白鴉
「マーカス、どうだ?」
耳を塞ぎ、目をぎょろぎょろと動かしている男――〈ジャスティカーズ〉の青色戦闘スーツを着た索敵部隊の隊員は、まばたきを繰り返すと耳から手を離した。
「全部で五人。〈白鴉〉と〈死神〉、あとの三人は——索敵、その索敵のカモフラージュと、シールド要員だろう」
マーカスと呼ばれたその男は、襟元を直しながら答えた。
「たったの五人とはいえ、そのうち二人が厄介すぎる」
「全くだ。たったの五秒で、こんなにもやられるとはな」
前方で犠牲になった五人と、鉄板の下敷きから救出されている重傷の一人に目をやる。
煤まみれの鉄屑には、もう誰も触れない。無駄であるし、その時間がない。
「全く。何が不満で、あの〈白鴉〉さんは寝返ったんだか。お蔭でこっちは大変だよ」
「さあな。天才様の考えることは分からねえよ」
マーカスは、肩をすくめてみせた。
「それで、正確な位置は割り出せるか?」
「少し時間がかかる。カモフラージュの能力自体はあまり強くないから、すぐできるさ……そういうお前は、ご自慢の能力を使わないのか? 錯覚のプロのフレディさんよ。狙い通り、〈アポクリファ〉を惑わせ撤退は阻止できたが、それしか今回は仕事してないじゃないか」
「無駄だよ。やっても意味ない」
フレディ――操作型能力者は、首を振った。
「あの娘っ子の能力は、俺の干渉を受けない。ルナのテリトリー内にいる今、使っても意味ない。一応、あの〈白鴉〉様とは昔、一緒に仕事したことあるだろう? 忘れたのか?」
「あー、確かにな……」
「とにかく、奴らの正確な位置を早く見つけてくれ。いつ、また〈死神〉さんが何を投げつけてくるか、分からないからな」
二人で短く笑い合うと、各々の仕事に戻る。
マーカスは再び能力を使おうと耳を塞ごうとしたが、自分の背丈ほどある、鉄くずの塊がこちら目掛けて降ってくるのが見え、思わず手を止めた。
「伏せろ!」
前方で、悲鳴と粉塵が舞い上がった。
〈死神〉が、迎え撃つように瓦礫の山の上に立っている。
「おいおい、殺られる前に殺ってやるってか?」
不利な数の差から、先制攻撃を仕掛けてきたようだ。
(ああ……索敵要員は、あいつか)
〈死神〉の後方から、野蛮な投擲攻撃を、サイレントダートガンで援護する、オリーブ色の肌の女には見覚えがある。
確か〈神眼〉の異名で呼ばれる、優れた索敵型能力者。昔、研究所で顔を合わせたことがある。〈アポクリファ〉に奪われた、高等級能力者の一人だ。
(あとのカモフラージュと、シールド要員の二人は待機しているのか。となると、〈白鴉〉はどこだ……? あの娘の居場所が分からないとまずいんだが)
「おい、フレディ。お前……」
後ろを振り向くと、フレディの死体が転がっていた。否、後衛組が全員、死体になって地面に転がっている。
(さっきの投擲のせいか? いや、それよりも前方にいた俺が無傷なんだ。そんなわけがない)
皆、喉元を掻き切られている。
いくら、能力に入り込んでいたとはいえ、これだけ後ろで事が起こっているというのに、気がつかなかったなんて。
(おまけに、パイロットの生体反応がない……いつだ? いつからだ? フレディと話をしていた時には、まだ生きていた……)
戦闘機の中の人影が、妙に揺らめき、歪んでいる。
(これの下手人か……? くそっ、雑魚い操作系で、鈍らせられている)
だが、集中力さえ上げれば、妨害など突破できるとマーカスは自負があった。
(いや……たとえ、カモフラージュが有効でも、こんなになるまで気づかないなんて、あり得るか?)
