↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/50

沙耶

あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー

遥香が沙耶と知り合ったのは、美咲が死後にXを更新するようになってからだった。

きっかけは返信欄だった。

美咲が、


> 最近おすすめのリップあるー?


と投稿した日のことだった。

遥香は普段使っているブランド名を書いた。少しして、美咲から、


> 遥香ちゃんこういうの詳しいよね~!


と返ってきた。

その下に、別の女性ファンが返信していた。


> これ私も使ってます!ほんとにいいです!


アイコンは知らない女性だった。

遥香が何となくプロフィールを開くと、美咲を知ったのは死後らしかった。

bioには「美咲ちゃん死後新規!仲良くしてください!」と書かれている。

過去のライブ映像を見て好きになり、それから毎日のようにXを追っているようだ。


名前は沙耶。

二十五歳。


それ以上のことは特に書かれていなかった。

その日は、それだけだった。

何度か返信欄で名前を見るうちに、お互い何となく認識するようになった。

遥香が美咲の昔の衣装について書けば、沙耶が反応する。

沙耶が昔の動画を引用して、


> この髪型かわいすぎる


と書けば、遥香が、


> この時期よかったよ


と返す。

そんなやり取りが続いた。

ある日、沙耶から、


> 遥香さんって生前から美咲ちゃん推してたんですよね?


と返信が来た。


> そうだよ


> うらやましいです

> 私も一回でいいからライブ見たかった


遥香は少しだけ返事に迷った。


> 楽しかったよ

> 美咲、ライブだともっとかわいかった


> いいなあ……


その言葉を見て、遥香は少し気分が良かった。

嫌な意味ではない。

自分が知っている美咲のことを、誰かが知りたがっている。

それが嬉しかった。

そこから沙耶とは、たまに直接やり取りをするようになった。


ただし、個人的な連絡先を交換するほどではない。

X上で話すだけ。

美咲の昔の衣装、ライブ、メンバー、握手会。

沙耶は何でも聞いた。


> 美咲ちゃんって実際どんな感じでした?


> Xとそんな変わらないよ


> やっぱりずっと明るかった?


> 明るかった

> でも普通に疲れてる時もあったよ


> そういうのも見てみたかったな


遥香はそこで少し手を止めた。

疲れている美咲。

服の話をする美咲。

体重が増えたと小声で言う美咲。


そういうものまで、沙耶は知らない。

知らなくて当然だった。

その頃にはまだ、美咲を知らなかったのだから。


数週間後。


沙耶から、


> もしよかったら今度ご飯行きませんか?


と来た。

遥香は少し考えてから承諾した。

待ち合わせは駅前だった。

沙耶は、Xのアイコンより少し幼く見えた。


「遥香さん?」


「うん。沙耶ちゃん?」


「そうです!」


会ってすぐ、美咲の話になった。

それ以外に共通の話題がほとんどなかった。

二人でカフェへ入る。

沙耶は美咲の昔のライブについて何度も聞いた。


「客席ってどのくらいだったんですか?」


「会場によるけど、小さいところ多かったよ」


「やっぱ近かった?」


「近い。後ろでも普通に顔見えるくらい」


「うわー、いいなあ」


沙耶は本気で羨ましそうだった。

遥香は当時のことを話した。

美咲がMCで噛んだこと。

特典会が長引いてスタッフに急かされていたこと。

髪色を変えた日に誰も気づかず、本人が少し不満そうだったこと。

沙耶はそのたびに笑ったり、驚いたりした。


「なんか、本当にいたんですね」


不意に言われて、遥香は顔を上げた。


「いたよ」


「いや、分かってるんですけど。私が知った時にはもうXしかなかったから」


沙耶は少し気まずそうに笑った。


「昔の動画見ても、なんか歴史みたいに感じる時あって」


遥香はストローを指で回した。


「歴史って」


「ごめんなさい、変ですよね」


「別に」


でも、その言葉は少し引っかかった。

歴史。

自分にとっては数年前の出来事だった。

目の前にいた人、話した人、手を握った人。


それを、沙耶は動画で知った。


「でも今は普通に話せるじゃん」


遥香が言うと、沙耶は頷いた。


「それが嬉しいです。私みたいなのでも話せるから」


私みたいなのでも。

遥香は何も言わなかった。

食事の途中、沙耶がスマートフォンを見た。


「あ」


「何?」


「美咲ちゃん」


画面をこちらへ向ける。

美咲が少し前に、


> 暇な人いるー?


