柱
轟音とともに周囲に熱気と塵が巻き上がるのが、隙間越しに見えた。続けて、雨のように機銃の攻撃が降り注ぐ。
銃弾が鉄板に跳ね返る音がうるさい。
『嘘でしょ? ついさっき、ほんの二秒前まで、四キロメートル以上先だったはずなのに! 二人とも怪我ない?』
金切り声に似た声音で叫ぶ、セラフィーナの声がチョーカーから響いた。
確かに、今ので一番血の気が引いたのは彼女だろう。
彼女の能力——「アルカナ・ヴィスス」は、リアルタイムで半径二キロメートル圏内の物体、生命の動きを正確に見通す、千里眼的な能力だ。
加えて、"半径二キロメートル圏内"という制限は、能力の限界ではなく、高精度な能力の発揮を保てる範囲のこと、である。多少精度は落ちるが、十キロ圏内であれば彼女の能力は有効のはずであり、決して「アルカナ・ヴィスス」は、操作型能力の干渉を受けやすいわけでもなかったはずだ。
「大丈夫。多分、索敵がフェイクに引っ掛けられた」
そして、ルナの淡々とした声が、頭部に直に響いた。
なぜか彼女は、こちらの頭を守るようにして抱いている。そのまま話をするので、チョーカーの震動よりも、彼女の声の震動が直接伝わってくるのだ。
「恐らく、機械センサーのミュート干渉が得意な操作型が、参加している。セラフィーナは、それで錯乱させられたのだと思う。広範囲の索敵型能力者とあわせて、その能力者にも、心当たりがある」
いつにもなく、ルナは饒舌に考えを語った。
『何それ、最悪。チートじゃない。もはや戦い方の参考になるわ……』
焦りのせいか、セラフィーナはいつもより随分と軽い口調で続ける。
『ルナが心当たりがあるってことは、そいつらは五年前には既に〈ジャスティカーズ〉メンバーだったわけね。よく今まで遭遇せずに済んだわ……』
随分と、音がやかましい。
先から、湧き上がる苛立ちのようなものを何度も押さえ込み続けていたが、いい加減、この状況は耐えられそうにない。喉元にせり上がるものを押さえ込むと、目の前の人物に向けて、低く声を吐いた。
「そろそろ、退けよ。これじゃ、セラフィーナ達といつまでも合流出来ないだろ」
「あ、うん……」
ルナはようやく、庇うように回していた腕を解いた。
素早く距離をとり、深く長く、詰めていた息を吐き出すことができた。
ルナは、二メートルほどの高さの鉄板——自分の知らぬ間に、盾代わりに瓦礫から取り出したのだろうそれを、片腕で支えている。離れたが、自分を庇おうとする姿勢はそのままだ。
「それ、貸せよ。俺が持つ。能力的に、俺が守備に回るべきだろ」
「でも」
「でもじゃねえよ。まあ、お前からすれば、才能のない俺は足手まといでしかないのか」
厭味ったらしい言葉であることは承知だったが、彼女に少しは効いたらしく、ルナの指先がぴくりと動いた。彼女は鉄板を一瞥すると、そっと鉄板を支えていた腕を外した。
鉄板のくぼみに指をかけると、チョーカーの向こうに話しかけた。
「セラフィーナ、移動タイミングの指示を頼む」
『分かった。でも、多分チャンスは一度きり。奴らが着陸態勢に入る。その時を狙うよ』
「〈ジャスティカーズ〉は何機、何人だ?」
『三機で、パイロットが二人ずつの計六人、戦闘部隊が計三十。全部で三十六人。一機目がまもなく着陸する』
機銃の攻撃が一旦静まると、航空機のエンジン音とともに揺れが近づいてくるのを感じた。
『五、四……』
ルナがそっとベルトから拳銃を取り、ハンマーを引いた音がやけに大きく響いたように感じた。
『三、二、一…………今!』
セラフィーナの声より、わずかに早く、ルナが先へ飛び出した。
(こいつ、またっ……!)
