口約
ギャヴィンは、エリゾに数歩近づくと、大陸西部のお辞儀に似た動きをする。
「初めましてだね。僕はギャヴィン。彼らの上官にあたるんだ。よろしく」
新顔に若干戸惑っていたのか、ギャヴィンの紳士的に見えて強引に事を進める勢いに圧されたのか、エリゾは機械仕掛けの人形のように、固い動きで頷いた。
「さて、腰を掛けてくれ」
空いた一人掛けのソファを指したが、エリゾはその場から動こうとしない。
「おや、何か?」
意図を察したのか、ギャヴィンは席を指していた手を下ろした。
「俺は、取り引きしに来たんだ。俺の条件が呑めなければ、協力はしない」
濡れた上着の裾から、水が落ちる。絨毯に黒い染みが広がっていくのを、エリゾは気にすることなくこちらを見ている。
ギャヴィンは片眉を上げたが、余裕のある笑みで口を開いた。
「分かった。じゃあ、その条件とやらを教えてくれ」
「じゃあ、まず一つ」
食い気味に、エリゾは続ける。
「俺以外の団員に、あんたたちが掴んでいる情報を伝えないこと。二つ目。俺が話すことを、団員に話さないこと」
部屋が、しんと静まる。
条件と言うから、身の安全か、報酬か、そのあたりだと思っていたが。そんなことよりも、知られることのほうが恐れているのは、変わっている。
「いいよ。約束しよう」
ギャヴィンは、考える間も置かずに頷いた。
エリゾは一瞬、拍子抜けした顔をしたが、確かめるように部屋を見回し、ようやくソファに腰を下ろした。
「俺が五歳のとき、母親が死んだ——」
エリゾは唾を飲み込むように動かすと、沈んだ目でそう話を始めた。
*
1923.05.07 エリゾ・ロッシ聴取記録
エリゾの発言
俺が五歳のとき、母親が死んだ。最初は、母の弟にあたる人に預けられたけど、すぐに孤児院にぶち込まれた。俺が、物を燃やす力を持っていたから。
孤児院ではうまく立ち回っていたつもりだった。でも、時々無意識に力を使って、周りから疎まれていたんだ。
でも、そんな時に、団長が俺を拾った。
団長は……今でこそデブだけど、昔はわりと見た目が良かったんだ。その……ギャヴィンさん、だっけ。あんたほどではなかったけど、そこそこ良かったんだ。
随分と甘い言葉をかけられて、俺は喜んで団長に引き取られた。まあ、実際は、ただ物珍しい俺の力が、金になると思ったから、誘いをかけてきただけだったけど。
団長の本職は、闇金融なんだ。まあ、あんたらはもうそれも知ってそうだけど。
カルーセル座を買収したのも、そのためだ。巡業を理由に街を動けば、恨みを薄れさせられるし、色んな地方でカモを見つけられるからな。祭りだ何だで浮かれてる奴は、簡単に金を借りる。
俺の力は派手だから、人気の演目になった。そのお蔭で、ただの移動する足から、金儲けに変わったんだ。
団長は、俺みたいな奴を見つけようとして、それで結局、政府の役人に近づいた。賄賂で似たような変な力を持つ奴らを集めて、客を引き寄せたんだ。
そのうち、金をもっと集めるために、イヤな演目を作り始めた。
あんたらは、剣闘士って知ってるか。大昔に、この地方では円形の闘技場で、闘う見世物があったんだってさ。それをやろうとか、ほざいたんだ。
最初は野犬相手だったけど、だんだん猛獣を用意し始めて、そのうち、借金を返せない奴が相手になった。
俺は、あんまり出させられることはなかった。昼公演で結構稼いでたから、怪我したら都合悪かったんだろ。他の奴も、昼公演で稼ぐ奴は外された。それ以外は、全員出された。
……順番が違うな。取り立ての仕事をやらされ始めたのも、その頃だ。特別公演に出ない代わりにってことだったと思うよ。マルコもそう。あいつはサーカスにしては地味だとか言われて、俺の補佐に回された。
力が暴走して手がつけられなくなるような奴も、その頃から引き取られてくるようになった。味を占めたんだよ。
俺達は、他の奴らとは確かに違うけど、別に無敵でも何でもないから、生き残るために必死になる。
だから、相手は。
……相手は、皆そうなった。
反撃しないと死ぬし、生き残っても人殺し。
頭のネジが外れてなければ、そんなのに耐えられるわけがない。皆、壊れそうになるのを耐えていたけど、だんだん、それも無理になってきた。
そんな時だ。政府の人間が来たんだ。一年半くらい前。
といっても、役人ぽくはない。若い……というか。俺と同じか、少し年上の奴だった。すげえ、うえから目線な奴で鼻につく奴だけど。
白い軍服みたいなの着てて——
*
「白い軍服!」
いきなり、カリンの大声が部屋に響き、エリゾはぎょっとしたように後ろに引いた。
