↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/50

岡田修平

あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー

岡田修平が中川美咲を知ったのは、彼女が死んだ後だった。

ニュースサイトの見出しが最初だった。


《死去したアイドル・中川美咲さんのX、本人による更新か》


修平は昼休み、コンビニのおにぎりを食べながら記事を開いた。

「本人による更新」という言葉の意味がよく分からなかった。死んだ人間なのだから、本人であるはずがない。どうせ乗っ取りか、宣伝か、よくできたAIだろうと思った。

記事には美咲の写真が載っていた。

若い、そしてかわいい。

その程度の感想だった。

街を歩いていれば日に1~2度は出てくる感想だ。


修平は記事を閉じた。


その日の午後には、もう忘れていた。

二十九歳、会社員、一人暮らし。


修平の生活は、特に困ることなく回っていた。


職場では普通に話す。朝になれば挨拶をするし、昼休みに同僚と食事へ行くこともある。仕事で分からないことがあれば聞くし、誰かが冗談を言えば笑う。たまには、誰かに仕事を教えることだってある。


人付き合いが苦手というほどではなかった。


ただ、同僚は同僚だった。

勤務時間が終われば、ほとんど連絡を取らない。

学生時代の友人とも、社会人になってから少しずつ疎遠になった。喧嘩したわけではない。何度か「また飲もう」と言い合い、そのまま何年も会っていない人がほとんどだった。

休日は一人で過ごした。

ゲーム、漫画、動画鑑賞、好き好んで外出をするタイプでないが、引き込もっているわけでもない。


それで特に困ってはいなかった。

誰かと予定を合わせる必要もないし、好きな時に起きて好きな時に寝られる。

一人の方が楽だと思っていた。

美咲の記事をもう一度見たのは、それから一週間ほど後だった。

今度は動画サイトだった。

おすすめに、


《中川美咲ってどんなアイドルだった?》


という動画が出てきた。

一度記事で見かけただけでも何となく「知ってる人」な気がして動画を見てみた。


生前のライブ映像、バラエティの切り抜き、ファンとのやり取り、笑っている顔。

気付けば、関連動画をたどっていた。

グループ名はメメント・キミというらしい。


「……くだんねー名前」


修平はすぐに、動画に戻った。


死ななければ、一生目にすることもなかっただろう。

しかし、死んでいるから一生会えない。

死んだアイドルに初めて出会う、というのは

ずいぶんやる瀬のない気持ちになるもんだな、と思った。


それから現在のXを開いた。

本当に更新されている。


> 今日みんな何してるー?


数分前の投稿だった。

返信欄には大勢の人がいる。


仕事中、学校、休み、ゲーム、病院、夕飯。


どうでもいい日常が流れている。

美咲はその一部に返していた。


> 仕事です


> がんばれー!


> 今日休み!


> ずる!


> 今からゲーム


> 何やるの?


修平は少し眺めた。

死んでいる人間との会話には見えなかった。

普通のSNSだった。


別に、面白半分さ。

誰に聞かせるでもなくつぶやきながら、

修平はそっと美咲のアカウントをフォローした。


それから過去のライブ映像も少しずつ見た。

だからといって、生活が変わったわけではない。


仕事へ行く、帰る。夕飯を食べ、ゲームをして、寝る。

その中に、美咲のXを見る時間が少し増えただけだった。


最初に返信したのは、仕事でミスをした日だった。

大きな失敗ではない。

資料の数字を一ヶ所間違えた。

上司に呼ばれ、注意された。

修正して、その日のうちに片づいた。

誰かに話すほどでもなかった。

以前なら、くだらないと鼻で笑って終わっていた。


帰りの電車でXを開く。

美咲が、


> 今日疲れた人ー?


と書いていた。

修平は少し迷って、


> 仕事で怒られた


と送った。

送ってから、自分でも少し変な感じがした。

どうしてわざわざ書いたのか分からなかった。

返信が来るとも思っていなかった。


数分後。


通知が来た。


> ちゃんと帰れたなら今日はもう終わり!

