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第2話 台所用洗剤で洗ってみた

 築45年、木造アパート『ひまわり荘』。

 ここが俺の城だ。


 六畳一間、風呂なし、トイレ共同。

 壁は薄く、隣の住人がテレビで何を見ているかまで分かる。

 家賃は月2万5千円と激安だが、今の俺の全財産では、来月分の家賃も払えない。


「……はぁ、はぁ」


 俺は雨に濡れたコートを脱ぎ捨てると、震える手で『それ』を畳の上に置いた。


 ゴミ山から拾ってきた、赤茶色の鉄の塊。

 見た目はどう見ても、ただの不燃ゴミだ。


「よし! もう一回、確認だ」


 俺は唾を飲み込み、右目に意識を集中させる。

 先ほどの激痛はない。代わりに、スマートフォンのAR画面を見るような感覚で、視界に半透明のウィンドウが浮かび上がる。


====================

【名称】聖剣エクスカリバー(封印状態)

【ランク】国宝級(SSR)

【状態】重度の錆、呪いによる封印

【真価】全ての防御を無効化する絶対切断能力。

【推定市場価格】測定不能(※15億円以上確実)


「色々見えるな……やっぱり、夢じゃない」


 15億円。

 その数字を見るだけで、脳汁が出そうだ。

 もしこれが本当なら、このボロアパートごと買い取ってもお釣りが来る。いや、一生遊んで暮らせる。


 だが、問題は【状態】だ。

 このままでは、ただの汚い鉄くずとして二束三文で買い叩かれるのがオチだろう。

 いや、最悪の場合「詐欺だ」と言われてアカウントをBANされるかもしれない。


「どうすればいいんだ?」


 俺が焦りを感じた瞬間、ウィンドウの端に新たなタブが点滅しているのに気づいた。


『修復ガイドを表示しますか?』

『YES / NO』


「え、ガイド? まあ、あったほうがいいか」


 迷わず『YES』を念じる。

 すると、聖剣の上に矢印とマーカーが表示された。

 まるでゲームのチュートリアルだ。


《手順1:表面の物理的な汚れを落としてください》

《推奨アイテム:中性洗剤、金たわし、または『サンポール』的な何か》


「マジかよ!」


 国宝級の聖剣に、サンポール? バチ当たりじゃあ……

 いや、スキルがそう言うなら従うしかない。てか、他にすがるものがない。


 俺は財布の中身を確認し、近所のドラッグストアへ走った。

 購入したのは以下の三点。


・強力サビ落としクリーナー(398円)

・金たわし(100円)

・ゴム手袋(150円)


 合計648円。

 俺の残りの全財産の半分が消えた。これで失敗したら、明日から本気で雑草を食う生活だ。


 ◇


 アパートに戻り、俺はゴム手袋を装着した。

 聖剣を流し台に斜めに立てかける。

 狭すぎて全体が入らないのが悲しいな……それはともかく!


「まじで頼むぞ、俺の全部賭けるからな!」


 クリーナーの液体を、錆びついた刀身にぶっかける。

 ジュワジュワ……と、不気味な泡が立つ。

 金たわしを握りしめ、俺は一心不乱にこすり始めた。


 ギギギ、ガリガリ。

 安普請のアパートに、不快な金属音が響く。

 隣の部屋から「うるせえ!」と壁ドンされたが、今は構っていられない。


「落ちろ……落ちろぉッ!」


 十分ほど格闘しただろうか。

 表面の赤錆がヘドロのように流れ落ちていく。

 そして――


 ピカーッ!


 嘘みたいな輝きが、狭い台所を照らした。


「うおっ、まぶし!?」


 錆の下から現れたのは、鏡のように磨き上げられた白銀の刃。

 刀身には繊細なルーン文字が刻まれ、柄の部分には青い宝石が埋め込まれている。

 

 さっきまでのゴミが嘘のようだ。

 これなら、素人が見ても「タダモノじゃない」と分かる。


《手順1:完了》

《手順2:所有者の魔力を注入し、封印(呪い)を中和してください》


 ウィンドウが次の指示を出す。

 俺はゴクリと喉を鳴らし、柄を握った。


 魔力の注入。

 探索者なら誰でもできる基本技術だ。

 俺の魔力量なんてFランク相応の微々たるものだが……。


「……はっ!」


 気合を入れて、魔力を流し込む。

 すると、刀身のルーン文字が青白く発光し始めた。


 ブォン……。

 低い駆動音と共に、剣が脈動する。


《封印解除率:15%》

《外装の復元完了。機能の一部が使用可能です》


「す、すげぇ……」


 俺は呆然と呟いた。

 握っているだけで分かる。力が湧いてくる感覚。

 これがあれば、俺でもSランクモンスターを倒せるんじゃないか?


 一瞬、そんな誘惑が頭をよぎった。


「いや、ダメだ。調子に乗んな」


 俺は首を振る。

 俺は戦士じゃない。ただの鑑定士だ。すごい武器があっても、それをうまく扱える技術なんてない。強くなったわけじゃないんだ。

 それに、こんな目立つ武器を持ってダンジョンに入ったら、他の探索者に何を言われるか分からない。

 最悪、奪われて終わりだ。


 俺に必要なのは「力」じゃない。

 今のどん底の生活から抜け出すための「金」だ。


「売るぞ。絶対に売ってやる。何が何でも売ってやる!」


 俺は覚悟を決めた。


 スマホを取り出し、探索者専用アプリ『D・マーケット』を起動する。

 ここはダンジョン関連アイテムなら何でも売買できる、国内最大手のオークションサイトだ。


 アカウント名は……本名はマズいな。

 少し考えて、『Master_Eyeマスター・アイ』と入力した。

 中二病っぽいが、ハッタリは効くはずだ。


 次に写真撮影。

 聖剣を畳の上に置き、スマホのカメラを向ける。

 生活感丸出しの背景だが、撮影ブースなんて洒落たものはない。


 パシャリ。


 プレビュー画面には、ボロい畳の上で神々しく輝く聖剣が映っている。

 シュールすぎる。合成写真と疑われるレベルだ。


 そして、最も重要な出品情報の入力。


【商品名】

【真作】聖剣エクスカリバー(リペア済み・封印解除率15%)


【商品説明】

ダンジョンの深層エリア(廃棄場)で発見しました。

当方のスキルにて鑑定・修復済みです。

切れ味は抜群。ドラゴンの鱗も紙のように切れます(たぶん)。

ノークレーム・ノーリターンでお願いします。


【開始価格】


 ここで俺の指が止まった。

 相場は15億円。

 だが、いきなり「10億円スタート」なんて設定しても、実績ゼロの新規アカウントなんて誰も信用しないだろう。


 注目を集める必要がある。

 誰でも気軽に参加できて、かつ「なんだこれは?」と思わせる価格。


「買いたたかれるリスクはあるけど……これしかないな」


 俺は震える指で、数字を入力した。


【開始価格:1円】


 イチかバチかの賭けだ。

 もし100円とかで落札されたら、俺は泣いてホームレスルートだ。

 でも、この剣の価値が分かる奴が一人でもいれば……。


「頼む……!」


 祈るような気持ちで、出品するボタンを押した。


『出品が完了しました』


 画面が切り替わる。

 新着アイテムの一覧に、俺の聖剣が表示された。

 

 現在価格:1円

 入札件数:0

 残り時間:24時間


 静かだ。

 スマホは鳴らない。

 外の雨音だけが聞こえる。


「……ま、最初はこんなもんだよな」


 俺は強がって呟き、布団に潜り込んだ。

 心臓がうるさくて、眠れそうになかった。


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