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炎の数


 煌びやかな居室で、酒を片手にトランプに興じる。


 世界政府の一部の高官たちは、外の喧騒に目も耳も貸さず、くだらない話に笑い声を上げる。

 彼らがいる古城の外は、〈アポクリファ〉との闘いで凄惨な光景が広がっているが、知るよしもない。


 突然扉が開き、白の戦闘スーツを着た黒髪の男が、部下を数名引き連れて入ってきた。ほとんどの者がグレーを着ているため、白の生地の光沢が目立つ。


 高官たちは、興が削がれたことに少し苛立ったが、男の爛々とした緑眼を前にすると、それ以上に横柄な態度をとることはできない。

 

「〈アポクリファ〉を片付けました。皆さんが、囮として協力くださったお蔭です」


 男は眼光はそのままに、微笑んで言った。

 高官たちは少し安堵したように互いの顔を見た。

 

「そうか、ご苦労だった。アリオス。誘いだすために我々を危険に晒そうなどという計画、気が狂ったのかと思ったが……お蔭であのうるさい奴らに身の程を分からせられたなら、まあよい」

「ははっ、命を張った甲斐があったものだ。それで、成果は?」


 高官の問いに、アリオスと呼ばれた男は答えず、傍らに立つ同じく白の戦闘スーツを着た青年を無言で促した。

 青年は静かに頷くと、口を開いた。

 

「〈アポクリファ〉の精鋭であるヴィクター・ボダレンコ、通称〈鏡盾〉を含む四名を逃しましたが、結成当初からのメンバーであるダグ・イェンセン、そして精鋭の〈神眼〉セラフィーナ・デミルを含む三十八人の殺害に成功しました。〈鏡盾〉は右腕の損失の他、致命傷となりうる重傷を負ったため、死亡確認はとれていませんが、今後前線への復帰はほぼ不可能となるでしょう。また、〈アポクリファ〉が襲撃拠点として使用している潜水艦〈カラタクス〉の沈没に成功し――」


「待て待て待て!」


 高官の一人が、青年の説明を遮った。

 

「〈白鴉〉と〈死神〉はどうした?逃がしたのか?」

「今回、内通者より〈白鴉〉と〈死神〉の参加はほぼ間違いないと情報がありましたが、迎撃中、両者の確認は取れませんでした。内通者の単なるミスの可能性がありますが、直前での計画変更、あるいは何か不測の事態が――」


 青年は、突然説明を中断させると、頭を軽く傾げた。と共に、グラスの割れる音が響いた。

 

「我々が危険な目に遭うことを承知で、力を貸してやったのに!二人を捕らえられなかっただと?」


 青年は何食わぬ顔で、自らの代わりにグラスの破片を受けた後ろの隊員を一瞥すると、すぐに高官に向き直った。

 

「端から、我々は今回の迎撃作戦にて最大脅威の二人を捕捉することを、目標としておりません」

「黙れ!小童の分際で!アリオス、一体これはどういう――」

「これはこれは……どうやら情報の共有にミスがあったようで。ヒルデ参謀がきちんと説明をしていなかったとは……後ほど、処分を検討します」


 アリオスの有無を言わさない覇気に、高官達は納得がいかない様子だったが、怒りを飲み込み大人しくなった。

 

「報告はそれだけか?」

「ええ」

「そうか。なら、もうよい。航空機の用意が出来たら呼んでくれ」

 

 下がれと、言うように手をひらひらと振った。

 しかし、アリオスは立ち去らず、無言で部下に合図を送り、出口を塞がせた。

 

「なんだ? まだ何かあるのか?」

「ええ。片付けがまだ」


 アリオスは悠々と拳銃を構えると、机上の酒瓶に発砲した。

 

 先ほどまではふんぞり返っていたとは思えないほどの、情けない悲鳴をあげ、高官達は椅子から立ち上がった。

 

「アリオス! どういうつもりだ?」

「あ、〈アポクリファ〉を叩くために、今回の計画に協力してやったんだぞ!その我らに、こんなことをするとは!」

「ええ。お蔭で、研究所襲撃での損失と、同様の打撃を〈アポクリファ〉に与えられました。囮として十分役割を果たしてくれたことに関しては、感謝してますよ。なので引き続き、我々のために役割を全うしてください」


