天敵
難航はしていないものの、計画は想定より順調でない。
(高等級の索敵能力者が、どこかに居たんだな)
手応えと状況から、そう推測できる。
俺たち〈アポクリファ〉の襲撃は察知されていた。それにより、抵抗準備と被験者の処遇判断が早められたのだろう。
しかし、その割にはやることがお粗末すぎる。内通による情報漏洩であるなら、もう少しうまくやっているはず。
とするのならば。あちら側——研究所関係者の中に、索敵――Sensor型と呼ばれる、精度、等級ともに高い能力者が、この付近にいたのか。
お蔭で、研究所スタッフに殺害された犠牲者が出た。
世界政府は、異能力者がこちらの手に渡ることを最も嫌がるため、等級の高い一部を除いて処分するという非道な手段を取ることは分かっていた。しかし、それを防ぐための策もあったはずだった。
(ごめんな。間に合わなくて)
廊下に広がる血の海に横たわる子どもたちに、胸の内で謝った。
道具のように扱われ、虐げられた挙げ句、最期はこんな仕打ちを受けた異能力者の子ども。世界政府にとって、自分たちはただの都合のよい兵器でしかないのだ。
「相変わらず、腐った世界だな」
チョーカーが、震動する。
『こちら後援二班。ルナとともに、政府輸送機に載せられた高等級の被験者、十四名を保護。全員無事。移動準備が整い次第、出発します』
高等級異能力者の保護に成功した知らせだ。『ご苦労様』と、作戦指揮官のセラフィーナが、後援員たちに労いの言葉を掛ける。
『撤退準備に入るわよ、シン。あなたもスタート地点に戻ってきて』
「了解した」
返事を残し、チョーカーのマイクを切る。
そして、助けられなかった命に祈りを捧げ、来た道を引き返した。
(我ながら、暴れすぎたな……)
自分が辿った道を引き返すが、これは反省せざるを得ない。
俺の異能力――「レゾナンス・パルス」は、扱いが難しい。
衝撃波を生成、操作することが出来るため、格闘技術に織り混ぜる他、建物の破壊など、攻撃の用途は幅広い。が、その分、コントロール技術が求められる。感情に左右されやすい性質を自覚して行動しているものの、こみ上げる怒りから制御が甘くなる。
壁や建物を巻き添えで破壊し、道を塞いでしまった箇所が生まれ、結果として、再び能力を使って道を開けながら進む羽目になるのだ。
(こういうところが、あいつとの差、なんだろうな……)
脳裏に白い影が過ぎり、胃の底が疼くような感覚が走った。
再びチョーカーが振動する。
『シン、ルナ。まずい、〈ジャスティカーズ〉の応援が来る。迎えの戦闘機が足止めされてる。撤退が出来ない』
セラフィーナの緊迫した声に、背筋にすっと冷たいものが走った。
〈ジャスティカーズ〉は端的に言えば、天敵である。〈アポクリファ〉と同様、異能力者の集団だが、レジスタンス組織ではなく、世界政府が保有する特殊精鋭部隊である。
『移送が完了していない被験者、後援員はまだいるの?』
冷静で無感情なルナの声が耳に入ると、謎の苛立ちを覚えた。これはいつものこと。
『今、輸送機に乗せたのが最後。私たち——私と後援の二人、君たちが撤退できない』
今回の計画メンバーは、かなり有能な逸材たちが起用されている。更に、自分、ルナ、そしてセラフィーナは、通称Σと呼ばれる精鋭戦闘員の一員である。
が、この少人数で、戦闘のエキスパートである奴らと、今この場で対峙するのは、あまりにも分が悪い。
「とりあえず、合流だな。話はそれからだ」
『はいはい。すぐ来て』
最短ルートを再確認すると、スタート地点まで、残り二二〇メートルと表示された。距離は短いが、切迫している今、のんびりしている暇はない。
チョーカーの投影システムを切り、走ろうとしたが、前方に揺れる真っ白の髪を視界に捉えた。
煤や散乱した瓦礫の山の中では、目印になるほど目立つその後ろ姿を目にした瞬間、胸の奥で苛立ちが一気に噴き出す。
ルナと接するのは、苦手だ。無表情、無感情で淡々としたその姿が、なぜか逆鱗を刺激するのだ。