と投稿していた。


沙耶はその場で返信した。


> 遥香さんとご飯中!


遥香は思わず顔を上げた。


「書いたの?」


「ダメでした?」


「いや、別に」


数分後。


突然向かいから、メメント・キミのデビュー曲が流れだした。

”我想う、故にキミあり”ー。

驚いた遥香を見て、沙耶がすこし照れくさそうに笑った。


「にわかっぽいですよね、デビュー曲を着信音にしてるなんて」


「ううん、”我キミ”は不朽の名曲」


「遥香さんくらいになってもそう思うんですね!」


「そういえばそ(・)れ(・)、美咲から?」


「そうみたいです、えっと、なになに…」


> え!遥香ちゃんと!?

> いいなー!何食べてるの?


「ですって!」

沙耶は遥香にそう言うとすぐに


> パスタ!


と返した。


> ずる!!


遥香はそのやり取りを横から見ていた。

別に何もおかしくない。

自分の名前も出ている。

美咲はちゃんと覚えている。

それでも、最初に返事をもらったのは沙耶だった。


「美咲ちゃん、最近ちょっと覚えてくれてる気がするんですよ」


沙耶が言った。


「そうなんだ」


「この前も仕事のこと覚えてて」


「へえ」


「前の日に『明日プレゼンです』って書いたら、次の日『どうだった?』って」


沙耶はスマートフォンを見ながら話している。

遥香は水を飲んだ。

美咲は、そういうところがある。

昔から。

ファンが前に話したことを突然覚えている。

それは遥香も知っている。

だから沙耶にやっていても、おかしくはない。

ただ。

沙耶は、美咲が死んでから知った。

ライブにも来たことがない。

握手もしたことがない。

美咲の声を直接聞いたこともない。

それでも、美咲は沙耶の仕事の話を覚えている。


「やっぱ美咲ちゃんって女性ファンには話しやすいんですかね」


沙耶が何気なく言った。

遥香は顔を上げた。


「何で?」


「なんか、結構返してくれるし。男の人より安心なのかなって」


聞いたことのある考え方だった。

自分が何度も思ってきたこと。

遥香はすぐに同意しなかった。


「美咲はあんまりそういうの気にしてないって言ってたよ」


「そうなんですか?」


「前に聞いた」


「へえ」


沙耶は特に気にした様子もなく、またスマートフォンを見た。

遥香は少しだけ妙な気持ちになった。

自分が以前、美咲に言った。

女のファンの方が安心じゃない?

美咲は否定した。

男でも女でも、あまり気にしていない。

それなのに、今度は沙耶が同じことを考えている。

女だから。

それだけなら、沙耶も同じだった。


帰り道。


沙耶は楽しそうに美咲との過去のやり取りを見せてきた。


「これ、初めて返信もらったやつです」


「へえ」


「こっちは名前呼ばれたやつ」


「結構返ってきてるね」


「ですよね!」


嬉しそうだった。

遥香は、その笑顔を見た。

嫌いではなかった。


むしろ、いい子だなと思った。

美咲のことを好きな女同士で話すのも楽しかった。


それでも。


駅で別れたあと、一人になってから思った。

沙耶も女だ。

美咲から名前を呼ばれる。

前に話したことを覚えてもらう。

返信をもらう。


それなら、自分が美咲に近かった理由は、女だったからだけではないはずだ。

遥香は電車に乗り、スマートフォンを開いた。

昔の写真を探した。

美咲とのチェキ、特典会、ライブ、生誕祭。


沙耶にはないものが、いくつもあった。


美咲が生きていた頃。

自分はそこにいた。

遥香は、その事実を確かめるように写真を一枚ずつ送っていった。


Xには、美咲の新しい投稿が来ていた。


遥香は通知だけ見て、すぐには開かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。