一般界
色とりどりの旗、呼び込みの声が青空の下で響く。
「さあさあ、今年もカルーセル座が帰ってきたよ!」
「あっという間に、皆さんを摩訶不思議な夢と驚きの世界へご招待!」
石畳の通りには、馬車と荷車が行き交い、時折、蒸気自動車が警笛を鳴らして通り過ぎていく。
客引きの曲芸につられた観客のすき間を縫って歩くが、進みにくい。
『ルナ、シン。大丈夫かい? ここは意外と入り組んでいて、迷いやすいだろう?』
グレンが、チョーカー越しに話しかけてくる。
「そうですね。単純な構造に見えますが、実際に歩いてみると異なります」
グレンは数歩前を歩いているものの、人波に阻まれてすぐ見えなくなりそうになる。チョーカーがなければ、この喧騒のなかでの会話は難しい。
しかし、他にも歩きづらい要因はある。
「ねえ、今の人見た?どこから来たのかな?」
「多分、大陸の東の方じゃない?」
道行く人間が、俺の顔をちらちらと見る。
普段、多国籍の中で生活していれば気にならない。
しかし、都市部——俺たちが"一般界"と呼ぶ、能力者の存在やチョーカーなどの最先端技術を知らない一般人が暮らす世界に入れば、その土地に馴染みのない容姿は目立ちやすい。
(まあ、俺はまだいいか。異国人として物珍しく見られるだけだし。問題は……)
ちらりと後ろに目を向けた——が、真っ白な髪が見当たらない。
どきりと心臓が跳ね、思わず立ち止まって振り返ると、見知った顔がすぐ目の前にあった。
「……何かあった?」
ルナが、首を傾げる。いつもとは異なる焦げ茶色の髪が、さらりと揺れた。
「いや、別に」
動揺を抑え込み、慌ててグレンの後を追う。
まだ、目立つ特徴が隠されていることに慣れていないので、一瞬驚いてしまっただけだ。
しかし、やはり隠しても隠しても、目立つ。
「あ、妖精さんだ!」
「え……? あ、ああ。とっても綺麗な子ね。きっと、どこかのお嬢様なんじゃない?」
「でも、お嬢様が道を歩くの? 馬車じゃなくて? だから妖精さんだよ!」
言われている自覚がないのか、さっきから聞こえる噂話に、当の本人は無反応。
しかし、どこへ行っても雪のように白い顔は、注目を集めるようだった。
(髪を隠しても、これじゃな……)
やっぱり、買い出しは後援員に任せた方がいい。仕事を増やすことになるが、仕方ない。
来て早々に先を思いやられながら、三日前のことを思い返した。
*
三日前——
会議室の扉を開けると、既にグレンが席についていた。
「やあ、ルナ、シン。入ってくれ」
円テーブルの奥に座る〈オリジン〉のギャヴィンが、手招きをする。
「じゃあ、僕はそこの休憩所で、明日からのお仲間と親交を深めることにするよ。幸運を祈る」
イーサンは、にこやかに手を振ると、会議室の扉をご丁寧に閉めてくれた。
手前に空いた二つの空席にルナと揃って着席し、改めてここに召集した男を見る。
三十前半頃の顔が整った男。実際はそれよりも五年程歳をとっているが、気難しい性格が多い〈オリジン〉の中では、最も人当たりが良く、密かに女性人気が高い。
爽やかさで覆い尽くした、得体の知れないアルベールより、何十倍もマシだ。
「よし。では、会議を始める。今作戦の立案者ギャヴィンだ。よろしく」
爽やかさの中に余裕を持つ笑みを浮かべると、ギャヴィンはテーブル中央の液晶に映る地図を指した。
「今回、君たちに託す任務について説明しよう。と、前に。さて、ここはどこの地図でしょう?」
「エンディリアの地図、だね」
「おや、グレン……こういうのは、若者に発言権をあげないと」
困ったように笑うギャヴィンに、グレンはしまったと言わんばかりに落ち込んだ。
「すまない……私の故郷だから、つい……」
「いやいや。冗談だよ。気にしないで」
ギャヴィンは液晶に視線を戻すと、地図の一点を示した。
「さてと。世界政府第七管区南部海岸地域という、なんとも趣のない名前に変わってしまった旧エンディリア王国。レジーナという市——今は第7管区中央市だけど。現在、巡業中のサーカス団『カルーセル座』が滞在しているそうだ」
ギャヴィンはサーカスの宣伝ビラと、数枚の報告書を液晶に映した。
「カルーセル座は、旧王国一帯を巡業している。団長は元貴族——王国崩壊後、財産を没収されたが、サーカス団を結成した。めげない根性のある奴だったのさ」
(サーカス団と、世界政府が直接関係あるとは思えない……なんで、俺と彼女が呼ばれたんだ?)
