↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/50

少し、胸がキュッとしただけ

あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー

悠斗は、昔の美咲の動画を見る回数が減っていた。

嫌いになったわけではない。

ライブ映像も見る。昔のチェキも残している。たまにスマートフォンの写真フォルダを遡って、特典会で撮った写真を見ることもある。

ただ、それより先にXを開くことが増えた。


理由は簡単だった。


昔の動画の美咲は、何度見ても同じだった。

同じところで笑う。

同じところで噛む。

同じ曲を歌う。

でもXの美咲は違う。

今日起きたことを知っている。

昨日の話を覚えている。

今の自分に返事をする。


その差は、悠斗にとって自分で理解している以上に大きかった。

ある夜、友人から昔のライブ映像が送られてきた。


> これ懐かしくない?


美咲がまだ少し髪の短かった頃のライブだった。

粗い画質のステージで、いつものように笑顔で歌っている。

客席も今より少ない。

曲の途中、美咲が振りを一ヶ所間違えて、隣のメンバーを見て笑っている。

悠斗も覚えていた。

そのライブには行っていない。

でも後から何度も動画で見た。


> 懐かしい


と返した。

友人から、


> この頃の美咲ちゃんやっぱいいな


と来る。

悠斗は少し考えた。


> 今もいいけど


送る。

すぐに、


> 今ってXじゃん


と返ってきた。

悠斗は画面を見た。


> そうだけど


> いや悪いって意味じゃなくて

> やっぱライブしてる時の方がアイドルじゃない?


悠斗は少し考えた。

言いたいことは分かった。

アイドルとしてなら、たぶんそうだ。


元気に歌っている。

かわいく踊っている。

きれいな衣装を着ている。

客席の前に立っている。


でも。

それが「今の美咲」かと言われると、違う気がした。

悠斗は動画をもう一度再生した。

美咲が笑う。

かわいい。

本心から感じる、何百回も刷り込まれた感情。

ただ、その笑顔はもう知っている。

何度も見た。

次に何が起きるかも分かる。


「また来てねー」


悠斗がつぶやくのと同時に


「また来てねー!」


画面の中の美咲が叫ぶ。

もう二度と、美咲のライブを見ることは出来ない。

そう思うと、胸の奥がキュッとなった気がした。

ただ、それ以上でも、以下でもなかった。


そのままXを開いた。

美咲が十分前に投稿していた。


> 今日カレーの写真流れてきすぎじゃない?

> みんなカレーの日なの?笑


悠斗は、


> 俺は牛丼


と返した。

少しして、


> じゃあ仲間外れじゃん笑


と来た。

悠斗は笑った。


> そっちは何食べたの


少し間が空く。


> 食べれないって!


> 知ってる


> ひど!


悠斗は画面を見た。

これだと思った。

昔の動画の美咲は、今の自分に返事をしない。

今夜、牛丼を食べたことも知らない。

この会話をしている美咲だけが、今日の美咲だった。


数日後。


悠斗は友人と飲んでいた。

以前アイドル現場へ一緒に行っていた連中が何人か集まっていた。

当然、美咲の話にもなった。


「そういやさ、美咲ちゃんの昔の動画めっちゃ伸びてるよな」


「死後新規多いからね」


「死後新規wしぬ」


「ライブ映像一周してる人とかいるらしい」


誰かが言った。


「でも新規かわいそうだよな」


悠斗は聞いた。


「何が」


「実物見れないじゃん」


「まあ」


「声も昔のしかないし」


別の友人が、


「新しい音声とか作れないのかな」


と言った。


「何で?」


悠斗が聞く。


「AIとかで。今の美咲ちゃんの文章読ませて、声つけるとか」


何人かが「ああ」と頷いた。

悠斗は少し眉を寄せた。


「それ、今の美咲じゃなくない?」


「でも声は美咲ちゃんになるじゃん」


「似てる声でしょ」


「本人の過去音声から作ればかなり本人っぽくなるんじゃない?」


悠斗はビールを飲んだ。


「それでも別にいらないかな」


「マジ?」


「うん」


「声聞きたくないの?」


「昔のなら聞けるし」


「じゃなくて、新しく喋ってる感じの」


悠斗は少し考えた。


「本人が喋ってないなら意味なくない?」


友人は肩をすくめた。


「お前そういうとこ細かいな」


悠斗は笑った。


「細かいか?」


「めっちゃ細かい」


話題はそのまま別のアイドルへ移った。

帰宅してから、悠斗はその会話を思い出した。

AIで声をつける。

過去の美咲の映像を加工する。

新しい写真のようなものを作る。

できるのかもしれない。

技術的なことはよく分からない。

でも、悠斗にはあまり興味がなかった。

今の美咲は、もういる。

文字だけ。

それでも本人が書いている。

その方が大事だった。

翌日、美咲が投稿した。


> みんな昔のライブ動画見てるのー?


返信欄には、


> 毎日見てる!


> もっと残してほしかった


> 新しいライブも見たい


> 声聞きたい


いろいろな言葉が並んだ。

美咲は、


> 私もライブしたいなー


と返していた。

悠斗はそこで少しだけ手を止めた。

ライブしたい。

美咲本人がそう思っている。

できない。

そのことは当然つらい。

だからといって、偽物の新しいライブが欲しいとは思わなかった。

悠斗は返信した。


> Xでしゃべれるだけでも結構ありがたいけどね


少しして、美咲から返ってきた。


> 悠斗はそういうタイプだよね笑


悠斗は画面を見た。

少し驚いた。


> どういうタイプ


> 話せれば満足するタイプ


悠斗は笑った。


> まあそうかも


> 昔からめっちゃ喋るもんね


> そっちもな


> 私はアイドルなので!


> 関係ある?


> あります!


悠斗はスマートフォンを伏せた。

昔の美咲も好きだった。

ライブも好きだった。

声も、顔も、全部覚えている。

でも。

自分が今いちばん見たいのは、昔の美咲の続きを作った何かではなかった。

今日の美咲が、今日何を言うのか。

それだけだった。


その夜。


寝る前にXを開く。

美咲が、


> 明日何曜日だっけ


と書いていた。

悠斗は、


> 水曜


と返す。

美咲。


> ほんと?


> たぶん


> そこは断言してよ!


悠斗は笑った。


ただ、美咲らしい返事だと思った。


今の美咲は、今日も新しいことを言う。

悠斗には、それで十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。