↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/46

悪夢

「エリゾ、ギャヴィン! こっち!」

 

 ジーノが手を振りながら飛び跳ねているのが見えた。

 少し足早になってしまったが、大きな声を抑えさせなければいけない。


「おい、声抑えろよ」

「あ、ごめん」

 

 両手で口を押さえたが、悪びれた様子もなく、にこりと笑いやがる。


「先導をありがとう、ジーノ」

「え、なんで俺の名前知ってるの?」


 ジーノは目を輝かせて、ギャヴィンを見上げる。知らないはずの人間が自分の名前知っているなんて、気味悪がるのが正解だというのに。なぜ、こんな喜べるのか。

 

「色んな人の注目の的だからね、君は」

「いやあ、照れるなあ。へへっ」


 わざとらしく咳払いをすると、ジーノはようやく、緩んだ顔をひき戻した。


「それにしても、よくここまで人払いができたね。どうやったの?」


 ギャヴィンの問いに、ジーノはまた得意げに顔を上げる。


「簡単だよ。荷車の車輪を叩いたり、外したりして動けなくしたのと。あとオルゴールのネジを全部回してきたのさ」

「オルゴール?」

「そう! 特別公演の来場者特典のオルゴール! 本当は今の団長の前の団長が、支援者にお礼で渡してたけど、なんか見た目がいいから好評で、続けてるんだって。それの在庫を全部、ねじ回してうるさくしておいた」


 脳裏に、ちまちまとオルゴールを止めようとてんやわんやする団員の姿が目に浮かび、思わず吹き出しそうになる。背にかかる体温と重さや、右手を握る手があるお蔭でなんとか耐えたが。


 車を止めているという裏門へは、敷地の外周を回る道を通る必要がある。

 テントの並びから離れると、人があまり歩かないせいで足元の草が深くなる。

 

 背中のルーカは、規則正しく息をしている。

 決して短い距離を歩いているわけではない上、片手で支えているのは少し辛い。しかし、アニタの手は緩まる隙はないし、今さら誰かに代わってもらうほどでもない。このまま二人を連れていけば問題ないだろう。


「アニタ、楽しそうだね。久しぶりに外に出たから、嬉しいのかな」


 ジーノは彼女に笑いかける。アニタは、意味が分かっているのか分からないのか、少し首を傾げたがにこにこと笑い返す。


「私ね、私、マルコに会うの」


 ジーノは、アニタの唐突な話に特に驚くことなく、相槌を打った。


「マルコはね、私の弟なの。ちょっと気が弱いけど、優しいの。だから、私が守ってあげなきゃいけないの」

「うん、そうだね。マルコは優しい、良い奴だよな」

「マルコは、すぐに我慢しちゃうから、よく見てあげないと。だから、私ね、だから、だから……だから……」


 アニタの言葉が、詰まるとともに、握っている手がぴくぴくと痙攣し始めた。


「アニタ……?」


 痙攣する手を止めたくて、思わず強く握ったが、震えは止まらない。

 唇を震わせながら凝視する先を辿ると、門の内側で止まっている黒塗りの車がある。  

 

 仕立ての良い外套。白いものが混じった髪。上機嫌で葉巻をくわえた、恰幅のいい男。時折やってくる、常連の役人の一人だ。団長と懇意にしていて、いつものように五人ほど連れて練り歩いている。

 

 喉の奥で空気が擦れるような、ヒュッ、ヒュッという鋭く短い、浅い呼気音が、アニタの身体から無理やり鳴り始める。



————『アニタ、ねえ、どうしたの? アニタ』



 二年前のあの日——アニタが初めて暴走した日の、ガイアの声が脳裏に過る。

 昼公演の最中、出番をもう少しに控えて、客席を覗き込んだアニタは、突然発作を起こした。今のように。


(そうだ……あの日も、あの男は客席に————)



 詳しいことは知らないが、眼鏡男や団長が、あの男と話す内容から、能力者を融通している張本人だろうという推測は以前からあった。

 