 アリオスは事もなげに話しながら、高官の一人の肩を撃った。

 

「き、貴様は、自分が言っていることが分かっているのか? これは、反逆行為だぞ!」

「反逆? ははっ……何が?まさか、私が、お前らのような低俗どもの下にへりくだっているとでも?」

「当たり前だろ! 貴様らが最先端の文明を使えるのは、我々世界政府が召し抱えてやっているからだぞ! そうでなければ、貴様らのようなバケモノなど、生かしておくわけがないだろう!」

「バケモノ……なるほど。確かに、お前らのような無能で弱く、何も出来ないような無価値な存在からすれば、我ら能力者は恐ろしいだろう」

「無価値だと……? ふざけるのも大概にしろよ!」


 高官の一人が、懐からピストルを取り出すと、アリオスに銃口を向けた。


 発砲音が響き、その高官が持つピストルから銃弾がアリオスの額に向かって飛んでくる。

 瞬きよりも早いその一瞬であったが、アリオスは銃弾に向けて手を伸ばし——

 

——それが彼の手に触れた瞬間、突然ぷつりと消え失せた。


 

 発砲音が、再び鳴り響く。しかし、今度はピストルとは違う音。高官の手からピストルが落ちた。


 先の青年が、拳銃の安全装置を戻し、ベルトに差す布擦れの音だけが鳴る。

 

「非異能力者の分際で、歯向かおうとするとは……力どころか頭もなかったのか。憐れだな」


 アリオスは低い声で嘲笑いながら呟くと、たったの数秒にして起きた出来事に固まる高官達に目を向けた。

 

「さあ、誰から逝く? どうであれ、全員死体に早変わりするんだ。順番を決めたければ、早く相談してもらおうか」


 一瞬の間を置いて、高官の一人が窓に駆け寄ると、枠に足をかけた。硬直が溶けたかのように、続いて我先にと皆逃げだそうとする。


 アリオスは煩わしそうにため息をつくと、ショットガンを構え無数の銃弾を撃ち込んだ。彼らはアリオスの言う通り、一瞬で死体の山に早変わりした。

 

「さて、餌は片付いた。あとは……」


 アリオスが言いかけたところで、扉が勢いよく開き、別の隊員が数名入ってきた。

 扉を塞いでいた隊員が、勢いで飛ばされたものの、すぐにバランスを取り、乱入者に目を向ける。


 同じ白の戦闘スーツを着た中年の女は一瞬呆けたように血塗れの山を見たが、すぐさまアリオスにショットガンを構えた。

 

「これは、どういうことだ? お前のしたことは、とてつもない重大な違反行為だぞ!」


 彼女の部下も一拍置いてショットガンを構えた。

 しかし、アリオスは不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

「いいや、違うさ、ヒルデ。君は、大事な高官たちを囮に、アポクリファへの反撃計画を立てた。だが、安全を保証しながらも、その約束は守られず、世界政府の要人たちは死んでしまった」


 余裕綽々と、自らが手を下しておきながら、事実と異なる筋書きを語るアリオス。

 ヒルデと呼ばれた女は驚きや呆れを通り越した表情になった。

 

「は……? そもそも、囮の提案は、お前からしたものじゃないか」

「そうだ……だが関係ない。君のその不始末を拭うため、私は君たちに処分を下す。そう、死して償うチャンスを与えた。それが真実となる」


 アリオスはベルトからサーベルナイフを抜き取ると、拳銃と並べ、ヒルデの目前に掲げた。

 

「ヒルデ。二十年の間、世話になったな。最期に選ばせてあげよう。どちらで死にたい?」

「何を勝手なことを……!なぜ、私が死ななければならない?」

「目障りだから」


 即答すると、彼女にずいっと顔を近づけ、続けた。

 

「力は、まあまああるのにも関わらず、世界政府の犬であることに誇りを持っている馬鹿なんて、邪魔でしかないんだ。だから、俺の夢の糧になってくれ」


 ヒルデは顔を強張らせ、狂気じみたアリオスの顔を見つめていた。

 が、小さく鼻で笑うと、挑発めいた顔に変わる。

 

「ふん……あんたの夢なんか知ったことじゃない。けれど、どうせカイザーの亡霊に縛られた、くだらないものだろう? 馬鹿馬鹿しい。いつまでいなくなった人間に執着して――」


