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来客

「やあ、遅くなってすまないね」

 

 Σ(シグマ)五人、無言で向き合う重苦しい空気を、跳ね飛ばすようにしてギャヴィンが入ってきた。当人の性質なのだろう。恵まれた才覚には、感心する。

 

「調査等、ご苦労様。さて、改めて話を聞かせてもらおうかな」

 

 ギャヴィンは濡れた外套をジュリに預けると、勝手知ったる顔でソファに沈んだ。

 しかし、誰も口を開かない。誰が話をするか、探り合いが静かに始まった。

 雨粒が、窓に当たる音だけが響いている。


 Σ(シグマ)の中では、基本上下関係はないものの、実績を含めた実力、所属年数でなんとなくお互いを測り、接している。もちろん、綺麗にそうなっているわけではないが、そのように推し量り、上の人間に任せようとしているのだ。


 テーブル越しに座るカリンは、この中では一番新入りのため、他人事のように顔を見比べている。

 年数的には中間に差し掛かっているが、かなりの古参が集まっている中では、俺は数に入らない。

 

 残るは、三人。

 二番目の古株アシュリーは、姿勢を正して真っ直ぐ前を見つめるだけ。これは通常通りと言える。

 最年長かつ古参のグレンは、なぜか口を噤んだまま他を見ている。いつもなら、すぐに察して口を開くのに。

 

 そして、最後は隣。こちらも手を組んだ自分の手を眺め、微動だにしない実力者。

 なぜか、最初のとき以来、何かと隣に座る羽目になっている。相変わらず、一人分隙間を開けてくるが。


 前に視線を戻すと、「早くしろよ」と言いたげな目配せが飛んでくる。

 

(なんで俺なんだ)


 他の三人がいるのに、俺が出る必要はないだろうに。

 関係ないので目を逸らしたものの、目の端で、苛ついた様子で口角を上げているのが見えた。


 隣の白い髪に視線を向けたつもりだったが、青灰色とぶつかる。


(なんで、こっちを見ているんだよ)


 跳ねた心臓を抑えるも、青灰色の主は、ゆっくりと首を傾げてこちらを見てくる。どこか、何かを不思議に思っているのか、何なのか。


  

「あのさ……」


 ギャヴィンが、呆れたように声をこぼすと、小さく息をついた。やれやれと言うように、大げさに肩をすくめる。


「まあいいや……アシュリー。頼む」

「……はい」


 彼女は特に驚いた様子も、動揺した素振りも見せず、返事をした。

 ただ、無駄な時間が流れていただけなのに、今ので、どっと疲れが溜まった気がする。


「三日前の〈十字谷の会〉《ヴァルクローチェ・ファミリー》との縺れにより負傷した、カルーセル座団員マルコ・マリーニを、療養目的に保護しています。現在は、ベッドから起き上がるようになるまで、回復しました。また本日、本人からカルーセル座についてや事件について、グレン、ルナ、シンの三名が聴取したとのこと」

「うん、そうか。では、特別公演への潜入、覚醒失敗者の保護計画についての進捗については?」


 ギャヴィンの促しに、アシュリーはまた、淡々と続けた。


「三名は既に二回、昼公演を観覧し、団長ヴィットーリオ・モランディとの接触に成功しています。しかし、招待状は入手できておりません。食いつき具合は良好の様子ですので、何かしら後押しをすれば、次回には入手可能かと」

「うん……まあ、まだまだ想定内だね。引き続き頑張ってもらうから、よろしく」


 ギャヴィンはすらりとした脚を組み替えると、俺たち三人の方を見た。


「じゃあ、マルコ・マリーニの聴取について、話してもらおうかな……グレン、頼めるかな?」

「あ、ああ……もちろん」


 グレンは、居住まいを正すと、咳払いを一つした。


「基本的には、アシュリーが調査で得た情報の通り、といったところだったね……あ、そういえば、彼がいないことに関して、カルーセル座の方はどうなっているんだい?」


 突然、話をふられたものの、アシュリーは一拍おいて静かに答える。


「八割方問題なく進んでいる。団長ら上の者たちは、マルコ・マリーニに興味がないのか、演目を削っただけで、気にしている素振りはなかった。エリゾを除く、他の子どもは心配しているようだった」

