岡田修平
あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー
岡田修平が中川美咲を知ったのは、彼女が死んだ後だった。
ニュースサイトの見出しが最初だった。
《死去したアイドル・中川美咲さんのX、本人による更新か》
修平は昼休み、コンビニのおにぎりを食べながら記事を開いた。
「本人による更新」という言葉の意味がよく分からなかった。死んだ人間なのだから、本人であるはずがない。どうせ乗っ取りか、宣伝か、よくできたAIだろうと思った。
記事には美咲の写真が載っていた。
若い、そしてかわいい。
その程度の感想だった。
街を歩いていれば日に1~2度は出てくる感想だ。
修平は記事を閉じた。
その日の午後には、もう忘れていた。
二十九歳、会社員、一人暮らし。
修平の生活は、特に困ることなく回っていた。
職場では普通に話す。朝になれば挨拶をするし、昼休みに同僚と食事へ行くこともある。仕事で分からないことがあれば聞くし、誰かが冗談を言えば笑う。たまには、誰かに仕事を教えることだってある。
人付き合いが苦手というほどではなかった。
ただ、同僚は同僚だった。
勤務時間が終われば、ほとんど連絡を取らない。
学生時代の友人とも、社会人になってから少しずつ疎遠になった。喧嘩したわけではない。何度か「また飲もう」と言い合い、そのまま何年も会っていない人がほとんどだった。
休日は一人で過ごした。
ゲーム、漫画、動画鑑賞、好き好んで外出をするタイプでないが、引き込もっているわけでもない。
それで特に困ってはいなかった。
誰かと予定を合わせる必要もないし、好きな時に起きて好きな時に寝られる。
一人の方が楽だと思っていた。
美咲の記事をもう一度見たのは、それから一週間ほど後だった。
今度は動画サイトだった。
おすすめに、
《中川美咲ってどんなアイドルだった?》
という動画が出てきた。
一度記事で見かけただけでも何となく「知ってる人」な気がして動画を見てみた。
生前のライブ映像、バラエティの切り抜き、ファンとのやり取り、笑っている顔。
気付けば、関連動画をたどっていた。
グループ名はメメント・キミというらしい。
「……くだんねー名前」
修平はすぐに、動画に戻った。
死ななければ、一生目にすることもなかっただろう。
しかし、死んでいるから一生会えない。
死んだアイドルに初めて出会う、というのは
ずいぶんやる瀬のない気持ちになるもんだな、と思った。
それから現在のXを開いた。
本当に更新されている。
> 今日みんな何してるー?
数分前の投稿だった。
返信欄には大勢の人がいる。
仕事中、学校、休み、ゲーム、病院、夕飯。
どうでもいい日常が流れている。
美咲はその一部に返していた。
> 仕事です
> がんばれー!
> 今日休み!
> ずる!
> 今からゲーム
> 何やるの?
修平は少し眺めた。
死んでいる人間との会話には見えなかった。
普通のSNSだった。
別に、面白半分さ。
誰に聞かせるでもなくつぶやきながら、
修平はそっと美咲のアカウントをフォローした。
それから過去のライブ映像も少しずつ見た。
だからといって、生活が変わったわけではない。
仕事へ行く、帰る。夕飯を食べ、ゲームをして、寝る。
その中に、美咲のXを見る時間が少し増えただけだった。
最初に返信したのは、仕事でミスをした日だった。
大きな失敗ではない。
資料の数字を一ヶ所間違えた。
上司に呼ばれ、注意された。
修正して、その日のうちに片づいた。
誰かに話すほどでもなかった。
以前なら、くだらないと鼻で笑って終わっていた。
帰りの電車でXを開く。
美咲が、
> 今日疲れた人ー?
と書いていた。
修平は少し迷って、
> 仕事で怒られた
と送った。
送ってから、自分でも少し変な感じがした。
どうしてわざわざ書いたのか分からなかった。
返信が来るとも思っていなかった。
数分後。
通知が来た。
> ちゃんと帰れたなら今日はもう終わり!