しかし、同じ目的地を目指す相手を、無視するのも変な話である。
息を深く吐いて気を静め、足を早めた——が、ルナの身体が突然大きく傾き、その場にしゃがみ込むようにしてうずくまった。
「おい!」
思わず声が出る。駆け寄ると、のろのろと頭を押さえながらこちらを見上げるルナと、目が合った。
いつも通りの無表情。だが、かなり疲労を抱えているように見て取れた。当の本人はその疲れすらも感じていないかのような、どこか虚ろな目をしているが。
「頭、痛むか?」
最近、彼女が頭を押さえる様子を何度か見かけていたことが、脳裏に過ったので訊ねてしまった。ルナはしばらくぼうっとしていたが、首を緩く横に振った。
(はっきりしろよ……)
大方、能力の無茶な使い方で疲弊したに違いない。
先の、等級の高い能力者の輸送妨害任務。向かわせた隊員では完遂できないと、セラフィーナが慌てて、ルナを向かわせたのだ。
戦闘機の着陸時の補佐。
研究所スタッフや護衛隊の一掃。
施設システムの解除。
低等級被験者の解放救出。
いくら名実ともに「能力者最強」と謳われているとはいえ、限度というものはある。
能力に依存し、リスクのある使い方をさせるセラフィーナにも、考えなしに了承する彼女にも、喉元までせり上がる怒りを覚えた。
「早く行くぞ」
ぐっと飲み込んだつもりだが、口からでたのは吐き捨てるような言い方だった。
だが、ルナは特に感情を揺さぶられた様子もなかった。無言で頷くと、何もなかったかのようにすっと立ち上がり、目的地へと歩き出す。
苛立ちを逸らそうと、小さく舌打ちをし、後に続いた。
*
研究所の航空機発着場は、瓦礫の山が隅に積み重なっている。
自分が先陣を切って暴れた後に、後援員が離着陸しやすいよう、寄せてくれたらしい。無機質な静寂が広がっている。
『七時の方向。鉄扉の陰』
セラフィーナの指示方向へ振り向くと、褐色の肌の男の後援員が、陰から小さく手を振っていた。セラフィーナのチームメイトである。
敵機の姿は見当たらない。〈ジャスティカーズ〉が、まだこちらへは来ていないらしい。その前に合流出来れば、打開策は立てやすい。
後ろに控える彼女に合図をしようと、振り向いたその時——身体が後ろへ大きく傾いた。身体は宙へと踊りだし、瓦礫の山に迫っていく。
勢いよく自分を押したその手の主を向くと、人形めいたルナの青灰色の目がこちらを見ていた。
『——ごめんなさい、何も訊かないで』
脳裏に、あの日聞いた小さく硬い声が過る。
茜色に染まる夕陽。
同じ青灰色の目。
心臓が締めつけられるような痛みが胸を襲い、記憶に飲み込まれていく感覚に落とされる。
――しかし、幸か不幸か。足元の地面の激しい衝撃が、現実に引き戻した。
(爆撃か……!)
空には、転移してきたかのように敵機がこちらを見下ろしている。操作系――Manipulater型能力と呼ばれる、知覚を混乱させるなどの、妨害的な能力を使う人間、それも戦闘機の存在を隠すほどの高等級能力者の仕業だろう。
このままぼんやりしていては、衝撃で身体が投げ飛ばされる。
崩れた体勢に流されるまま、指先を伸ばして、発着場のコンクリートに触れた。精細なコントロールは苦手だが、爆撃の勢い相手であれば、それを考える必要はない。
衝撃を、能力と相殺させると同時に、ルナに瓦礫の影に押し込まれた。
―――
(機密百科事典より引用)
〈精鋭部隊〉通称Σ
武装レジスタンス組織〈アポクリファ〉の、実戦部隊を支える、選ばれし者たち。通称は非公式名だが、広く使われている。
〈アポクリファ〉初期のメンバーのコードネームを階級名として、継承されている。
能力系統によって加入が制限される場合や、該当者なしと判断される場合もあるため、最大十二枠が常に埋まるわけではない。
〈ジャスティカーズ〉
世界政府が擁する、異能力者で構成された実力行使部隊。多くが、異能力研究所にて訓練された軍事組織である。
反世界一体化を支持した国家、レジスタンス組織を、圧倒的な力で制圧した、世界政府の権力集中の立役者。




