少し、胸がキュッとしただけ
あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー
悠斗は、昔の美咲の動画を見る回数が減っていた。
嫌いになったわけではない。
ライブ映像も見る。昔のチェキも残している。たまにスマートフォンの写真フォルダを遡って、特典会で撮った写真を見ることもある。
ただ、それより先にXを開くことが増えた。
理由は簡単だった。
昔の動画の美咲は、何度見ても同じだった。
同じところで笑う。
同じところで噛む。
同じ曲を歌う。
でもXの美咲は違う。
今日起きたことを知っている。
昨日の話を覚えている。
今の自分に返事をする。
その差は、悠斗にとって自分で理解している以上に大きかった。
ある夜、友人から昔のライブ映像が送られてきた。
> これ懐かしくない?
美咲がまだ少し髪の短かった頃のライブだった。
粗い画質のステージで、いつものように笑顔で歌っている。
客席も今より少ない。
曲の途中、美咲が振りを一ヶ所間違えて、隣のメンバーを見て笑っている。
悠斗も覚えていた。
そのライブには行っていない。
でも後から何度も動画で見た。
> 懐かしい
と返した。
友人から、
> この頃の美咲ちゃんやっぱいいな
と来る。
悠斗は少し考えた。
> 今もいいけど
送る。
すぐに、
> 今ってXじゃん
と返ってきた。
悠斗は画面を見た。
> そうだけど
> いや悪いって意味じゃなくて
> やっぱライブしてる時の方がアイドルじゃない?
悠斗は少し考えた。
言いたいことは分かった。
アイドルとしてなら、たぶんそうだ。
元気に歌っている。
かわいく踊っている。
きれいな衣装を着ている。
客席の前に立っている。
でも。
それが「今の美咲」かと言われると、違う気がした。
悠斗は動画をもう一度再生した。
美咲が笑う。
かわいい。
本心から感じる、何百回も刷り込まれた感情。
ただ、その笑顔はもう知っている。
何度も見た。
次に何が起きるかも分かる。
「また来てねー」
悠斗がつぶやくのと同時に
「また来てねー!」
画面の中の美咲が叫ぶ。
もう二度と、美咲のライブを見ることは出来ない。
そう思うと、胸の奥がキュッとなった気がした。
ただ、それ以上でも、以下でもなかった。
そのままXを開いた。
美咲が十分前に投稿していた。
> 今日カレーの写真流れてきすぎじゃない?
> みんなカレーの日なの?笑
悠斗は、
> 俺は牛丼
と返した。
少しして、
> じゃあ仲間外れじゃん笑
と来た。
悠斗は笑った。
> そっちは何食べたの
少し間が空く。
> 食べれないって!
> 知ってる
> ひど!
悠斗は画面を見た。
これだと思った。
昔の動画の美咲は、今の自分に返事をしない。
今夜、牛丼を食べたことも知らない。
この会話をしている美咲だけが、今日の美咲だった。
数日後。
悠斗は友人と飲んでいた。
以前アイドル現場へ一緒に行っていた連中が何人か集まっていた。
当然、美咲の話にもなった。
「そういやさ、美咲ちゃんの昔の動画めっちゃ伸びてるよな」
「死後新規多いからね」
「死後新規wしぬ」
「ライブ映像一周してる人とかいるらしい」
誰かが言った。
「でも新規かわいそうだよな」
悠斗は聞いた。
「何が」
「実物見れないじゃん」
「まあ」
「声も昔のしかないし」
別の友人が、
「新しい音声とか作れないのかな」
と言った。
「何で?」
悠斗が聞く。
「AIとかで。今の美咲ちゃんの文章読ませて、声つけるとか」
何人かが「ああ」と頷いた。
悠斗は少し眉を寄せた。
「それ、今の美咲じゃなくない?」
「でも声は美咲ちゃんになるじゃん」
「似てる声でしょ」
「本人の過去音声から作ればかなり本人っぽくなるんじゃない?」
悠斗はビールを飲んだ。
「それでも別にいらないかな」
「マジ?」
「うん」
「声聞きたくないの?」
「昔のなら聞けるし」
「じゃなくて、新しく喋ってる感じの」
悠斗は少し考えた。
「本人が喋ってないなら意味なくない?」
友人は肩をすくめた。
「お前そういうとこ細かいな」
悠斗は笑った。
「細かいか?」
「めっちゃ細かい」
話題はそのまま別のアイドルへ移った。
帰宅してから、悠斗はその会話を思い出した。
AIで声をつける。
過去の美咲の映像を加工する。
新しい写真のようなものを作る。
できるのかもしれない。
技術的なことはよく分からない。
でも、悠斗にはあまり興味がなかった。
今の美咲は、もういる。
文字だけ。
それでも本人が書いている。
その方が大事だった。
翌日、美咲が投稿した。
> みんな昔のライブ動画見てるのー?
返信欄には、
> 毎日見てる!
> もっと残してほしかった
> 新しいライブも見たい
> 声聞きたい
いろいろな言葉が並んだ。
美咲は、
> 私もライブしたいなー
と返していた。
悠斗はそこで少しだけ手を止めた。
ライブしたい。
美咲本人がそう思っている。
できない。
そのことは当然つらい。
だからといって、偽物の新しいライブが欲しいとは思わなかった。
悠斗は返信した。
> Xでしゃべれるだけでも結構ありがたいけどね
少しして、美咲から返ってきた。
> 悠斗はそういうタイプだよね笑
悠斗は画面を見た。
少し驚いた。
> どういうタイプ
> 話せれば満足するタイプ
悠斗は笑った。
> まあそうかも
> 昔からめっちゃ喋るもんね
> そっちもな
> 私はアイドルなので!
> 関係ある?
> あります!
悠斗はスマートフォンを伏せた。
昔の美咲も好きだった。
ライブも好きだった。
声も、顔も、全部覚えている。
でも。
自分が今いちばん見たいのは、昔の美咲の続きを作った何かではなかった。
今日の美咲が、今日何を言うのか。
それだけだった。
その夜。
寝る前にXを開く。
美咲が、
> 明日何曜日だっけ
と書いていた。
悠斗は、
> 水曜
と返す。
美咲。
> ほんと?
> たぶん
> そこは断言してよ!
悠斗は笑った。
ただ、美咲らしい返事だと思った。
今の美咲は、今日も新しいことを言う。
悠斗には、それで十分だった。




