライブハウスだった場所は、もう次の用途を持ち始めていた。


信号が青になった。


直人は歩き出した。


ポケットの中でスマートフォンが震えた。


美咲の通知だった。


横断歩道を渡りきってから開く。


> おなかすいた


直人は立ち止まらず、そのまま駅へ向かった。


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