死者との会話、生者との会話
あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る最後の”推し活”の物語ー
悠斗は、美咲が戻ってきてからの方が、前よりよく話すようになった。
そう気づいたのは、死後の更新が始まって一週間ほど経った頃だった。
生きていた頃の美咲は、当然ながら忙しかった。
ライブがある。レッスンがある。撮影がある。移動がある。
Xを開いていても、すべての返信に反応できるわけではない。
悠斗もそれは分かっていた。
だから返信が来なくても、特に気にしなかった。
今は違う。
美咲はよくXにいる。
朝。
昼。
夜。
何時に見ても、何かしら話していることが多かった。
ある日、悠斗は大学の課題を提出し忘れた。
完全に自分のミスだった。
締切を一日勘違いしていた。
教授には怒られた。
提出自体は受け取ってもらえたが、減点はされた。
友人には笑われた。
悠斗も最初は笑っていた。
でも、帰りの電車に乗る頃には普通にへこんでいた。
何となくXを開く。
美咲が、
> 今日みんな何してたー?
と投稿していた。
悠斗は返信した。
> 課題の締切ミスって死んでます
送ってから、少し笑った。
数分後。
通知が来た。
> 死ぬなーーー!笑
> ミスくらいするって!帰ったら好きなもの食べよ!
> ラーメン食べます
と返す。
すぐに、
> いいじゃん!食べて寝たら明日!
と来た。
悠斗は少し笑った。
駅を降りて、そのまま本当にラーメン屋へ入った。
写真を撮る。
送るか迷った。
結局、
> 食べた
と投稿した。
少しして、美咲から、
> ちゃんと食べてる笑
と来る。
「言ったからだろ」
悠斗は小さく呟いた。
その日の夜は、それで終わった。
翌日。
美咲が別の投稿をしていた。
> 昨日へこんでた人たち今日は生きてるー?
悠斗は少し笑った。
自分だけに向けたものではない。
昨日も、美咲は他の何人かに仕事や学校の愚痴を返していた。
それでも
> 生きてる
と送った。
美咲。
> えらい!
悠斗はまた笑った。
死んでいる美咲に、
生きてる。
そう返す。
変な会話だった。
でも、嫌ではなかった。
むしろ普通に楽しかった。
悠斗はそのことに、少しだけ驚いていた。
死んだ人間と話している。
もっと怖いものだと思っていた。
もっと慎重に言葉を選ぶと思っていた。
実際、最初の数日はそうだった。
でも、美咲が以前と同じ調子で返してくる。
笑う。茶化す。覚えている。
それを何度か繰り返すうちに、悠斗の方が先に慣れた。
その週末。
友人と飲みに行った。
以前一緒にアイドル現場へ行っていた友人だった。
当然、美咲の話になった。
「まだ本人だと思ってんの?」
友人が聞いた。
悠斗はビールを飲みながら答えた。
「本人じゃない?」
「マジで?」
「だって普通に話せるし」
「それが一番怖くない?」
「まあ最初はね」
「今は?」
悠斗は少し考えた。
「別に」
友人が笑った。
「慣れ早」
「だってずっとあんな感じだし」
「死んでるけど」
「死んでるけど」
二人とも少し黙った。
友人が続けた。
「でもライブないじゃん」
「うん」
「それでも推せる?」
悠斗は首を傾げた。
「推せるっていうか」
「うん」
「普通に美咲だし」
「だから?」
「話せるじゃん」
友人は少し考えた。
「お前、ライブよりそっちだったっけ」
悠斗は笑った。
「たぶん」
「そうなんだ」
「ステージも好きだったけどね」
「でも今でも足りる?」
悠斗はそこで、すぐには答えなかった。
足りる。
その言葉は少し違った。
足りないものはある。
声。ライブ。握手。顔を見ながら話すこと。
全部ない。
でも。
今の美咲と話せる。
その事実だけで、悠斗の中ではかなり大きかった。
「まあ、今はいいかな」
そう答えた。
帰宅してから、悠斗は美咲のXを開いた。
新しい投稿。
> 今日めっちゃひまだったー
返信欄にはたくさんの人がいた。
悠斗も、
> 飲んでた
と返した。
美咲。
> いいなー
> 飲めないじゃん
少しして、
> そうなんだよねー
その返事を見て、悠斗は一瞬だけ指を止めた。
飲めない。食べられない。触れられない。
会えない。
そういうものが、美咲にはたくさんある。
でも話せる。
悠斗はその一点を、思っていたよりずっと重く見ていた。
別の日。
大学の友人が、
「最近何笑ってんの?」
と聞いてきた。
「何が」
「スマホ見て笑ってる時あるじゃん」
「普通だろ」
「女?」
悠斗は少し考えた。
「美咲」
「え」
「中川美咲」
友人は一瞬黙った。
「……ああ」
気まずそうな顔をした。
悠斗は笑った。
「そんな顔すんなよ」
「いや、だって」
「普通に返信来るから」
「そうなんだ」
「そう」
それで会話は終わった。
悠斗は、その時初めて少しだけ気づいた。
自分の中では、美咲との会話がもうかなり普通になっている。
でも、周りから見ればそうではない。
死んだアイドルと毎日のように話している。
言葉にすると、かなり変だった。
それでも、次の日も悠斗は返信した。
> バイトだるい
美咲。
> がんばれー!
> 雑
> 応援してるじゃん!
> もっと
> 欲しがり!
悠斗は笑った。
生きていた頃より、
今の方が美咲とはよく話している。
その事実を、悠斗はまだ怖いとは思っていなかった。