 俺は違うが、カルーセル座に引き取られる奴は、研究所と呼ばれる施設からやって来た奴がほとんど。

 変わった力を持つ子どもが集められ、研究されるという施設。あまり、良い思い出がないらしく、皆、研究所のことはあまり喋りたがらない。


 アニタは、強い力を持っているせいで、随分酷い目に遭っていたとマルコは言う。起きていても、悪夢に魘され続けるほどに————


  

 

 

 足元の草が、ゆっくりと浮き上がったのが見えた。

 一本、二本ではない。

 視界の中の草が、一斉に、地面から剥がれるように持ち上がっていく。草だけではなく、小石、木の枝。落ちていた空き瓶も、土も、全てが浮き上がる。

 ボロボロと崩れ落ち、凍りついていきながら。


 ゆっくりと動くその世界を、ぼんやりとただ見つめることしかできない。



 

「エリゾっ!」

 

 鋭い怒鳴り声とともに、勢いよく身体を跳ね飛ばされる。

 つい先までゆっくり流れていた世界が、突然目にも止まらぬ速さで進み出す。

 喉に一気に空気が入り込み、肺が大きく膨らんだが、それと同時に地面から噴き出す土ぼこりが、目や口に入り込み、咽せ返る。


「エリゾ、大丈夫かっ?」


 上から、ギャヴィンの声が降りてくる。今までのような余裕じみた、あのむかつく声音ではなく、緊張の滲む鋭い声だった。

 さっき、自分を呼んだ声が誰のものか分からなかったが、ギャヴィンだったらしい。


 返事をしようと息を吸うが、咽るばかりで何も答えられない。


「分かった、もう喋らなくていい。すまない」


 少しひんやりとした手が、俺の頭を優しく叩いた。

 すぐ隣には口元を腕で覆うジーノが、目を見開いて呆然としている。


 どうやら俺とジーノは、ギャヴィンの下に庇われているようだった。

 しかしなぜ、地面に押し付けられた体の、どこにも重さがないのか。

 背中に、ルーカの体温がない。右手の中に、アニタの手もない。

 さっきまで、両方あったはずなのに。なんで……


「なんだよ、これ……」

 

 ジーノが小さく呻きながら呟いた。

 ギャヴィンのため息が一つ聞こえると、小さく無機質な音が鳴った。


「ミゲル。聞こえるか?」

『……ああ。聞こえるぞ。暴走か?』

「その通り。アニタ・マリーニにつられて、ルーカ・セッラ、あの少女(ティツィエッタ)が暴走状態に入った……最悪だよ」







 嘘だ、嘘だ……



 さっきまで、アニタは笑っていたじゃないか。

 久しぶりの外で、楽しそうだったじゃないか。


 あの少女(ティツィエッタ)も、きっと、新鮮な空気が吸えて少しは良い刺激になってただろうに。


 ルーカは、今日は眠ってばっかりだったけど、安らかな顔をしていたじゃないか。


 なんで、なんで……


 

————ただ、次に暴走したときは、殺すほかなくなるぞ



 アニタの力で、あの役人の男の体が、地面に叩きつけられている。何度も、何度も。

 手足が妙な方向へ折れて、もう息もしていないだろうに。



————覚醒失敗者は、お前たちが抱えられるような、生易しい存在じゃないんだよ



 あの少女(ティツィエッタ)の力で、辺りが凍りついていく。もうすぐ五月なのに。手足が壊死しそうなほどに冷たくなっていく。


 

————どちらにせよ、地獄を見るんだよ



 地面に生えた草も、小枝も、空き瓶も、そして車も、急激に錆びてボロボロに砕け、あの役人のお付きたちの体もボロボロに崩れていく。





 頭の中で、あのストロベリーブロンドの男が、小馬鹿にした顔でにやりと笑った。



 





————ほら、俺の正解だっただろう? だからあの時、お前は黙って見ていればよかったのに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。