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第111話 制圧

「ノア、ゆっくり息をして。もう大丈夫だから」


 セイラがノアの小さな身体を抱きしめたまま、その背中を優しく撫でている。

 ノアの呼吸はまだ少し荒かったが、最悪の負荷をカリバーンが吸い取ってくれたおかげで、回路の崩壊や意識混濁といった深刻なダメージは避けられたようだ。


「……うん。お姉さま、わたし、平気。……頭の中が、すごく静かになった」


 ノアは弱々しく微笑み、額の小さな角に手を当てた。

 アダムスからの不気味なシグナルも、各地のプラントから押し寄せていた魔力の濁流も、すべては完全に遮断されている。


「システム側の処理も終わったわ。第二から第五までのプラント、すべて完全に機能停止よ。地脈からの強制吸引システムは物理的に沈黙したわ」


 モニターの前に座る凛が、キーボードを叩き終えて静かに報告する。

 画面に映し出された欧州各地のマップ。そこにあった赤く点滅する危険なエネルギー源のマークは、一斉に青い安全信号へと切り替わっていた。

 本社にも深刻なダメージを与えられたことだろう。


「……素晴らしい。実に見事な、命の煌めきだった」


 静まり返った制御室に、よく通る華やかな声が響いた。

 振り返ると、シャルルが上着の埃を優しく払いながら歩み寄ってくるところだった。その背後からは、血の付着した黒いダガーを静かに収めながら、シルヴィが足音もなく付き従っている。 

 どうやら、膨大な魔力に呼び寄せられてきた、魔物の処理をしてくれていたらしい。


「シャルルさん、シルヴィ……魔物の相手をしてくれていたんですね。怪我はありませんか?」


「心配には及ばないよ、魔物の群れなど、私たちの美しき連携の前には路傍の石に過ぎない。……それよりも」


 シャルルはサファイアブルーの瞳を細め、セイラの腕の中にいるノアを真っ直ぐに見つめた。

 その眼差しには、先ほどまでの警戒や冷ややかさは微塵もなく、純粋な敬意と感動の色が浮かんでいた。


「ノア。……自らの身に強大な負荷がかかることを知りながら、他者のために、己の意志でその細い手を伸ばし、道を拓いた。君がそこで見せた魂の輝きは……私がこれまでに見てきた、いかなる芸術品よりも気高く、美しい」


 シャルルは胸元にそっと手を当て、ノアに向けて優雅に一礼して見せた。


「君をただの兵器、あるいは『醜いクローン』と評した私の不明を恥じよう。君は立派な、一人の誇り高き表現者だ。……よくぞ、この美しき世界を守り抜いてくれた」


「……わたし、が……?」


 ノアは茜色の瞳を瞬かせ、シャルルの言葉を不思議そうに受け止めていた。

 「美しい」「価値がある」と他者から評されるのは初めての事だろうから当然の反応だ。


「さて……シルヴィ、貴女からも、彼女に言うべき言葉があるのではないかい?」


 シャルルが促すと、シルヴィは一歩前に歩み出た。

 彼女はいつも通りの冷淡な表情のままだったが、その切れ長の瞳は静かに、けれど明確な謝意を湛えて、ノアを見据えた。


「……疑って申し訳ありませんでした、ノア様。貴女は、一人の優秀な探索者として尊敬に値します……貴女のその覚悟がなければ、私たちは負けていました」


 シルヴィは、いつもは決して緩めることのないその表情を、ほんの僅かだけ、穏やかに崩して微笑んで見せた。


「貴女を我々の友人として歓迎します。……ソウマ様の言う通り、貴女はもう、人形でもありませんね」


「……あ、ありがとう……シルヴィ」


 ノアは、照れくさそうにセイラの胸元に顔をうずめながらも、小さく、けれどはっきりと、自らの意志で感謝を口にした。


「やったね、ノア! みんなノアのこと、すごいって言ってくれてるよ!」


「うん……お姉さま、わたし、うれしい……」


 セイラに頭を撫でられ、ノアは小さく頬を染めて、今度こそ嬉しそうに微笑んだ。


「これで本当に、エデンの外堀は完全に埋まったわね。プラントは全滅。本社は今頃、めちゃくちゃ……アダムスは、完全に孤立無援よ」


 凛がモニターを指さしながら、冷静に今後の状況を口にする。

 相手がどれほど強大な力を持っていようとも、システムが機能停止し、供給されるはずのエネルギーが逆流した今、本陣の防衛力は最低水準にまで落ち込んでいるはずだ。


「ああ。今なら、アダムスもすぐに動き出すだろうな」


 俺は床から『カリバーン』を拾い上げ、アイテムボックスへと収納した。

 ノアの過剰な魔力を吸い取ってくれたおかげで、刀身の傷は綺麗に塞がり、その内部で『光と闇』の力が再び脈動を始めているのを感じる。


「……それじゃあ、アダムスに話し合いの席を設けてやるとするか。 これ以上の無駄な戦闘を避けるためにも、まずは連絡を取ろう」


 俺は懐から『無名者の幻晶ファントム・クリスタル』を取り出し、エデン・グループ本社の非常用回線へのハッキングを開始した。


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