声だけではないかもしれない。
カリン、グレン、そして機械じみたアシュリーまでが、腰を椅子から浮かせたのだ。
(……まあ、そんな感覚が、分からなくはないが)
「ごめんごめん、続けてくれ。エリゾ」
ギャヴィンは薄っすらと笑みを浮かべながら——しかし、目を輝かせながら促した。
「……白い軍服みたいなのを着た奴が、役人と一緒に来たんだ。団長の客として、だったと思う」
「他に、外見の特徴は? 男か女か」
アシュリーは、声を荒げることはなかったが、早口にまくし立てた。
「男、だったけど………ストロベリーブロンドの髪で、目は青かった。ぱっと見はひょろくて背が高い感じ……モデルでもやってそうなくらい、見た目が良くて腹立った」
「他は? 思いつく限り特徴を」
エリゾは、訝しげにアシュリーを見るが、勢いに気圧されたのか、唇をすり合わせると再び口を開いた。
「多分……肌は結構白かったから、北部の出身だと思う」
「火を操る能力と言っていた。どうしてそれを知った?」
「いや……あいつが言っていたし、見せつけられたんだ。お偉方が、わざわざ俺たちの住むテントに来る時点で、怪しいだろ? だから力で脅かして問い詰めてやろうと思ったら……あいつの炎に、俺の炎が燃やされたんだ」
「その男は、他になにか——」
エリゾは床を一蹴りし、椅子を後ろへ突き飛ばす勢いで立ち上がった。
「知らねえよ! 俺が聞きたいくらいだよ。何なんだよ! お前らも、あのヘクターとかいう奴も!」
「ヘクター?」
アシュリーが、わずかに困惑したような声音で呟いた。
「その男は、ヘクターと名乗ったのか?」
エリゾは眉をひそめながら、頷いた。
「ヘクターは、ジャスティカーズ隊員の一人。こちらが〈白焔〉と呼んでいる人物の名前」
普段通りの静かな声が、言葉を載せる。
「外見や能力特徴から、〈白焔〉が関わっていると見て良いと思う」
ルナの淡々とした言葉は、部屋の空気を凍てつかせた。
昇格したばかりの頃、〈ヴォイド〉に会ったらすぐ逃げろと叩き込まれた。その時、ついでのように並べられた名前の中に〈白焔〉があった。
高温の白い炎を操る「アルボレイズ」。〈ヴォイド〉の右腕のような存在だとか。
(〈ヴォイド〉が、絡んでるってことか?)
考えたくもない可能性が、頭の中を占めていく。
「うわあ、まっっじで最悪」
椅子に沈み込みながらカリンが唸る。声だけは軽いが、肘掛けを穴が空きそうなほど掴んでいる。
「とりあえず、座りなよ。エリゾの話はまだ終わってないんだからさ。ほら、グレンも。ぼうっとしてないで」
「……あ、ああ。すまない」
皆、席に腰を沈め直すと、ギャヴィンは視線を戻した。
「それで、その男は『わざわざテントに来た』と言っていたけど。そいつは何をしに来たんだ? その口ぶりから、普通とは違ったんだろ?」
「……団長がヘコヘコするのはいつもの話だけど、その日は、いつもふんぞり返ってる役人が縮こまっていて、変だなと思ったんだ」
エリゾは、膝の上で指を組み直した。
「あいつは急に、一人で俺たちのテントの中にずかずかと入ってきたんだ。多分、案内もされてなかったはずなのに。団長は掃き溜めを見せようとしないはずだし、役人は知るわけないから」
「ふーん。いつもと違うから目についたわけだ。それで?」
顎を上げて、天井のあたりを睨む。それから、ゆっくりと息を吐いた。
「小馬鹿にするみたいにじろじろ見てきた後、アニタたち……能力発作を起こす奴らのテントに来やがった」
言葉が、そこで一度止まった。
誰も急かさなかった。ギャヴィンでさえ、黙って待っている。
「俺一人だけで後を追ったら、あいつ、檻の前で値踏みするみたいに、またじろじろと見やがって。そしたら、ディノ……そのうちの一人が、発作起こして……普通、あんなの見たら顔色くらい変わるだろ。なのに、多分、まばたき一つもしなかったよ、あいつ」
「その男は、それでどうしたんだ?」
エリゾは唾を大きく飲み込むと、平坦な声で言った。
「……火をつけようとしやがった。殺そうとしたんだ」
組んだ手の指先の爪が食い込み、赤く滲み始めている。しかし、エリゾは抑揚のない声で続けた。
「こんな奴ら、抱え続けても意味ない。今殺すか、後で殺すかの違いだとか、言いやがった。俺たちのこと、なんにも知らねえくせに」
怒りを孕んだ言葉だが、一方で声の温度が追いついていない。爪が食い込むほど手を握っているにしては、その罵り方は、どこか型通りのような気がした。
「その後も散々言ってきたけど、結局、あいつはディノを殺しはしなかった。代わりに、五発殴って気絶させやがったけど……」
