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心配だから 守りたいから

あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー

美咲の返信が増えるにつれて、遥香は返信欄を見る時間も増えていた。


生前からそうだった。美咲が誰に何を返したのか、何となく眺める。昔から知っている名前を見つければ少し安心するし、初めて見る名前が増えれば「またファン増えたな」と思う。


死後は、その数が比べものにならなかった。


美咲を知ったばかりの人。

生前は一度もライブへ来たことのない人。

ニュースを見て興味を持っただけの人。

そういう人たちが毎日のように増えていた。

遥香は最初、それを喜んでいた。

美咲が昔から望んでいたことだった。


もっと有名になりたい。

もっとたくさんの人に知ってほしい。


その願いが、こんな形で叶ったことだけは複雑だったが、それでも美咲を好きになる人が増えること自体は悪いことではないと思っていた。



少なくとも、最初は。



ある日の夜、美咲がいつものようにリプ返をしていた。


> 暇なのでちょっと返すー!


投稿から数分で、返信欄が埋まっていく。

仕事。学校。食べ物。ゲーム。昔のライブの話。

美咲は目についたものへ、ぽつぽつ返していた。

遥香も何となく眺めていた。


> 今日仕事で怒られました


> おつかれー!今日はもう終わったから忘れよ!


> 美咲ちゃんって男の人のどこ見る?


> 何の話笑


> 最近寝れない


> 寝れない時ってほんと寝れないよねー


そこまでは普通だった。

少し下に、見慣れないアカウントがあった。

アイコンは美咲の昔の写真。

プロフィールには、


《美咲ちゃん死後新規です!》


と書かれている。


> 美咲ちゃん好きすぎて彼女いらなくなりました


美咲は、


> それは彼女できた時ちゃんと大事にしてあげて笑


と返していた。

遥香は少し眉を寄せた。

そのくらいなら、まだ冗談だと思えた。

さらに下。

別の男性ファン。


> 美咲ちゃんと結婚したい


> それは無理です!笑


> 死んでても?


> 死んでてもです!笑


返信欄では笑っている人が多かった。

遥香は笑えなかった。

美咲本人が嫌がっているようには見えない。

だから問題ではない。

頭では分かっている。

それでも、こんな会話にまでわざわざ返さなくてもいいのに、と思った。

遥香は返信欄を閉じた。

少しして、また開いた。


美咲はまだ返していた。

今度は別の人が、


> 美咲ちゃんのこと毎日考えてる


と書いている。


> ちゃんと他のことも考えなさい!笑


遥香は、その返事を見て少しだけ安心した。

そう。

美咲はちゃんと分かっている。

全部を受け入れているわけではない。

線を引く時は引く。

だからこそ。

だったら、あんなものには最初から返さなくてもいいのではないか。

そんな考えが残った。


数日後。


また似たようなことがあった。

美咲が昼頃、


> 今日みんな何食べたー?


と投稿した。

写真が大量に集まる。

その中に、一人だけ別のことを書いているアカウントがあった。


> 美咲ちゃんに養ってほしい


美咲。


> 私の方が養われたいです笑


その人はすぐに、


> じゃあ養うから結婚して


と返した。

美咲は、


> 結局そこに戻るじゃん!


と返している。

遥香は画面を見た。

数秒迷って、自分も返信欄を開いた。


> 美咲、こういう人にいちいち返さなくていいのに笑


送った。

特に深い意味はなかった。

少なくとも、遥香自身はそう思っていた。

心配しただけ。

美咲が変なファンに絡まれ続けるのが嫌だっただけ。

少しして、美咲から返ってきた。


> えー別にいいじゃん笑


遥香は少し意外だった。


> でも変なの増えそう


> 変だったら返さないよー!


