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みんなの美咲 わたしだけの美咲

あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー

美咲が戻ってきてから、遥香は以前より頻繁にXを見るようになった。


生きていた頃からよく見ていた。ライブの告知、写真、何でもない独り言。特典会へ行けない日は、他のファンとのやり取りも眺めていた。


それでも今は、意味が違った。

新しい言葉が増える。

昨日までなかった美咲の文章が、今日になると存在している。

そのことが、何度見ても不思議だった。


朝。


> おはよー!


昼。


> 今日ひま!


夜。


> みんな何してるのー?


美咲はよく話した。

そして、よく返した。

生きていた頃より、明らかに返信の数は多かった。

遥香は最初、それを単純に嬉しいと思っていた。


会えない。

声も聞けない。

新しい写真もない。


でも、話せる。


それだけでも十分だった。

ある日の夜、美咲が投稿した。


> 最近肌荒れしてる気がするんだけど

> そもそも今これ肌って言うのかな笑


返信欄がすぐに騒がしくなった。


> 肌あるの?


> 触れる?


> 鏡見れるの?


> じゃあスキンケアできる?


美咲は、


> 分かんない!


> でもなんとなく分かる気がする!


と返している。

遥香は少し考えてから、


> 前使ってた下地、まだ好き?


と送った。

しばらくして通知が来た。


> あー!遥香ちゃんに教えてもらったやつ!


遥香は指を止めた。

覚えていた。

続けて、


> あれ好きだったー!


と来る。

遥香は少し笑った。


> 覚えてた!


> 覚えてるよ!


それだけだった。

でも、妙に嬉しかった。


あの下地の話は、遥香にとって大事だった。

自分が勧めたものを美咲が本当に使った。

生きていた美咲の日常に、自分の言葉が少しだけ入った。

その記憶を、死後の美咲も持っている。

それだけで、昔と今が繋がったような気がした。


数日後。


美咲がリプ返をしていた。

遥香は何となく眺めていた。


> 今日仕事しんどかった


> おつかれー!ちゃんと帰れた?


別の人。


> 晩ご飯カレー


> いいなー!


また別の人。


> 美咲ちゃん今日もかわいい


> 今日は顔ないけどね笑


遥香は少し笑った。

その中に、見覚えのある男性ファンがいた。

生前から何度も現場へ来ていた人だった。


> 最近太った気がする


美咲は、


> 私も生きてた頃ずっと言ってた笑


と返した。

遥香は一瞬だけ指を止めた。

別におかしなことではない。

昔から美咲は、自分が太っただの食べすぎただの、Xでも普通に書くことがあった。

それでも遥香は、生前に交わしたあの会話を思い出した。


「遥香ちゃんにしか話せないんだけど」


「最近太ってきちゃって」


「今、過去最高」


小声。

少し恥ずかしそうな顔。

あれとは違う、そう思った。

返信欄で軽く言う「私も太った」は、あの時の話とは違う。


今度は若い男性ファンが、


> 彼女できない


と書いている。


美咲


> そのうちできるって!


> できなかったら?


> 知らない笑


> 美咲ちゃんが彼女になって


少し間が空いた。

美咲は返さなかった。

遥香は、そのまま画面を見ていた。

数分後、美咲は別の人へ返信していた。

露骨なものや気持ち悪いものには返さない。

そこは生前と変わらなかった。

そのことに、遥香は少し安心した。

美咲は誰にでも同じではない。

ちゃんと線を引いている。

そう思えた。


翌週。


昔から知っている女性ファンと、久しぶりに会った。

美咲の死後、何度か連絡を取り合うようになっていた。

二人でカフェへ入り、自然と美咲の話になった。


「最近すごいよね」


「返信?」


「うん。前よりめっちゃ返してない?」


「返してるね」


「いいなあ。私ぜんぜん来ない」


遥香は笑った。


「タイミングじゃない?」


「遥香ちゃんは結構来るじゃん」


「まあ、昔から話してたし」


口にしてから、少しだけ自分でも引っかかった。

相手は気にしていない様子だった。


「やっぱ覚えられてる人強いよね」


「そういうんじゃないと思うけど」


そう言いながら、遥香は完全には否定しなかった。

その日の夜。

美咲が、


> 今日昔のこと思い出してたー!


と投稿した。

返信欄には、


> 何思い出したの?


> ライブ?


> メンバー?


いろいろな質問が来る。

美咲は、


> いっぱい!


とだけ返した。

遥香は少し迷ってから、


> ラーメン我慢しようとしてた時のこと覚えてる?


と送った。

しばらく返信はなかった。

十分。二十分。


遥香は別のことをして、またXを開いた。

通知が来ていた。


> 覚えてる笑

> 結局食べたやつでしょ!


遥香は笑った。

そこまでなら、ただの思い出話だった。

でも少しだけ、続きを書きたくなった。


> 体重過去最高って言ってたやつ


送るか迷った。

少しして、消した。

あれは、わざわざ公開で言うことではない。

美咲が「他の人に言わないで」と言った。

たとえ今、美咲本人が軽く笑っていても、あの時の約束までなくなったわけではない。

遥香は、


> そうそう


とだけ返した。

美咲から、


> なつかしー!


と来た。

遥香はそのやり取りを見ながら、少しだけ満足した。

今ここにいる大勢のファンは、美咲と話せる。

新しく好きになった人もいる。

返信をもらって喜ぶ人もいる。

でも。


美咲が生きていた頃のことを知っている人は、もう増えない。


その中に、自分はいる。

遥香は、まだそのことを悪いとは思っていなかった。


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