「おや……? 彼は、他の仲間に経緯を説明していないのかい?」

「そう見ていいと思う。マルコ・マリーニがいなくなってから様子を観察していたが、知っている様子はない」

「そうか……ふむ」


 会話が途切れる。どうやらグレンは、思考の向こうへ意識が飛んでいったらしい。

 ギャヴィンがどこか面白そうに、こちらを見ているので、仕方なくグレンの肘掛けを軽く叩く。


「ああ……ごめんね」


 グレンは息を一つつくと、再び口を開いた。


「話を戻そうか……ただ、マルコ・マリーニの証言には、違和感があったんだ。三週間、いやもう四週間前になるのかな? 川に飛び込んだ花婿ダニエレ・ロムアルドのことを、口にしなかった。何かしら絡みがあると踏んでいたけれど、名前を聞いてもそれらしい反応がなかったんだ」


 たった一ヶ月にも満たない時期に起きた死亡事故。それも、取り立てをしていたはずの相手のことを、覚えていないというのは不自然だ。


 アシュリーの報告では、ダニエレ・ロムアルドがカルーセル座から借金をしていたとされている。取り立てに関与していたなら、マルコ・マリーニは面識がないというのは、おかしな話である。

 もっとも、アシュリーの報告に何らかの誤りがあり、ダニエレ・ロムアルドの死は無関係というなら、筋は通るが。

 

「それに加えて、今年レジーナに来てからの取り立て相手について、四人と数えていた。アシュリーによると、件の花婿以外に、カルーセル座に借金をしていた行方知らずとなった人間はもっといるはずなのに」

「まあ、奇妙ではあるけど。その彼が嘘をついている、隠しているなら道理は通るよね」


 ギャヴィンは否定を口にしながらも、面白そうに爛々と目を輝かせている。


「その通りだね。ただ、彼はあんまり、嘘は得意に見えないんだ。それも演技というなら、僕らは完全に騙されていることになるけれど」

「そうだね。ルナ、君はどう思った?」 


 ギャヴィンの急な振りに、彼女はゆっくりとまばたきをして答えた。

 

「名前を出した時、瞳孔も呼吸も動かなかった。脳波も不自然な動きはなかった」

「つまり?」

「……嘘をついていないと思う。他のことには動揺していたから、訓練されているとも考えにくい」

「なるほど。ありがとう……ひひっ、面白くなってきた」

 

(何が面白いんだ、この状況の)


 肩を震わせて笑うのを堪える、この〈オリジン〉がいよいよ、よく分からなくなってきた。


「あのう……お話中にごめんなさいですけど」


 ギャヴィンの外套と、ハンガーを持ったまま、直立不動のジュリが口を挟む。見つめている先は、玄関扉の方らしい。


「……誰かいるのかい?」

「はい。エリゾ・ロッシが、扉の前でぐるぐる回っています。彼一人です」


 全員、ゆっくりとギャヴィンへと視線を向けた。


「確か……火使いの、マルコと行動していた子だっけ?」

「はい。カルーセル座の古株能力者で、マルコ・マリーニよりも、多くを知る人物かと」


 アシュリーの口添えに頷くと、ギャヴィンは勢いよく立ち上がった。


「彼に会ってみようかな。ジュリ、中へ案内を」

「承知いたしました!」


 ジュリは部屋を飛び出し、バタバタと足音を鳴らす。


「マルコ・マリーニのお見舞いのためだけ、というわけではなさそうだね。相当、渋々なんだろうけど」


 口を尖らせながら、カリンが呟いた。


「そうだね。彼にとっても我々にとっても、良い方向に動くと良いのだけれど。さて、どうなるか——」


 グレンが言いかけたところで、ジュリが再び部屋に戻ってきた。


「はい、どうぞ。入って」


 一拍置いて、びしょ濡れの男が入ってきた。

 濡れた赤みのあるブラウンの髪のすき間から覗くのは、燃えたぎるような鋭い眼光。


 ギャヴィンの方に視線を寄越すと、彼はこの上ない笑顔を浮かべていた。

 芝居がかったように手を広げ、ギャヴィンは言った。


「やあ、エリゾ・ロッシ。待ってたよ」

 



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