言い終えて、エリゾは短く笑った。笑ったつもりなのだろうが、音が乾いていた。
「ははっ……あんなにバチバチいってる中に、生身で入って殴るとか、まじでイかれてるよな……」
誰も、すぐには答えなかった。
「それで? 他に、そいつは何かしたのか?」
ギャヴィンの声は、相変わらず耳当たりが良いが、やはりその奥に喜色があるのを感じた。
相当、悪趣味な奴だ。
「薬を、置いてった……暴走を確実に止められるやつ。こっちの薬を打てば一発で寝るし、一週間か十日は、能力も安定するって」
「ああ……なるほどね。それはどうした?」
「……四日前に、アニタに使った」
アシュリーの手が、書き付けの上で止まったのが見えた。
「使うつもりなんてなかった。あんな奴からもらった奴なんて。でも……」
エリゾは、顔を上げなかった。
「いつものやり方じゃ効かなくて、周りのやつ全員殺されると思ったら……」
窓を打つ雨の音が、やけに大きく聞こえた。
「そうか……それで、他には? 置いていったのは、それだけかい」
「……ああ」
答えが、半拍遅れた。
その間に違和感を覚えたが、ギャヴィンは納得したように頷いた。
「じゃあ、少し別の話に移るけど」
ギャヴィンの仕切り直す言葉に、エリゾの肩から、目に見えて力が抜けたのが分かった。
「マルコ・マリーニのことなんだけどね」
しかし、再び彼の方は強張った。
「今日、彼から話を聞かせてもらったんだ。とても素直に、丁寧に答えてくれてね。感謝しているよ」
「……それで?」
「一つだけ、疑問に思ったところがあって」
ギャヴィンは、指を一本立てた。
「今回レジーナに来てから、取り立てに回った相手の数を訊いたんだ。彼は四人だと言った。名前も、特徴も、すらすら出てきた」
「……マルコは、記憶力が良いからな。それが何か?」
「ふーん。そうなんだ。こちらの調べだと、もっと多いはずなんだけどね」
エリゾの目が、すっと横に逸れる。
ギャヴィンは口の端をわずかに持ち上げた。
「ダニエレ・ロムアルド」
耳当たりの良かった声が、圧の高い声でその名を音にする。明らかに、エリゾの顔から表情がなくなった。
「かれこれ一ヶ月近くになるけど、川に飛び込んで亡くなった花婿がいるんだ。記憶力の良いマルコは、その名前に心当たりがないと言ったんだけど。何か知ってる?」
「……知らないってだけだろ」
「へえ。それは、おかしいなあ」
ギャヴィンはそこで言葉を切ると、胸元の裏ポケットから、四つ折りに畳んだ紙を二本指で挟んで取り出した。
「これ、何かわかるかい?」
「……さあ」
「カルーセル座から、借りている人達のリスト。そこの彼女が、帳簿から一部写してきたんだ」
アシュリーを指さすと、エリゾの青白くなった顔を不敵に笑いながら見る。
ちなみに、その写しのリストは存在するが、あの紙はそれではないだろう。あんな紙に収まる量ではない。
「確かに、ここには名前があるのに。一ヶ月も経たないことを、記憶力が良いはずの彼が覚えていないなんて。何か病気の可能性がある。心配だな……」
ギャヴィンは、あ、そうだとも言わんばかりに手を叩いた。その音が随分大きく響き、エリゾの肩がびくりと震えた。
「ミゲルに調べてもらおうか。彼は非常に優秀でね。外科手術の腕が高いけど、本職は精神科医なんだ。だからきっと原因が分かるよ。でも、その前に、本人にもう一度訊いてみようか。もう起き上がれるようだし、もしかしたら思い出し——」
「やめろっ!」
声が、飛んだ。
一気に顔の血の気を取り戻したエリゾは、荒い息をしながら、ギャヴィンを睨みつける。
ギャヴィンは、動かない。ただ、待っている。
(性格悪っ……)
最初に出してきた条件は、守られている。
エリゾが話すことを、団員に話さないこと。自分たちを守るための縛りだったはずが、今のこの状況では、逆向きに使われている。
話さなければ、マルコに話が行く。
今、ここで話さなければ、エリゾは詰むのだ。
頭を抱え、赤みがかったそのブラウンの髪をくしゃくしゃに掻き回す。
出口を失ったその憐れな姿には、少し同情する。
「……薬だよ」
エリゾは、絞り出すように言った。
「あいつは、暴走を抑えるものともう一つ、置いてったんだ……忘れる薬を」
―――
(機密百科事典より引用)
〈白焔〉
本名∶■■■■■■■■■■
分類∶Aggressor型
等級∶β(一部α相当)
相貌∶身長185cm前後、長身細身。ストロベリーブロンドの髪、青の目、彫りの深い顔立ち、白肌。中央大陸西部北海岸地方系。
概要∶高温度の炎(1600℃程度まで可能)を生成、及び増幅。