そこで終わった。

遥香は文章を何度か読んだ。

別に怒られてはいない。

美咲らしい返事だった。

それでも、少しだけ引っかかった。


次の週。


今度は明らかに下品な返信が付いていた。

遥香は読んですぐ顔をしかめた。

美咲は反応していなかった。


数分後も。

一時間後も。


返していない。

遥香は少し安心した。

別の女性ファンが、


> 美咲ちゃんこういうのブロックした方がいいよ


と書いていた。

美咲はそれにも返さなかった。


翌日。


別の投稿で、美咲が普通にその女性ファンへ返信していた。

昨日の話には触れない。

美咲は自分で選んでいる。

返すもの。

返さないもの。

そのことは分かる。

それでも遥香には、時々その基準が理解できなかった。

ある人には返す。

ある人には返さない。

昨日は返したのに、今日は返さない。

ずっと前からいるファンには何日も返していないのに、今日フォローしたばかりの人には返す。

理由なんてないのかもしれない。

目についた。

気分だった。

それだけ。

頭では分かっていた。

でも、美咲の返信が増えるほど、その一つ一つが目につくようになった。


ある晩。


遥香は仕事で少し嫌なことがあった。

大したことではない。

上司に提出物を直され、帰る時間が遅くなった。

帰りの電車で美咲の投稿を見る。


> 今日疲れた人ー?


遥香は、


> はーい

> 今日はちょっとしんどかった


と返した。

送ってから、スマートフォンを閉じた。

家に着く。風呂に入る。夕飯を食べる。

もう一度Xを開く。

返信はなかった。

別に珍しいことではない。

全部に返せるわけがない。

遥香自身、そんなことは分かっている。

それでも、美咲の返信欄を見た。

自分より後に送られた返信に、美咲が返していた。


> 今日は仕事暇だったー


> いいな!私と代わって!


別の人。


> 明日休みです


> ずるいー!


別の人。


> 美咲ちゃんに癒されたい


> 癒されてください笑


遥香は画面を閉じた。

そしてやはり、数分してまた開いた。

自分の返信には何もない。


「……まあ、そういう日もあるか」


声に出した。


翌朝。


美咲から通知が来ていた。

昨日の返信。


> 遥香ちゃん大丈夫だった?

> ちゃんと帰れた?


遥香は一瞬で機嫌が直った。


> 大丈夫

> もう平気


> よかったー!


遥香は少し笑った。

やっぱり見ていた。

返信が遅かっただけ。

自分を無視したわけではない。


その日の昼。


また美咲がリプ返をしていた。

遥香は昨日ほど気にならなかった。


少なくとも、自分にはちゃんと返してくれた。

それでよかった。


数日後。


美咲が一人の男性ファンと長くやり取りをしていた。

最近美咲を知ったらしい。

最初は仕事の話。

そこから趣味の話。

好きな映画。

美咲も楽しそうに返している。

遥香はしばらく眺めていた。

そして、また書いた。


> 美咲ほんと最近いろんな人に返すね笑


今度は、美咲からすぐ返事が来た。


> だめ?笑


遥香は少し考えた。


> ダメじゃないけど

> 女のファンの方が安心じゃない?笑


送った。

返事は少し遅かった。


> んー?

> 私は別に男とか女とかあんまり気にしてないよー


遥香は画面を見た。

思っていた答えと少し違った。


> そうなんだ


と返した。

美咲から、


> うん!


それだけ。

遥香はスマートフォンを置いた。

男でも女でも変わらない。

そういう意味なのだろう。

分かる。

美咲は昔から、ファンを性別で露骨に分けるような人ではなかった。

それでも遥香は、生前の会話を思い出した。


服。

化粧。

肌。

体重。


「遥香ちゃんにしか話せないんだけど」


あれも、同じだったのだろうか。

そこまで考えて、遥香は首を振った。


違う。


あれは、男のファンには話さない。

少なくとも、それだけは分かる。


翌日。


美咲がまたリプ返をしていた。

遥香は少しだけ眺めてから、画面を閉じた。

まだ、怒ってはいなかった。

ただ以前より少しだけ、美咲が誰に返しているのかを気にするようになっていた。

そして遥香自身は、それを嫉妬だとは思っていなかった。

美咲が変な人に絡まれないように。

美咲が嫌な思いをしないように。


ただ、それだけ。


そう思っていた。

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