急いで、鉄板を背に抱えて後に続くが、これでは守備役の意味がない。
「ルナだ! 〈白鴉〉だ!」
〈ジャスティカーズ〉の隊員が叫び声とともに、空気が弾けたような乾いた音が前から聞こえる。
そして、一拍遅れて〈ジャスティカーズ〉の側から爆発音が鳴った。
鉄板の隙間から、敵機が炎上するのが見えたが、その間に再び、二つの音が繰り返される。
ルナは足を緩めることなく、左腕を伸ばし、続けて引き金を引いた。
まともに撃てるはずのない体勢の上、ただの短銃では決して届くはずも、撃ち込まれるはずもない距離。
それを優に超えているその御業は、彼女の圧倒的な戦闘経験値と、能力「レヴィジオ・エレクトラ」を的確にコントロールし活用する天性の才以外ではなせない。
ライフルの音は聞こえるが、鉄板に銃弾が当たる音はしない。ルナが引き金を引く毎に、発砲音が途絶えるのだ。
華麗で無駄のない捌きは、自分の守備役を当てにするどころか、守る動き。鉄板どころか、自分さえも使い物にならず、セラフィーナ達のいるシールドのすぐそばまでたどり着いてしまった。
腹いせも込めて、鉄板を〈ジャスティカーズ〉に向かって投げつけた。重量のある物体にしては不自然に、軽く、鋭く、速く、そして真っ直ぐに飛び、金属音と肉体がぶつかる鈍い音を耳にしながら、ルナに続いてシールドへ滑り込んだ。
「なんとまあ、随分と野蛮な真似を……シンの能力って、本当に汎用性高いね」
オリーブ色の肌の女——セラフィーナは、目を瞑りながら呆れたように言った。
しかし、涼しい顔をする彼女が目に入り、むしゃくしゃとしたものが表に出てきた。
「おい、ルナ。お前、いったいどういう……」
「こら! また喧嘩しない。このまずい状況に追い討ちをかけるように、空気をピリつかせないで」
目を瞑ったまま胡座をかくという、戦場にいるとは思えぬ格好のセラフィーナに、ぴしゃりと止められた。
彼女は、視覚情報を遮断した方が異能力の精度が高まるのだと、能力を使う際にはいつも、その姿勢をとるのだ。
「それで、どうする? 今もう一度数えたけれど、パイロットが六人、戦闘隊員は三十。今の騒ぎで、最初の一機の爆撃に巻き込まれた八人、ルナが直接撃った三人と、シンが鉄板で潰した二人、それに一人が戦闘不能になって、残り二十二人」
セラフィーナは溜息をつくと、肩にかかっていたうねりのある黒髪を後ろに払いながら続ける。
「三対二十二。多分、パイロットも援護に回ってくるでしょうね。私の能力も錯乱されてる可能性があるから、数が正確とは言えないけど……」
「セラフィーナの見立ては正しいと思う」
ルナが食い気味に答えた。セラフィーナは驚いたのか、片目を開け、琥珀色の瞳で彼女を見つめる。
「私も、自分で確認した。機械信号の反応があったのは三つだけ。今は二つ。だから、他の航空機などは近くにはない。私の能力は操作型に干渉されにくい。だから、その情報は正確だと思う」
「はへぇ……本当に万能ね。私の索敵なんていらないんじゃない?」
「それはない」と、ルナは静かに首を振った。
「索敵範囲は限られているし、セラフィーナのように細かい情報を捕えることはできない」
「そ、そう……なんだ」
セラフィーナは息をつくと、肩をすくめた。
「でも、かなりの数を相手にしなきゃいけないのよね。本当にどうしよう」
シールドの中で、皆、無言で固まる。セラフィーナの態度や、経験の慣れで随分と感覚が麻痺しているが、実際には自決を覚悟すべきほどに、追い詰められている状況なのだ。
「操作型能力はどっち?」
セラフィーナの後援チームメイトの二人に、ルナは急に声をかけた。
寡黙な人間から話しかけられたことに驚いたのか。二人は戸惑ったように、お互いの顔を見合わせた。
セラフィーナの能力は現場で重宝されるものだが、能力使用中は隙が生まれやすい。そのため、相性の良い操作型能力者と防御系能力者とチームを組んで行動しているのだ。
先ほど、手を振って場所を教えた褐色の肌の男が、敬礼をした。
「タリクといいます。特定の対象に対しての知覚レベルを抑えることが可能です。自分はγ等級なので、あまり強い能力とは言えませんが」
「……対象から、ある程度離れて能力を使ったことはある?」
「そうですね……訓練で何度かありますが、継続可能時間は短いですし、対象が複数ある場合は、精度が落ちてしまいます」
「四十秒あればいいの。四十秒の間、私を隠してほしい」
嫌な予感に、口を挟まざるを得ない。
「おい、勝手に話を進めるなよ。何を考えている?」
ルナは、四人の顔を見渡し、口を開いた。
「〈ジャスティカーズ〉の退路を絶って、確実に全て仕留める。タリクの力で私を隠し、効果が切れる前に、残りの二機の戦闘機を破壊、パイロットも同時に処理する。その間、シンとセラフィーナは敵の注意を引きつけてほしい。パイロットたちを始末したら、あとは私がまとめて片付ける」