> 明日考えよー!
修平は画面を見た。
短い文章だった。
別に深いことは書いていない。
それでも、少しだけ肩の力が抜けた。
> まだ電車
と返す。
美咲。
> 帰れてなかった!ごめん!笑
> 気をつけて帰りなー!
修平は自然と笑っていた。
家に着く。
コンビニで買った弁当を温める。
ゲームを起動する。
いつもと同じ夜だった。
ただ、今日あった嫌なことを、自分以外の誰かが知っている。
その感覚だけが少し残った。
翌日。
修平は仕事へ行った。
昨日のミスはもう誰も気にしていなかった。
上司も普通だった。
昼休み、同僚とラーメン屋へ行った。
「昨日怒られてたね」
一人が笑った。
「見てたの?」
「見えるとこで怒られてたじゃん」
「最悪」
修平も笑った。
それで終わった。
夜。
何となく美咲のXを開いた。
新しい投稿。
> 今日みんな平和だったー?
修平は、
> 今日は怒られなかった
と返した。
これじゃまるで、毎日怒られてるみたいだな、と思ったが
気にするのはやめた。
数分後。
美咲から、
> よかったじゃん!笑
と来た。
修平は画面を見た。
昨日の話を覚えていた。
中川美咲が、
死から復活した、奇跡のアイドルが、
どこにでもいる一人のサラリーマンの、くだらない愚痴を。
その頃から、修平は時々返信するようになった。
毎日ではない。
返事が来るとも限らない。
内容も大したものではなかった。
> 今日はめっちゃ暇
> いいなー!こっちは今日も暇です!
> 新しいゲーム買った
> 何のゲーム?
> 昼飯まずかった
> それは悲しい笑
そんなやり取りだった。
ある休日。
修平は昼過ぎまでゲームをしていた。
一度休憩して、Xを見る。
美咲が、
> 暇な人なんか面白い話してー
と書いていた。
修平は部屋を見回した。
面白い話なんて特にない。
少し考えて、
> ゲームで3時間同じボスに負けてる
と送った。
しばらくして、
> それもう向いてないんじゃない?笑
と返ってきた。
修平は鼻で笑った。
> 今日倒す
> じゃあ倒したら報告して!
修平はその文章を見た。
報告。
妙に引っかかった。
ゲームをクリアしたり、ボスを倒したりしても、普段は誰にも言わない。
SNSに書くこともほとんどない。
自分が知っていればそれで終わりだった。
> 覚えてたら
と返した。
美咲。
> 忘れるな!
修平はスマートフォンを置いた。
ゲームを再開した。
夜。
四時間ほどかかって、ようやくボスを倒した。
勝利画面が表示されるのを見て、すぐにスマートフォンを手に取った。
> 倒した
送る。
すぐには返事がなかった。
修平はゲームへ戻った。
一時間ほどして通知が来た。
> ほんとに倒してる!笑
> おめでとー!
> 余裕だった
>ふ~ん、 4時間って余裕なんだ笑
> 覚えてたのかよ
> 覚えてますー!
修平はそこで返信をやめた。
何かを達成した。
誰かに言った。
相手が覚えていた。
そういうことを最後にしたのは、いつだっただろう。
少し考えたが、思い出せなかった。
修平はそれ以上考えず、またゲームを始めた。
別に、寂しかったわけではない。
少なくとも、その頃の修平はそう思っていた。
一人で困っていない。
仕事もある、趣味もある、生活はちゃんと回っている。
ただ、美咲へ返信するようになってから、少しだけ変わったことがあった
面白いことがあると、以前より覚えている。
嫌なことがあると、帰るまで覚えている。
ゲームで何か起きると、
あとで美咲に書けるな、
と思うことがある。
誰かに話すために、一日の出来事を持ち帰る。
修平はまだ、その変化に名前を付けていなかった。




