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第13話 証明

 翌日の午後。約束の時間ぴったりに、タワマンの自室のチャイムが鳴り響いた。


 ピンポーン。


 俺がドアを開けると、そこにはテレビでよく見る重厚な鎧姿とは違う、ラフな私服姿の神宮寺(じんぐうじ)セイラが立っていた。

 透き通るようなプラチナブロンドの髪と、宝石のように澄んだ碧眼。シンプルなブラウスとスカートという出で立ちだが、かえって彼女の圧倒的な美貌とスタイルの良さが際立っている。


 彼女は、有名ケーキ店のロゴが入った紙袋を提げて、ふわりと微笑んだ。


「やっほー、透さん! 遊びに来たよ!」


「わざわざすみません、どうぞ入ってください」


 リビングに案内するなり、セイラの視線はブルーシートの上に置かれた『アイギスの盾』に釘付けになった。


「うわぁ……! これ、本当に写真で見た通り! ものすごい魔力密度……それに、呪いの気配が全くない。完璧に浄化されてる!」


 セイラはケーキの箱をテーブルに置くのももどかしく、盾に駆け寄ってその表面を撫で回した。

 完全に新しいおもちゃを見つけた子供の目だ。


「透さん、これ凄いよ! 魔法反射率100%なんて、神話クラスのアーティファクトじゃない! ねえ、いくら? 5億? 10億? 言い値で買うよ!」


 前のめりになって詰め寄ってくるセイラ。

 俺は小さく深呼吸をして、あらかじめ決めていたセリフを口にした。


「お金はいりません。この盾は、タダで譲ります」


「……え?」


 セイラがきょとんとした顔で首を傾げる。

 Sランク探索者ともなれば、強力な装備は金に糸目をつけないものだ。それを無償で渡すと言われれば、裏があると思うのは当然だろう。


「タダって……どういうこと? 透さん、慈善事業でも始めるの?」


「いえ。その代わり、俺の頼みを一つ聞いてほしいんです」


 俺はタブレットを起動し、昨日凛から送られてきた『専属マネジメント契約書』のデータをセイラに見せた。

 そして、『真贋鑑定(しんがんかんてい)』で可視化された隠しトラップ――利益の70%が凛のダミー会社に迂回される仕組みについて、洗いざらい説明した。


「……なーるほどねぇ」


 一通り話を聞き終えたセイラは、呆れたようにため息をついた。


「透さん、ほんっと馬鹿だね。危うく一生飼い殺しにされるところだったじゃない」


「ぐっ……返す言葉もありません」


「でも、その鑑定スキルで罠に気づけたのはファインプレーだね。で? 私にどうしろって?」


「俺の《《後ろ盾》》になってほしいんです」


 俺は真剣な眼差しでセイラを見つめた。


「今後、彼女と本契約の話し合いがあります。そこに同席して、俺の専属護衛だと名乗ってほしい。Sランクの貴女が睨みを効かせてくれれば、彼女も下手な真似はできなくなります。アイギスの盾は、そのための費用です」


 完璧な提案のはずだった。

 凛を牽制でき、セイラは神話級の盾をタダで手に入れられる。Win-Winの取引だ。


 しかし。

 セイラは腕を組み、少し不機嫌そうに眉をひそめた。


「うーん……却下かな」


「えっ!?」


「アイギスの盾が手に入るのはすごく嬉しいよ。でもさ、私、お金には全然困ってないんだよね。普通に3億でも5億でも払って買うよ」


 セイラは盾から視線を外し、俺を真っ直ぐに見た。


「私ね、誰かに主導権を握られるのが嫌いなの。タダでアイテムを貰って、その代わりに誰かの用心棒として縛られる……それって、なんだか透さんに利用されてるみたいで面白くない」


「そ、それは……」


「それに、その凛って女の子の問題は、透さん自身の脇の甘さが招いたことでしょ? 自分で撒いた種は自分で刈り取るのが、探索者のルールだよ」


 バッサリと切り捨てられた。

 俺は血の気が引くのを感じた。

 唯一にして最大の交渉カード「アイギスの盾をタダで譲る」が、金に頓着しないSランクには全く通用しなかったのだ。


(終わった。これじゃあ、凛には……)


 完全に手詰まりだ。

 俺が絶望して黙り込んでいると、ふと、セイラが「ぷっ」と吹き出した。


「あははっ、ごめんごめん! ちょっと意地悪言いすぎたかな」


「え?」


 顔を上げると、セイラが悪戯っぽく笑っていた。


「少し試しただけ。エクスカリバーの件もあるし、透さんがすごい装備を流してくれるのは分かってるから、完全に見捨てるつもりはないよ」


「な、なんですかそれ……心臓に悪い」


「でもね、条件があるの」


 セイラの瞳が、鋭い光を帯びる。


「透さんの目が本物だってことは信じてる。でも、私を後ろ盾にしたいなら、その力を私の目の前で《《証明》》して見せてほしい」


「証明って、どうやって?」


「明日ダンジョンに行くよ。私がよく潜る深層エリアにね」


「はぁ!?」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。


「し、深層って……俺はFランクだぞ!? 戦闘力皆無なんだ! そんなところに行ったら秒でモンスターの餌になる!」


「大丈夫、私が守るから。それに、アイギスの盾の試運転も兼ねてちょうどいいでしょ?」


 セイラは親指を立ててウインクした。


「深層エリアにも、昔の探索者が全滅して残された装備とかが溜まってる『ゴミ捨て場』があるの。そこで、私のお眼鏡にかなうアイテムを、もう一つ見つけてみて」


「……」


「それができたら、透さんの力を完全に信用して、喜んで君の後ろ盾になってあげる。どう?」


 試練、というわけか。

 彼女にとって、口先だけの契約よりも、実力を見せられる方がよっぽど信用に足るのだろう。


 セイラが守ってくれるとはいえ、命の危険はある。

 だが、ここで引けば、俺は凛の罠に落ちるか、一生ビクビクして生きるかの二択だ。


「分かりました。お供します」


 俺が覚悟を決めて頷くと、セイラは嬉しそうにパァッと表情を輝かせた。


「よし、言質とった! じゃあ早速準備して! 深層のお宝探し、ワクワクしてきたー!」


 こうして俺は、日本最強の剣聖と共に、死と隣り合わせのダンジョンへと足を踏み入れることになった。

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