頭の中に、一人の人物が浮かんだ。
その瞬間――
――喉元、あと数センチのところに、サバイバルナイフが迫っているのが見えた。
「……っ!」
すんでのところで仰け反り、刃の軌道から逃れられた。
身のこなしは恐ろしく速いが、なぜか明らかな余裕をにじませたその下手人は、後ろに結わえられた白髪をくるりと翻し、青灰色の目でこちらを見た。
その顔を捉えた直後、マーカスは腰から拳銃を抜き、すぐさま発砲した。
考えて出た行動ではない。
目の前にいる〈白鴉〉から逃れ、抗うために、刻み込まれた戦闘経験と、本能に突き動かされた無意識な行動だった。
しかし、発砲音と共に、彼女の姿は忽然と消え、マーカスは背後に倒れ込む。否、彼女は消えたのではなく、身を低くし、マーカスの足を蹴り払ったのだ。
急いで体勢を戻そうと立ち上がるが、両手を地面に押し付けた〈白鴉〉が目に入った瞬間、マーカスの身体は動かなくなった。
("電撃"……)
ただでさえ、万能、隙がないといわれる、記録上、史上最強の能力『レヴィジオ・エレクトラ』。
攻撃型——Aggressor型能力と分類がされているが、その分類の壁を突き破る、汎用性の高さ。そして、現存する能力者の中で、たったの十人程度しかいないといわれる、最高等級——αの中の頂点に位置する。
その能力の、奥義かつ真髄である"電撃"と呼ばれる業。
どんな厄災よりも恐ろしい方法で今、この場にいる〈ジャスティカーズ〉は全滅することを、マーカスは悟った。
もう随分と昔から、任務中でさえも忘れていた死への恐怖が、彼の全身を支配した。
その厄災は、直接触れていなかろうが、媒介物に爪先一つ触れていれば、あらゆる電気信号を生成、操作してしまう。
たとえ、電気を通さない媒介物であろうとも、高圧でその壁を押し切ることができてしまう。そんな力の前で、死から逃れられるなど、あり得ない。
鼻に、靴底のゴムの焼き切れる刺激臭がつくのと同時に、ドンッという衝撃が走る。
己の身体が青白い光に貫かれたような感覚を最期に、ぶつりと、マーカスの世界が暗転し、無が広がった。
*
ぶつりと糸の途切れた操り人形の如く、青色の軍服が、地面に転がる。わずかに焦げ臭い匂いと、息の音一つ消え失せたそこで、ルナはじっと足元に目を向ける。
「ルナ!」
セラフィーナが手を振りながら、亡骸の海を進んでやってくる。
ルナはようやく顔を上げると、ゆっくりと腰を浮かせた。
「ルナ、大丈夫?」
セラフィーナは、中腰の姿勢の彼女を抱き締める。
「今さっき、迎えが来るって連絡あったからね」
早口にまくし立てたセラフィーナは、肩に手を置き離すと、どことなく視線を向けるルナの顔を覗き込んだ。
「"電撃"使うの、今日は既に四度目だものね。ルナに頼ってばかりでごめんね。生体電流を操るのは、私には想像もつかないくらいの御業で、負担がかかるのは分かっているんだけど」
「おい、セラフィーナ」
後を追いかけてきたシンは、声音は静かではあったが、今日一番の不機嫌を露わにする。
セラフィーナは、シンの機嫌を宥めようと後ろに視線を向けたが、憎悪に近い覇気を纏うシンに、言葉が全て腹の中へ帰っていった。
作戦への苛立ちを超えた、その怒りの訳に頭が巡らなかった。が、シンの視線の先が自分ではない、わずかにずれた位置を捕らえていることに気が付き、はっとした。
「ルナ……?」
セラフィーナは、もう一度ルナの顔を覗き込んだ。
彼女は「なに?」と言うように首を傾げたが、視線はセラフィーナの顔の位置よりわずかにそれた場所に向いていた。
「ねえ、ルナ。まさか……今、目が――」
その途端に、ルナの体の軸が大きくぶれ、地面へ向かって姿勢を保ちながら沈んでいった。
―――
(機密百科事典より引用)
〈レヴィジオ・エレクトラ〉
保有者∶ルナ (本名∶■■■■■■)
分類∶Aggressor型 ※Sensor型、Manipulatior型、Regenerator型、Traverser型に分類可能な使用法も可能。
等級∶α
概要∶電気信号の生成、操作。機械信号の索敵、拳銃の超遠距離精密射撃補助、施設システムの遠隔操作、生体電流への干渉が可能。媒介物に爪先一つ触れていれば、生体電流を含むあらゆる電気信号を生成、操作が可能であり、絶縁体も高圧で貫通することが可能(通称電撃)。歴史上確認されている能力の中でも、汎用性、攻撃性ともに最高水準の能力。ただし、本人への負荷は大きい。




