いたむ
「お前が戦闘員をやる理由って、なんだ?」
准員から正員に昇格した頃、ヴィクターはそう訊ねてきた。
「なんだよ急に……まあ、見返すためだろうな」
「見返す? 誰を」
誰かは答えなかった。頭の中に、その対象が羅列されていくばかりだったから。
「そういうヴィクターは、何のためだよ?」
「俺か? 俺は、そうだな……」
彼は、顎に手を当てしばらく考える素振りを見せた。が、少しばかり寂しそうな笑みを浮かべ、口を開いた。
「俺は昔、英雄になりたかったんだ」
英雄。
絶望的な状況から、三人を生きて返した英雄。
だが今、彼は、ただの簡素な黒塗りの棺の中。
英雄の最期はこんなにも呆気ないものとは。
分かっていれば、憧れを抱くこともなかったろうに。
曇天の空の下。淡々と皆、穴を掘り、土をかけている。
〈アポクリファ〉の埋葬制度に従い、希望がなければここ、隠れ里を装った陸上拠点——〈ウーレア〉に眠ることになる。
三十八の棺桶に遺体が入っているのは、ヴィクターのもの一つだけ。残りの棺には、それぞれの遺品を申し訳程度に入れることしか出来ない。
本体のない葬儀の経験はあれど、これほどの数は初めてだった。
周りに倣い、自分も、唯一遺体の入った棺に土をかける。
本来なら拠点の常駐員の役割だが、数が多すぎる。参列者総出で、穴を掘る他ない。
とうとう、土がヴィクターの棺を覆い隠す。
(じゃあな、ヴィクター)
別れを心のうちで告げながら、最後、一掛けした。
シャベルを軽く脇に差し、大きく息を吐き出す。
いつの間にか、無意識に息を止めていたらしい。
隣に目を向けると、緩く後ろに結った白い髪を揺らしながら、棺に黙々と土を被せていた。
ルナが被せている空の棺は、セラフィーナのもの。
彼女の棺の中は、ほぼ空に近い。遺品のほとんどは、遺族が引き取る手筈になったらしい。
土の中で永遠に眠るより、縁者が持っていた方が浮かばれるだろう。
結局、彼女に会ったのは、事後ミーティングの時が最後になってしまった。
言葉選びを間違えていた部分はあれど、指摘したことが間違っているわけではない。数日経って、幾分か冷えた頭でもそう考える。
だが、あれを最後に、もう言葉を交わすことも、任務を共にすることもなくなったのだと思うと、違う未来へ行くための方法はなかったのかと考え始めるのだ。
俺があの時、感情を抑えていれば、任務には俺が参加していたのだろうか。
そうなっていれば、少しは死人が減ったのか。
はたまた、ただ死人に俺が追加されるだけだったのか。
ならあの時、ルナの提案を却下し、それに代わる案を提示できていれば、ルナはオーバーロードを起こさなかったのだろうか。
そうすれば、任務は成功していたのだろうか。
ルナは黙々と、土をかけ続ける。
周りも、棺を埋めている者ばかりだが、なぜか彼女の姿が浮き上がっているかのように感じる。
弔いをしているはずの彼女自身が、どことなく死者の一員であるかのように見えるのだ。
胸の奥でぞくりとした寒気が走るのを感じ、それを無理矢理にでも振り払おうと、仮の墓石として用意された木杭を強く挿しこむ。
昨夜——通夜の後のことを、一人静かに思い返した。
*
昨夜――
告解室の中の隠れ扉を押すと、間の抜けたうめき声が聞こえた。扉の裏を覗くと、エリザがこちらを振り返り、睨みつけてくる。
「痛い! 勢いよく開けないでよね」
腰を擦るエリザに、ルナは視線を寄越している。
不満げな視線が突き刺さるので、一旦、その主に戻してやる。
「出入り口の前に立つなよ」
「……そうね! それは私が悪うございました! でも、ぶつけたことに対しては謝ってくれても良いのでは?」
「すまなかった。これで気は済むのか?」
「っ……このっ」
ぶつけたことを差し引いても、勢いよく開けたわけでもないのに。ねちねちと責め立ててくるのは、八割方、俺が目障りだからだろう。
「シン。止まらず進んでくれよ」
イーサンの急かす声が背後から聞こえたので、未だそこを陣取るエリザを、押しのけさせてもらう。
ここは教会を模した〈ウーレア〉本部施設。
告解室の隠し扉から会議室に入る仕様で、うまく隠されている分、入り口が狭いのだ。
中は打って変わって、予想を遥かに超えた空間が広がる。
大きな円形テーブルが一つ置かれ、周りを囲むように椅子が配置されている。
奥の席で突っ伏している、亜麻色の髪の頭が見えた。
「それより……なんでエリザもいるんだ? 呼ばれたのか?」
「……そうよ」
召集会議は〈オリジン〉、情報部、精鋭部隊Σのメンバーのみが参加するもの。
