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第7話 古巣と特上寿司

 ピンポーン。


 ボロアパートのチャイムが鳴ったのは、注文からわずか三十分後だった。

 さすがは高級寿司店。デリバリーの速度まで高級らしい。


「はーい」


 俺は努めて冷静な声を出し、ドアを開けた。

 そこには、高級そうな制服を着た配達員が立っていた。彼は手元の伝票と、俺のアパートの表札を何度も見比べている。


「あー、えっと……こちら、相馬(そうま)様のお宅で……お間違いないでしょうか?」


 無理もない。

 築45年、家賃2万5千円の『ひまわり荘』に、5万円の寿司桶が届くなんてバグ以外の何物でもないからだ。なにせ家賃の倍だしなぁ。


「はい、間違いありません」


「し、失礼しました。こちら『極上ウニ・トロ尽くし』と、『伊勢海老の味噌汁』になります」


 配達員は恭しく寿司桶を渡すと、逃げるように去っていった。

 おそらく事件性のある何かだと勘違いされたに違いない。


 俺は寿司桶を抱え、六畳一間に戻った。

 ちゃぶ台の上に、それを置く。


 パカッ。


 蓋を開けた瞬間、黄金の光が漏れ出した――ような気がした。


「す、すげぇ……」


 そこには、宝石箱のような光景が広がっていた。

 溢れんばかりのウニ、霜降りの大トロ、透き通るようなイカ。

 スーパーの半額シールが貼られたパック寿司しか知らない俺にとって、これはもはや芸術品だ。


「い、いただきます」


 震える手で割り箸を割り、まずはウニを口に運ぶ。

 醤油はほんの少しだけ。


 パクッ。


「――――ッ!!」


 言葉が出なかった。

 濃厚な磯の香りと、クリーミーな甘みが口の中で爆発する。

 噛む必要すらない。舌の上で溶けて消えてしまった。


「うまい……うまい……ッ」


 気づけば、俺の目から涙がこぼれていた。

 昨日の夜は、空腹で眠れなかった。

 一昨日は、パーティを追い出されて絶望していた。

 それが今、俺は日本で一番うまい寿司を食っている。


「稼ぐって、こういうことか」


 大トロを頬張りながら、俺はスマホを見た。

 銀行アプリの残高は、寿司代を引いても微動だにしていない。


【残高:1,599,950,632円】


 減った気がしない。

 この安心感。

 金は、ただの数字じゃない。精神安定剤だ。


「……よし」


 最後の一貫、大トロの炙りを飲み込み、俺は決意した。


「明日にでも不動産屋へ行こう。セキュリティのしっかりしたマンションに引っ越すんだ」


 セイラに住所がバレたとはいえ、彼女はまだいい。少し話しただけだが、信用に値するとは思う。


 問題は、このアパートのセキュリティだ。鍵なんてピッキングツール一本で開くし、壁は蹴れば破れそうだ。

 16億という資産を守るには、ひまわり荘はあまりにも脆弱すぎる。


「それに、鑑定スキルの検証もしたいしな」


 俺は空になった寿司桶を見つめながら、ニヤリと笑った。

 進化した『真贋鑑定しんがんかんてい』でどこまでの事が出来るのか……エクスカリバーの一件だけでは判断しかねる。

 それを試すには、防音設備の整った広い作業場が必要だ。


 俺の成り上がりライフは、まだ始まったばかりだ。


 ◇


 ~一方その頃~


 ダンジョン近くの大衆居酒屋『赤提灯』にて。


「くそっ! なんだよあの落札額は!」


 ドン! とテーブルを叩く音が響いた。

 周囲の客が驚いて振り返るが、男は気にする様子もない。


 先日、透を追放した元パーティ『ブレイブ・ソード』のリーダー、剛田 浩司(ごうだ こうじ)である。

 彼は安酒を煽りながら、スマホの画面を睨みつけていた。


「15億だぞ!? 15億! たかが剣一本に!」


「まぁまぁ、剛田さん。落ち着いてくださいよぉ」


 なだめているのは、魔法使いの田代 正治(たしろ まさはる)だ。

 彼もまた、羨望の眼差しでスマホを覗き込んでいる。


「でも、すごいですよね。出品者の『Master_Eye』って人。聖剣なんてどっから見つけてきたんでしょう」


「フンッ! どうせマグレだろ。運だけの野郎だ」


 剛田は鼻を鳴らすと、自身の腰にある剣を撫でた。

 Bランク級の魔剣。彼が借金をしてまで手に入れた自慢の武器だ。


「……あ?」


 剛田の眉がピクリと動く。

 剣の柄に、小さなヒビが入っていたからだ。


「おい、なんだこれ。メンテしたばっかりだぞ?」


「あー、そういえば私の杖も」


 隣にいたヒーラーの酒井 凛(さかい りん)が、気だるげに杖を取り出した。

 先端の魔石が、少しだけ曇っている。


「なんか最近、魔力の通りが悪いんだよねー。透くんがいた時はこんなことなかったのに」


「……チッ。あいつの名前を出すな」


 剛田が不機嫌そうに吐き捨てる。


「あいつはただの荷物持ちだ。メンテなんて関係ねぇ。たまたま寿命が来ただけだろ」


「でもぉ、透くんって暇さえあれば私たちの装備、布で拭いてたじゃん? あれが良かったのかなー。真面目には働いてたよね?」


 酒井の言う通りである。

 透の仕事は決して派手ではないが、とにかく丁寧だっだ。外注業者が放置するような。目立たない細かな傷や魔力詰まりを直していたのだ。

 だが、彼らはそれを「ただ布で拭いているだけ」だと思い込み、感謝するどころか雑用として見下し、こき使っていた。


「新しいのを買えばいいだろ。どうせ来月にはBランク昇格だ。報酬も増える」


 剛田は強気な発言をしたが、その声には焦りが混じっていた。

 新しい装備を買う金など、今の彼らにはない。

 前回の遠征も赤字だった。ポーションの消費量が、予想以上に多かったからだ。


「……おい、この『Master_Eye』って奴」


 剛田は話題を変えるように、スマホ画面を指差した。


「こいつ、今後も出品するつもりらしいな。プロフィールに『次回出品予定あり』って書いてある」


「へぇ、また凄いのが出るんですかね?」


「……もし、こいつから安く武器を仕入れられたら、俺たちの戦力も底上げできるんじゃねぇか?」


 剛田の目が、下卑た光を帯びる。


「顔も名前も出してねぇビビリだ。俺たち『ブレイブ・ソード』の名を使えば、裏取引で安く譲らせることもできるかもしれん」


「さすが剛田さん! 頭いい!」


 彼らは笑い合った。

 その『Master_Eye』こそが、自分たちが追放した「無能」であるとも知らずに。

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