ちらりと、ルナに視線を向けた瞬間――ギャヴィンの顔が視界いっぱいに映り、思わず声を上げそうになった。
「なんで、会議でサーカス団の話なんてするのか?って思っただろう?」
「……ええ、そう、ですね」
ギャヴィンは満足げに頷くと、自分とルナの肩に腕を回す。そして、まるで悪戯が成功した子どものように、喜色を帯びた声で囁いた。
「近頃、カルーセル座が巡業する町で、不可解な事件が多発しているらしい。例えば、急に人体が発火し丸焦げになった、とか」
ギャヴィンは、にやりと笑うとルナにずいっと顔を近づけた。
「この話聞いて、どう思った?」
ルナは青灰色の目をわずかに見開き、まばたきを繰り返す。
「……能力者が、何かしらのかたちで関わっている、のでは、と」
「そう!僕も同じ読みなんだ!」
ギャヴィンは破顔させると、ルナの頭を撫でた。
(……〈オリジン〉で一番まともかと思っていたが、考え改めたほうがいいか?)
腹の底から黒いもやが湧き上がる感覚を、"上司"である事実で鎮めようと意識を集中させる。
「他にも、急に地面や壁に、見えない力で叩きつけられた、とか。結婚前夜で浮かれていた花婿が突然、なにかに取り憑かれたように叫びだし、川に飛び込んで死亡した、とか。街の住人は、三十年前の一斉蜂起で死んだ、国を奪われた無念でさまよい続ける幽霊の仕業じゃないかと怯えているそうだよ。シン。君の今の顔なら、さぞ幽霊を怖がらせてくれるだろうね」
「はあ? 何の話を……」
思わず言いかけたが、意味深な笑みを浮かべるその男にどことなく気味悪さを覚える。
ギャヴィンは、突然吹き出すように笑うと、肩を軽く叩き、ようやく離れていった。
「そしてこの不可解な現象に加えて、カルーセル座ではとても面白い演目があるそうだ。炎を操る少年、物を浮かせる少女——いずれも、手品では説明がつかない。まさしく、摩訶不思議な夢と驚き世界」
くるりと、舞台俳優のように一回転すると、ギャヴィンは再び液晶を操作し、資料を映した。
「実はこの件、五日前から情報部の諜報員と、数名の後援員と現地入りしてもらっていたんだが……調べていくうち、想像以上に厄介な可能性があってね……どうやら、カルーセル座が抱えている能力者に、覚醒失敗者がいるようだ」
「覚醒失敗者、だと?」
グレンが驚いた声をあげる。
能力者というのは、EPR-7という特殊な血液成分を持った人間が、何かしらのきっかけで覚醒することで、能力を得る、とされている。
"されている"と曖昧な表現がされている要因として、EPR-7を保有しているのは世界人口の〇・〇五パーセントだが、必ずしも全員が能力者として覚醒するわけではない。覚醒が上手くいかず、精神の崩壊や暴走などに陥った者を"覚醒失敗者"と呼ぶのだ。
「昼は一般向けの普通のサーカス。しかし夜は、世界政府関係者や富裕層向けの特別公演。猛獣や負債を抱えた人間と、覚醒失敗者を闘わせる、素敵なショーが開催されているのだと」
ゴリッという音が、奥歯からする。歯ぎしりをしていたことに気がつき、慌てて顎を緩めた。
「さて。君たちにやってもらいたいことは、三つ。諜報員とは別角度からの調査、能力者の有無の確認、そして保護」
ギャヴィンは地図上のいくつかの地点に印をつけた。
「君たちはレジーナで彼らと合流し、サーカスに潜入してもらう。早速、明日出発してもらうよ……と、その前に」
ギャヴィンはルナの前に立つと、ふさふさした焦げ茶色の塊を差し出した。
「君にこれを。作戦期間中、ルナはウィッグを被ること。白髪はあまりにも目立つからね」
「はい……承知しました」
「ほら、着けてみようか! 今!」
彼女は、言われるままにウィッグを被り始める。
(髪隠したところで、意味ないんじゃないか? どうしたって目立つだろ)
「いいのさ。向こうでは目立つ方が都合がいい」
考えを見透かしているかのように、ギャヴィンはこちらを見てにこりと笑った。
(この男……考えていることが分かる力は、なかったはずなんだが)
「おお……いいよ、いいよ! どこかの御令嬢にしか見えない! ほら、グレンどうだい?」
「うん、とてもよく似合っていると思うよ」
彼女は、無表情でウィッグの毛先を見下ろす。
白髪を隠したことで、確かに目立たなくなった。けれど、やはり目立つ未来しか見えない。
「やっぱり、僕の目に狂いはない! このままウィッグの調整をしようか」
人たらしな笑顔で、美容師のごとく毛流れを整えるギャヴィン。ルナは顎に手を添えられ、調整をされるがままである。
彼への心象が、降下していくのを感じた。
―――
(機密百科事典より引用)
〈一般界〉
能力者社会から見た非能力者世界の呼称。
異能力者や、航空技術、医療技術、科学技術などの全ての最先端技術は、世界政府によって秘匿、独占されている。そのため、一般的な暮らしをする者の文明レベルは、大幅に遅れている。
〈異能力者〉
例外事項:
EPR-7を保有しながら、覚醒の過程で精神崩壊、身体崩壊に至った者を「覚醒失敗者」と呼称する。
近年の研究により、能力覚醒の成功には以下の条件を満たすことが必要と判明している。
①EPR-7を保有していること。
②非常に強い精神的ショック、身体的ショックを受けること。
③上記2つの条件を、12歳程度または12歳以下で満たすこと。
3つの条件不備時の失敗率はおおよそ80%。また、覚醒に成功したとしても、本来見込める能力等級よりも低いものとなる可能性が高い傾向が見られる。




