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第8話 ボロアパートからの脱出

 翌朝。

 俺は早朝から、探索者ギルドの提携不動産屋『D-Estate』の前に立っていた。


 昨日の寿司で活力は満タンだ。

 ボロアパートの荷物は……正直、持って行くものなんてほとんどない。

 身一つで引っ越せるのが、貧乏人の唯一の利点かもしれないな。


「いらっしゃいませ~」


 自動ドアをくぐると、やる気のなさそうな営業マンが顔を上げた。

 俺の服装を見て、明らかに値踏みするような視線を投げてくる。

 

 今の俺は、ヨレヨレのシャツに、使い古したジーンズ。

 どこからどう見ても底辺探索者だ。


「あのー、賃貸をお探しですか? 格安物件の紹介なら、駅の向こうに――」


「いえ」


 俺は営業マンの言葉を遮り、カウンターにスマホを置いた。

 画面には、昨夜セイラから振り込まれた残高が表示されたままの銀行アプリ。


「セキュリティが最強で、防音完備。あと、ここから一番近いダンジョンへのアクセスが良いところをお願いします。家賃は問いません」


「はぁ、家賃は問わないって言われてもですね……え?」


 営業マンの視線が、スマホの画面に釘付けになる。

 

 【残高:1,599,950,000円】


「い、いち、じゅう、ひゃく……!?」


 数秒のフリーズ。

 次の瞬間、営業マンの背筋がバネ仕掛けのように伸びた。


「し、失礼いたしましたぁぁぁッ!! どうぞこちらへ! 奥のVIPルームへご案内しますッ!!」


 態度の急変ぶりに、俺は思わず吹き出しそうになった。

 これが16億の威力か。

 昨日までの俺なら門前払いだっただろうに。

 

 ◇


 一時間後。

 俺は即決で契約書にサインをしていた。


 物件名:『グラン・アクシス新宿』

 ダンジョン入り口まで徒歩5分。

 24時間コンシェルジュ常駐、生体認証ロック、対魔法障壁完備。

 家賃は月額120万円。


 以前の家賃の48か月分だ。

 ひと月でこれとは……ちょっと前の俺なら想像もできなかった。

 まあ、エクスカリバーほどじゃなくても、高く売れる商品を仕入れれなきゃ、いつか追い出される可能性も無きにしもあらずなんだけど。


「ありがとうございます! 鍵のお渡しはすぐに可能です!」


「あ、助かります。今日から住みますので」


 俺はカードキーを受け取り、その足で新居へと向かった。


 ◇


 新宿35階、角部屋。

 重厚な扉を開けると、そこには別世界が広がっていた。


「ひっろ」


 リビングだけで30畳はあるだろうか。

 床は大理石張りで、窓からは東京の街並みと、遠くにダンジョンの入り口である巨大なドームが見下ろせる。


 試しに手を叩いてみる。

 パンッ!

 音が吸い込まれるように消えた。完璧な防音だ。

 ここなら、サンポールで金属を磨く音を立てても、隣から壁ドンされることはない。


「よし……ここを拠点にする」


 俺はリュックから、ホームセンターで買い込んできた「商売道具」を取り出した。


・業務用錆落とし剤(一斗缶)

・電動ポリッシャー

・精密ドライバーセット

・超音波洗浄機

・鑑定用ルーペ


 総額30万円。

 昨日の「たわし」とは比べ物にならないプロ仕様の機材たちだ。


 16億を手に入れても、基本的にやることは変わらない。

 「真贋鑑定しんがんかんてい」でお宝を探し出して、頑張って直して売る。それだけだ。

 

 この世界には、俺にしか見つけられないお宝が、まだまだ眠っている。

 それを、今回のセイラとの取引で確信した。

 

 俺は窓の外、眼下に広がるダンジョンを見下ろした。


「待ってろよ、ゴミ山」


 前の俺なら、ダンジョンに行くのは恐怖でしかなかった。

 剛田たちに怒鳴られ、魔物に怯え、ゴミのような扱いを受けていた場所。


 だが今は違う。

 あそこは俺だけの《《鉱脈》》だ。


 俺は新品の装備(とはいえ、目立たないように地味な色のものを選んだ)に袖を通し、新居を出た。

 目指すはダンジョン第一層、廃棄物エリア。


 二匹目のドジョウ……もとい、二本目の聖剣を探しに行くために。

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