> 明日考えよー!


修平は画面を見た。

短い文章だった。

別に深いことは書いていない。

それでも、少しだけ肩の力が抜けた。


> まだ電車


と返す。

美咲。


> 帰れてなかった!ごめん!笑

> 気をつけて帰りなー!


修平は自然と笑っていた。


家に着く。

コンビニで買った弁当を温める。

ゲームを起動する。


いつもと同じ夜だった。

ただ、今日あった嫌なことを、自分以外の誰かが知っている。

その感覚だけが少し残った。


翌日。


修平は仕事へ行った。

昨日のミスはもう誰も気にしていなかった。

上司も普通だった。

昼休み、同僚とラーメン屋へ行った。


「昨日怒られてたね」


一人が笑った。


「見てたの?」


「見えるとこで怒られてたじゃん」


「最悪」


修平も笑った。

それで終わった。


夜。


何となく美咲のXを開いた。

新しい投稿。


> 今日みんな平和だったー?


修平は、


> 今日は怒られなかった


と返した。

これじゃまるで、毎日怒られてるみたいだな、と思ったが

気にするのはやめた。


数分後。


美咲から、


> よかったじゃん!笑


と来た。

修平は画面を見た。


昨日の話を覚えていた。


中川美咲が、

死から復活した、奇跡のアイドルが、

どこにでもいる一人のサラリーマンの、くだらない愚痴を。


その頃から、修平は時々返信するようになった。


毎日ではない。

返事が来るとも限らない。

内容も大したものではなかった。


> 今日はめっちゃ暇


> いいなー!こっちは今日も(・)暇です!


> 新しいゲーム買った


> 何のゲーム?


> 昼飯まずかった


> それは悲しい笑


そんなやり取りだった。


ある休日。


修平は昼過ぎまでゲームをしていた。

一度休憩して、Xを見る。

美咲が、


> 暇な人なんか面白い話してー


と書いていた。

修平は部屋を見回した。

面白い話なんて特にない。

少し考えて、


> ゲームで3時間同じボスに負けてる


と送った。

しばらくして、


> それもう向いてないんじゃない?笑


と返ってきた。

修平は鼻で笑った。


> 今日倒す


> じゃあ倒したら報告して!


修平はその文章を見た。

報告。

妙に引っかかった。

ゲームをクリアしたり、ボスを倒したりしても、普段は誰にも言わない。

SNSに書くこともほとんどない。

自分が知っていればそれで終わりだった。


> 覚えてたら


と返した。

美咲。


> 忘れるな!


修平はスマートフォンを置いた。

ゲームを再開した。


夜。


四時間ほどかかって、ようやくボスを倒した。

勝利画面が表示されるのを見て、すぐにスマートフォンを手に取った。


> 倒した


送る。

すぐには返事がなかった。


修平はゲームへ戻った。

一時間ほどして通知が来た。


> ほんとに倒してる!笑

> おめでとー!


> 余裕だった


>ふ~ん、 4時間って余裕なんだ笑


> 覚えてたのかよ


> 覚えてますー!


修平はそこで返信をやめた。

何かを達成した。

誰かに言った。

相手が覚えていた。


そういうことを最後にしたのは、いつだっただろう。


少し考えたが、思い出せなかった。

修平はそれ以上考えず、またゲームを始めた。

別に、寂しかったわけではない。

少なくとも、その頃の修平はそう思っていた。


一人で困っていない。


仕事もある、趣味もある、生活はちゃんと回っている。


ただ、美咲へ返信するようになってから、少しだけ変わったことがあった

面白いことがあると、以前より覚えている。

嫌なことがあると、帰るまで覚えている。


ゲームで何か起きると、

あとで美咲に書けるな、

と思うことがある。


誰かに話すために、一日の出来事を持ち帰る。

修平はまだ、その変化に名前を付けていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。