 ヒルデの声が途切れる。


 空間が、まるで布を裂くように音もなく割けた。そこには何もない——いや、『無』そのものがあった。光も音も吸い込む、存在を否定する漆黒の亀裂が。


 一瞬の出来事にヒルデはさっと顔を青ざめ、飲み込もうとする黒い闇から守るようにシールドを張り巡らせたが、それをまるで、砂糖菓子のようにさくりと闇が貫き、彼女とその部下達を丸のみにする。

 

「あり、お……おまっ……」


 わずかに声が聞こえたが、闇が彼らを完全に飲み込んだ次の瞬間、闇が一気に霧散した。


 ヒルデ達がいたその場所は、何事もなかったかのようにきれいさっぱりなくなった。


  

「余計なことを言わなければ、せめて死体くらいは残してやったのに」


 侮蔑の笑みを浮かべるアリオスだったが、ぷつりと糸が切れたかのように、つり上がっていた口角が無表情に戻った。それは、人形のように恐ろしく無機質で不気味だった。

 

「アリオス様、撤退準備が出来たと報告がありました」

「そうか……なら、帰るぞ」


 アリオスは、出番を失った得物たちを、淡々としまった。

 

「しかし、〈白鴉〉を捕えられなかったのに、よろしいのですか?先日の研究所襲撃で、かなりの被害を与えられましたのに」


 グレーのスーツを着た部下の一人が、眉間にしわを寄せながら訊ねる。アリオスはその部下の言葉に訝しげに眉を上げたが、ああ、と答えた。

 

「別に。久しぶりにあの娘の顔が見たかっただけだ、元気かどうか。いないなら、仕方ない」

「ですが。スパイ活動をするわけでもなく、アポクリファに在籍し、こちらに敵対行動をとり続けるというのに。存在が、あまりにも厄介です。危険です、あの娘は――」

「ヘクター」


 アリオスは、言い募る部下ではなく、先の青年の名を呼んだ。

 

「承知」


 ヘクターと呼ばれたその青年は、アリオスの意図を汲み取ったのかすぐさま返事をした。


 途端、悲鳴が上がる。部下の身体が発火し、炎が大きく燃え上がり——そして、急速に小さくなり、灰だけが絨毯の上に残った。

 

「どいつもこいつも、だらだらと文句ばっかりだな……」


 アリオスは、その灰を足で蹴り払うと、ヘクターに視線を寄越した。

 

「撤収するぞ。後はお前に任せた。敵とはいえ、我らと同じ能力者、神に選ばれた存在だ。丁重に弔ってやれ」

「承知」


 アリオスは、踵を返すと居室から出ていく。先の所業に怯えた様子の部下も、慌ててアリオスの後を追っていった。







 皆が出ていくのを横目で確認したヘクターは、途端に表情を緩め、伸びを始める。

 

「ああ、やっと終わった……」


 達成感に満ち溢れた声を上げる。たった数分の間に、いくつも失われた、惨状の広がるこの空間で。

 

「毎度のことだが、時限爆弾の相手は疲れるな。よくやってるよ、俺は。えらいえらい」


 伸びを終えると、ヘクターの目にまだ少し残っている灰の山が映った。

 彼は、小さく噴き出すと、笑みを浮かべながら灰に話しかけた。

 

「馬鹿だなー。口出さなければ、まだ生きられたのに。お気に入りの〈白鴉〉に会えなくて、気が立ってるアレを怒らせるなんて。本当に馬鹿だなー」 


 さっと、灰の塊を足で延ばし、今度こそ見えなくしてしまった。

 

「さてと。ご要望通り、火葬してやるか。ついでに、このデブ共も一緒に」


 ヘクターは、高官達の亡骸に目をやると、勢いよく発火し燃え始めた。火が勢いよく回り始めたのを確認すると、ヘクターは軽い足取りで、城の中を歩き始めた。


 血に塗れた古城は炎に包まれ、黒い煙は命を落とした者達への手向けとして夜空へ高く昇っていった。





ご覧いただき、ありがとうございました。

これにて、第一部完結となります。来週より第二部を開始する予定となります。

よろしければ、ブックマークや評価などいただけますと励みになります。

引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします!

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