↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/46

見えないモノ

 案内された二階のボックス席は、それなりに凝った作りをしていた。

 臙脂のカーテンで仕切られた個室に、天鵞絨張りの椅子が四脚。舞台を斜め上から見下ろす。


(今思うと、やっぱり俺は、いいところの坊ちゃんだったんだな)

 

 遥か昔に、両親、祖父母と一緒にサーカスを見に行ったことを、急に思い出した。

 四人が椅子に触り、俺は、皆の膝の上をはしごした。

 使用人に、間食を手配してもらって、それをつまんで。

 階下から見える他の客を眺めて。

 演目の華やかさに、胸を高鳴らせて——



  

 くだらない感傷に浸ってる場合ではない。

  

 奥の特等席の椅子を指で拭う。

 埃はついていない。


「"お嬢様"、こちらへ」


 室に入っても、使用人として振る舞うのは続けなければならない。

 椅子を少し引き、ルナを促す。

 

 彼女は至極慣れた動きで、椅子の前に立つと、ゆっくりと腰を下ろす。俺は、タイミングを見計らい、椅子を押した。


 エスコートなどやったことはないが、使用人がやる動きを見ていたお蔭か、要領は分かっている。

 彼女も俺も、その世界で暮らした時間があるから、こういうちょっとした振る舞いからは、誤魔化せるだろう。


 グレンは杖を椅子に立てかけ、ゆったりと腰を下ろす。

 俺は使用人らしく、主人の斜め後ろに立つと、階下に視線を向ける。

 人はまだ、ざわめいているが、客席の灯りが落とされているので、次第に声が静まっていく。


 カーテンの外に人の気配が近づく。


(めんどくせえ……)


 足音の感じから、明らかに素人。

 カーテンをめくると、及び腰のウェイターと目が合った。


「あ、あの……」

「用は、こっちから言いつける。それまでは近づかないでくれ。お嬢様は、人の気配に敏感なんだ」


 ウェイターは背を縮こませ、一礼をするととぼとぼと遠ざかる。

 大方、何か売りつけてこいとでも、上から言われているのかもしれない。

 

「いや、待て」


 思いつきのまま呼び止めると、彼はびくりと肩を震わせてこちらを振り返った。

 

「お嬢様は、果物の盛り合わせがお好みだ。すぐ用意できるか?」

「は、はい……! かしこまりました!」


 勢いよく頭を下げると、慌てて駆けていった。


 カーテンを閉め、階下へ視線を戻す。

 既に舞台は、華やかな演出に彩られている。

 踊り子が、ひらひらした衣装をはためかせ、演舞をしている。


 "主人"を盗み見ると、彼女は顔色一つ変えず舞台を観ていた。


 彼女の生い立ちを、全て知っているわけではない。

 ただ、とてもサーカスを観覧できるような環境で育っていなかったはずだ。 

 能力者という、手品かインチキのような存在を知る時点で、演目に心躍らせることは、あまりないだろう。しかし、華やかな舞台演出に、少しは驚くものかと思っていた。



 足音が近づいてくるのが聞こえる。さっきと同じ、素人の足音だ。

 カーテンから顔を出すと、ウェイターは驚いたのか、変な声を出した。


「ご苦労だった。あとは俺がやる。こちらが声をかけるまで下がっていろ」


 ウェイターから、半ば強引に盆を奪うように取る。こういう振る舞いは嫌いだが、こそこそ嗅ぎ回られるのは面倒だから。


 盆を、"主人"の近くに置かれたテーブルに載せる。

 クローシュをとると、冷やされた果物の盛り合わせが出てきた。富裕層を相手にしているせいか、品質は高いように見える。


 演目はいつの間にか移り、軽業師の少年たちが、人間離れした跳躍で塔を組み上げている。

 

「あの黄色の衣装の少年——ジーノ、だね」

 

 グレンは、舞台に視線を置いたまま言った。

 

「跳ぶ瞬間、着地点の床がわずかに沈んでいる。あれは板の反発じゃない。資料通りやはり、あれは能力によるものだね」

「人力……では、ああはならないですね」

「そうだね。土があんな、まるで水面のように歪むはずがない。歪むのなら、塔は傾くだろうし」

 

 種も仕掛けもないから、誤魔化しの所作が要らない。

 観客には「切れ味の良い曲芸」に見えて、知っている人間には、能力の輪郭がそのまま透けて見える。

 