「ダメだ」
反射的に、否定の言葉が出た。
「お前に、そんな状態で能力なんて使われても、失敗したら対処できない。今日はもう無理だろ」
「別に大丈夫。私がとどめを刺すときは、二人ともシールドに戻ってもらう。万が一にも、私の能力の影響を受けないように」
「そういう意味じゃねえよ…… 却下だ、他に方法はあるだろ」
「他に効率的な方法はない。これが一番」
淡々と答えるが、強情な奴だ。
怒鳴りつけたくなるが、こういうのは冷静さを失ったほうが負けなのは、痛いほど知っている。
一つ大きく息をつきながら、ルナの話を崩すための筋道を頭に並べる。しかし——
「待ちなさい、シン。ルナの案を採用する」
「……は?」
口を開こうとしたところで、セラフィーナに遮られた。
「ルナの提案は、最も確実な道だし、私は彼女の力を信じてるから」
「おい、待て。それだと——」
「シン!」
セラフィーナが語気を強め、再び自分の言葉を遮る。
「いいこと? この現場の最終指揮権限は私よ。ルナの案を採用する。指揮系統を遵守しなさい」
奥歯から変な音が聞こえた。無意識に歯ぎしりをしていたのだ。
頷けるはずがない。
事あるごとに誰か一人に負担を押し付ける、セラフィーナのやり方は、以前から気に食わなかった。
異能力だけではなく、俯瞰で見ることができるなど、それ以外の能力が高いことは認めている。しかし、一つ柱が崩れれば総崩れになる作戦など、失敗する日が必ず来るに決まっている。
「シン、あんたも分かっているでしょう? 私たちは今、殺るか、殺られるか。他の道を考えてる暇はない」
諭すような声音で、セラフィーナは言う。まるで、聞き分けの悪い子ども、とでも言わんばかりの態度だ。
セラフィーナのサポート役である後援員二人も、作戦を立てた張本人のルナも黙って、頷くのを待つような空気が流れている。
自分が折れるほか、この状況が動くことはないのだ。
怒りを噛み殺すため、乱暴に髪を掻きむしった。
「どうなっても知らねえからな」
そう吐き捨てると、セラフィーナは安心したように、微笑んで頷いた。
「決まりね。いい? やることはいつもと一緒よ。何としてでも生き残るわよ」
セラフィーナの声に、後援員の二人はやる気に満ちた返事をする。
「タリク。あなたは、ルナを隠すことを最優先に。ライラは引き続き、シールドを張り続けて。ルナが航空機を破壊したら、後はお互いを守り続けなさい」
セラフィーナの能力を前線で最大限生かすため、チームを組み信頼を積み上げてきた三人。
彼らとの大きな隔たりと温度差を感じながら、密かに隣へ視線を向けた。
淡々と、絹のような白い髪をまとめ直して準備をするルナは、相変わらず無表情だった。
片や、危機的状況の中で生への希望を見出している三人。
なぜか、生死の対比になっているように映り、思わず顔をそらした。
―――
(機密百科事典より引用)
〈異能力者〉
分類∶
能力種はAggressor型、Defender型、Sensor型、Manipulator型、Regenerator型、Traverser型、Xeno型の七種に分類される。
種によって分類人数のばらつきは、大きく偏っている。また複数の型の特徴を持つ能力も確認されている。
等級∶能力の脅威性、実用性により、上位からα、β、γ、δ、εに分けられる。
・α∶能力者人口の約0.0008%相当。厄災級の脅威、戦略兵器と見なされる能力。
・β∶能力者人口の約0.08%相当。戦略級の脅威、一人で戦局を変えると見なされる能力。
・γ∶能力者人口の約20%相当。複数人であれば、戦力、脅威と見なされる能力。
・δ∶能力者人口の約58%相当。実用的ではあるが、限定的であったり、不安定と見なされる能力。
・ε∶能力者人口の約22%相当。発現した能力であるものの、軍事的には価値が低いと見なされる能力。
〈レゾナンス・パルス〉
保有者∶シン (本名∶■■■■)
分類∶Aggressor型
等級∶β ※一部項目に於いては、αに相当する
概要∶衝撃波の生成、及び操作。格闘への織り込み、建造物破壊、爆撃の相殺、投擲物の加速度操作など、汎用性が高い。その一方で、感情、特に怒りに制御が左右されるため、精密作業は高度な技術、安定したメンタルが求められる。
〈アルカナ・ヴィスス〉
保有者∶セラフィーナ (本名∶セラフィーナ・デミル)
分類∶Sensor型
等級∶β
概要∶生物、機械センサーなどの探知。半径2km(高精度圏)最大10km圏をリアルタイムで捉えることができる。視覚情報を遮断することで精度が向上する。