その三つのどれにも属さないエリザは、本来この場にいるはずではない。しかし、今のこの状況から、経緯は容易に推測できた。
「なるほど。新〈バスティオン〉にエリザが就くことになるのか。おめでとう」
イーサンは賛辞と拍手を送ったが、エリザは激しく首を振った。
「無理! むりむりむりっ! 」
「え? なにが無理なの? 報酬額増えるよ?」
「それは嬉しい! でも、Σ恐いんだもん!」
ルナがちらちらと、奥の突っ伏した頭とエリザを見比べている。
声の大きさが気になるのだろうか。
「おい。うるさいから、声を落とせよ」
エリザは舌打ちしたそうな顔でこちらを睨んだが、声をわずかに抑えた。
「あんまり、よく知らない人ばっかりだし。任務で一緒の時も、すっごいピリピリしてるし。この空間がもう恐い!」
抑えたつもりだろうが、まだ耳にくる声だ。
イーサンは、肩をすくめ、エリザを諭した。
「別に会議は普通だぞ? 話すこと話して、あとは解散するだけだって。訓練するわけでもないし」
「いや、そんなの分かっているけど。曲者揃いだし、新参者にはストレスかかるのよ。イーサンみたいな、誰とでもなんとでもやっていける人とは違うの」
「人付き合いが壊滅的なルナもシンも、別に普通にやっていけてるぞ。大丈夫、大丈夫」
聞き捨てならない言葉に思わず睨みつけたが、「事実だろ」ととどめを刺された。
同様に貶され、もらい事故を受けたというのに、ルナは顔色を変えずに、先からこちらをじっと見つめてくる。
その視線の意味は、何なのか。
分からないことは、やはり嫌いだ
扉の向こうから、人の話し声が聞こえてきた。
不躾な奴を置いて、奥の方のテーブルに向かう。
なるべく、他のメンバーとの接触を避けたいのだ。
エリザが、ピリピリしていると称した通り、確かにシグマの仲間意識は薄い。どちらかといえば険悪な雰囲気である。
比較的穏健な人間もいるが、我が強いか、無関心の集まりであるため、居心地はあまり良くない。
一気に会議室の中になだれ込み始め、各々が席に座っていく。
情報部のメンツも混じって入り、空間は一気に賑やかなものになる。
最後、〈オリジン〉たちが入ってきた。
当然、アルベールもその中にいる。
しかし、いつもよりわずかに険しい顔つきをしている。
会うのは、あの会議室の一件以来なので、目が合わないうちに目をそらしておこう。
各々が席へつく。
ルナは、出入り口付近の椅子を引き、それに倣ってエリザは隣に座った。
「皆集まっているな?」
カトリーヌの問いに、多くが空席に視線を移しつつも、頷いた。
「まず、今回の一件で、精鋭部隊に空席が生じたことについてだ。攻防共に活躍したヴィクターの後継として、〈バスティオン〉をエリザに任せたいと考えた。賛否を問う。賛成の者は挙手を」
しばらくの沈黙の後、ちらほらと手を挙げ始める。数秒の後、全員が手を挙げた状態になった。特に反対意見を表す者はいない、ということだ。
エリザとは性格が合わないが、能力などは十分ある。ヴィクターや、もう一人の防御型能力者——ダミアンと比べると、劣る部分はあれど、申し分ない。
ちなみに、俺が加入する際は、三分の二——ギリギリの基準しか手が上がらなかった。
「可決。エリザを精鋭として迎え入れる。正式任命は来月だが、今日からそのつもりで動くように」
「はいっ……よろしくお願いします」
エリザは少し緊張した様子で一礼すると、形式的な拍手が薄く響く。
「ルナ支持者が減ったと思ったけど、二人分以上の支持者が入ったな」
しれっと、自分の隣に座るイーサンは呟いた。
拍手が短く収まると、再び重苦しい静けさが戻った。
「また、セラフィーナの後任についてだが、候補者が出るまでその席は空席とする。さて、今回の一件と今後について話を進めよう」
カトリーヌは淡々とスクリーンの操作を始めた。
「まず、今回の事の経緯だ」
―――
(機密百科事典より引用)
〈陸上拠点ウーレア〉
武装レジスタンス組織〈アポクリファ〉の陸上最大拠点。中央大陸西北部に位置し、隠れ里を装う。
教会を模した本部、装備の製作、修理を行う技術部本部などが置かれている。
一人につき、小狭な一棟の家が用意されており、また没者の埋葬地でもある。
〈埋葬制度〉
没者が生前に、葬儀、埋葬に関して要望を残している場合は、その通りに実行される。ほとんどが、簡素な葬式と〈ウーレア〉の共同墓地にての埋葬を選択する。
遺体がない場合、損傷が激しく棺に入らない例もあり、その際は形見葬となる。




