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そこにある当たり前の奇跡

あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー

# 第十八章 もっと


最初のうち、ファンが美咲に求めるものは少なかった。


いてくれるだけでいい。

話せるだけでいい。


それ以上を望むのは贅沢だと、誰もが思っていた。


美咲が戻ってきた直後の返信欄には、そんな言葉が何度も並んでいた。


> 無理しなくていいからね


> 何もできなくてもいいよ


> いてくれるだけで十分


> ほんとにそれだけでいい


美咲も、そのたびに、


> ありがとー!


と返していた。

それで足りていた。


少なくとも、しばらくは。


変化が起きたのは、美咲がいること自体に皆が慣れ始めてからだった。

最初は、ごく自然な願いだった。


> 声聞きたいな


美咲は、


> 私も喋りたい笑


と返した。

別の人が、


> 新しい写真とか撮れないの?


と聞く。


> 撮れないっぽい!


> そっかー残念


それで終わる。


誰も責めてはいなかった。

できないものは仕方がない。

そんな空気だった。


数週間後。


同じような質問が、また出た。

今度は少し数が増えていた。


> 声だけでもどうにかならない?


> 過去の音源から作れそうじゃない?


> 写真もAIでいけるんじゃないの


> ライブとかできたらすごいよね


美咲は、


> えーどうなんだろ笑


と返していた。

本人も少し面白がっているように見えた。

それがさらに話題を呼んだ。


「死後初ライブ」

「新曲」

「音声復活」

「バーチャルアイドル化」


いろいろな言葉が出てきた。

できるかどうか。

やるべきかどうか。

本人が望むならいいのか。

事務所が止めるべきなのか。

ファン同士で議論が始まった。


直人は、その流れを何となく眺めていた。

最初は、気持ちは分かると思った。

声を聞きたい。

ライブを見たい。

新しい美咲を、文字以外でも感じたい。

自分だってそうだった。

昔の動画を見ながら、何度も思った。

今の美咲の声が聞けたら。

今の美咲が笑っている顔を見られたら。

そう思わなかったわけではない。


ただ、時間が経つにつれて、少しずつ言い方が変わっていった。


> できないって最初から諦めるの違くない?


> 事務所もっと頑張ってほしい


> 本人がいるんだから何かできるでしょ


> Xだけってもったいなくない?


直人はそこで、少し違和感を覚えた。


もったいない?


誰にとってなのか、よく分からなかった。


ある夜。


美咲が、


> みんな最近いろいろ考えてるねー


と投稿した。

すぐに大量の返信が付いた。


> 美咲ちゃんの声聞きたい!


> ライブやってほしい!


> 新曲ほしい!


> 何か形にしてほしい!


美咲はしばらく返していなかった。

十数分後。


> 私もライブできたら楽しそうだなーとは思う!


返信欄が一気に盛り上がった。


「じゃあやろう」


「事務所に言おう」


「絶対できる」


「本人もやりたいって言ってる」


話が早かった。

美咲は少しして、


> でもどうやるんだろ笑


と返した。

それでも勢いは止まらなかった。

直人はスマートフォンを置いた。


ライブ。


その言葉だけで、昔の美咲が頭に浮かんだ。


汗。

照明。

息切れ。

曲の途中で振りを間違えて、隣を見て笑う顔。


そういうものまで全部含めて、ライブだった。


文字がリアルタイムで流れるだけでもライブと言えるのか。

過去映像を流せばいいのか。

昔の声を切り貼りすればいいのか。

直人には分からなかった。


数日後。


話題はさらに大きくなっていた。

あるファンが長文を書いた。


> 美咲ちゃん自身がまだアイドルでいたいなら、周りが「死んでるから無理」って勝手に可能性を閉じるのは違うと思う。

> できることを探すのもファンや事務所の役目じゃない?


賛同する人が多かった。

一方で、


> 本人にプレッシャーかけるなよ


という反論も出た。


そこから、


「プレッシャーじゃない」


「期待することの何が悪い」


「何も求めない方が死者扱いしてる」


「いや死んでるだろ」


「でも今も本人がいるじゃん」


「じゃあ今もアイドルだろ」


そんな言葉が何日も続いた。

その中で、直人が一番引っかかったのは、


> 今もアイドルなら、ファンに何か返すべき


という一文だった。


返すべき。


直人は何度か読み直した。

美咲は、生きていた頃からずっと何かを返していた。


ライブ。

握手。

チェキ。

返信。

笑顔。

金を払って受け取ったものもある。

ただでもらったものもある。


それでも、「返すべき」と考えたことは一度もなかった。


直人は返信を書かなかった。

代わりに美咲のアカウントを開いた。


美咲は普通に、


> 今日めっちゃ暇だった


と書いていた。


別の人が、


> 暇ならライブやって!


と返す。

美咲。


> できたらねー笑


また別の人。


> できないじゃなくて方法探そうよ!


少し間が空いた。


> うん笑


その「笑」が、直人には少しだけ気になった。


その日の夜。

美咲が新しく投稿した。


> ねえ

> 私ってまだアイドルなのかな?


返信欄が止まったように見えた。

実際には数秒後から、ものすごい勢いで増え始めた。


> 当たり前でしょ!


> ずっとアイドルだよ


> 美咲ちゃんが辞めたいって言わない限りアイドル


> こっちは今も推してるよ


> アイドルじゃなかったら何なの


美咲はしばらく返さなかった。

直人も画面を見ていた。

本人がどういう意味で聞いたのか、分からなかった。


アイドルでいたいのか。


もう違うと思っているのか。


死んだ自分をどう呼べばいいのか、単純に分からないだけなのか。


数分後。


美咲が返信した。


> そっかー


それだけだった。


その投稿は、翌日まで話題になった。


「本人はまだアイドルを続けたい」。


そう解釈する人がいた。


「もう辞めたいのでは」。


そう読む人もいた。

美咲本人は、次の日になると普通に別の話をしていた。


> 今日雨すごくない?


何事もなかったように。

ただ、その日以降。


「美咲は今もアイドルなのか」という問いだけが、タイムラインに残った。


そして少しずつ、


「何ができるか」


という話が、


「何をしてほしいか」


に変わっていった。


声がほしい。

写真がほしい。

ライブがほしい。

新曲がほしい。


もっと。


もっと。


直人は、その言葉を見ながら思った。

最初はみんな、いてくれるだけでいいと言っていた。

自分もそうだった。


でも、人間は慣れる。


奇跡にさえ。


そして慣れたあとには、次が欲しくなる。


死者がXを出来るのは当(・)た(・)り(・)前(・)だからー

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