 拍手が湧いた。少年たちが一礼して舞台袖に駆けていく。

 

「……いい目をしているね、あの子たちは」

 

 グレンが、ぽつりと呟いた。

 

「は……?」

「いや……アシュリーの報告書に、不可解な事件は、取り立てに関連するものだろう、と書かれていたことを覚えているかい?」


 あの紙束の山の中にあった、記述を思い返す。


「もちろんです……ただ、状況的には可能性が高いものの、断定するには情報があまりに足りない。その上、それに関する話題が不自然なほどに出てこなかったと」

「ああ、そうだね……ただ、巡業のタイミングと、証言からすれば、関連はあるだろうに。なのに、情報が出てこないなんて。そんなことがあると思うかい?」


 確かに、報告書は内部の情報は詳細に書かれているが、ギャヴィンが言っていた怪奇現象との関連については、ほとんど触れられていなかった。

 〈オリジン〉の情報収集が甘かったとは、正直考えにくい。


「まあ、その違和感は一旦置いておいて。僕が言いたいのはね、"人殺し"の割には、あまりにも目が明るいということだ。たとえ、殺しが故意でなくとも、ほとんどの人間は闇を抱えるはず。なのに、どうしてこんなに、明るい目をしているの、か……」

 

 グレンの目が、据わっている。

 ここにいるようでいない、その目をしている。


「"ジュリアン"様? ……グレン?」


「あ、ああ……でも、僕の思い過ごしかもしれない。忘れてくれ」


 彼はいつもの柔和な顔に戻った。



 舞台に視線を戻す。

 演目が切り替わったのだ。

 

 銅鑼の音が、派手に鳴り響く。

 そして、灯りが落ちるとともに、火が宙に浮かび上がった。


 火は揺らめくと凄まじい速さで動き出す。

 動く度に、客席が明るくなっていく。客席のろうそくを辿るように、火が動き回ったらしい。

 

 上背のある青年が、舞台に一人立っている。赤味のあるブラウンの髪。自分と同じくらいの年齢。痩せているが、姿勢がいい。

 

「エリゾ——カルーセル座看板の、火使いですね」

 

 青年が両腕を広げると、掌の上に炎が灯る。

 炎は生き物のように腕を這い、輪をくぐり、宙に投げられて花の形に開く。

 油も松明も使っていない。燃え移るべき布は燃えず、燃えるはずのない空中で炎が形を保っている。

 

「……ああ。あれは、隠す気がないね」

 

 グレンが小さく笑いながら言った。

 

 客席は大きく沸いている。

 だが、誰一人、目の前の炎が本物の異能だとは思っていない。


 異能力者なんて存在を、知らない彼らは、それにたどり着く思考を持ち合わせていないのだ。

 

 炎が渦を巻き、ひときわ大きな歓声が上がる。

 しかし、盛り上がりようとは裏腹に、エリゾの顔は随分と冷めている。


(俺も、何かが違えば、あそこに居たのだろうか)


 ふと、エリゾの視線が、すっと二階へ滑った。

 

 目が合った——気がした。


「おや、僕たちを見たね」

 

 グレンが言うのだから、気の所為ではないだろう。

 物珍しい客への好奇ではない。もっと乾いた、値踏みに近い色だった。


 

 ——観察力が高く、頭の回転が速い。座内でも一目置かれている様子。


 アシュリーの調査書に、そう記述があった。

 

「彼に、接触を図ってみようか?」

「……接触を図ったところで、うまくいくとは」

「いいのさ。それならそれで。彼の観察眼に掛けてみるのも面白いんじゃないかな」

「でも、どうやって?」


 グレンは、唇の端を持ち上げた。


「もちろん。そこは、チップだろう」

「しかし、資料を見るに、団員へのチップは渡しても……」

「なら、手に渡りそうなものを渡せばいいのさ。例えば、応援メッセージとか」

「さすがに、中身は第三者に見られるのでは?」


 ふと、視界にオレンジ色が入ってきた。

 皮についたオレンジを持つその手を辿ると、青灰色と目が合った。


「……これを、使えば?」


 随分と久しぶりに、彼女の声を聞いた。

 ただ、意図が分からない。オレンジと青灰色を、無意識に見比べる。


「ああ、そういうこと。なるほど。いい案かもしれない」


 グレンは頷くと、筆記用具を探し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。