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第112話 崩壊

『アダムス様!!』


「なんだ。プラントの準備は終わったのか?」


 スイス、ジュネーブにあるエデン・グループ本社ビル、最上階の会長執務室。

 アダムス・ヒューズは、血相を変えて通信ホログラムに飛び込んできた第一秘書の男を、冷ややかな一瞥とともに迎えた。

 地脈の魔力を限界まで吸い上げ、己の肉体を神へと昇華させる『神化システム』。その準備のために各地のプラントへ命令を出したばかりだった。

 だが、秘書の顔には焦燥と、それ以上の深い恐怖が浮かんでいた。


『ち、違います! 第一プラントだけではありません……第二、第三、第四、第五、すべてのプラントとの接続が遮断されました! なぜこのようなことをなされたのですか!?』


「なにを……言っている?」


 アダムスは端正な眉をひそめた。秘書の言葉が、にわかには理解できなかったからだ。


『アダムス様の最高権限IDで、すべてのプラントへ『安全弁の強制閉鎖』と『魔力逆流』の命令が同時に送信されたのです! 現在、各地から異常な高密度魔力が、この本社システムに向けて逆流してきています!』


「馬鹿な……。私がそんな命令を出すはずがない」


 アダムスはデスクを叩き、毅然と立ち上がった。


 だが、彼の言葉をかき消すように、凄まじい地響きがビル全体を震わせた。


 ズズズズズンッ……!!


「くっ……!?」


 執務室の床が大きく揺れる。

 天井のクリスタルシャンデリアが激しく音を立てて揺れ、美しいガラスの破片が床へ降り注いだ。

 それと同時に、壁一面に配置された数百のモニターが、一斉に赤い警告灯の光に染まる。


『警告。メインシステムに、許容量を超える外部魔力のサージを検知。安全回路をバイパスし、魔力炉心へエネルギーが直流入しています。……非常用シャットダウン、失敗。制御不能です』


 無機質なアラート音声が室内に鳴り響く。

 アダムスは信じられないものを見る目で、手元のコンソールを睨みつけた。

 五つのプラントから逆送されてくる魔力の質量は、本社の処理能力を遥かに超越していた。地脈から吸い上げたはずのエネルギーが、そっくりそのまま牙を剥いている。


「おのれ……何者がシステムを……ノアか!」


 アダムスはすぐに、「最高傑作」の顔を思い浮かべた。

 彼女の脳内にある旧魔力リンクを中継アンテナにしなければ、これほど完璧に彼の最高権限を偽装できるはずがない。


「私を裏切ったか!! 出来損ないが……!」


 アダムスは怒りで端正な顔を歪め、激しく拳を握りしめた。

 計画は完全に破綻した。エネルギーの逆流によって本社メインサーバーは物理的に焼き切れ、『神化システム』の魔力炉心も過負荷によって機能停止している。

 彼が築き上げてきた『楽園』が、今や一瞬にしてその機能を失おうとしていた。


 ジジッ……ジジジジジッ!


 その時、壊滅しかけた執務室のメインモニターが、激しいノイズを伴って明滅し始めた。


「今度は、何だ!?」


 アダムスが視線を向けると、画面に走る砂嵐が収まり、一つの紋章が浮かび上がった。


 ――片眼鏡をかけた、不気味なフクロウのロゴマーク。


「Master_Eye……!」


 アダムスがその名を憎らしげに吐き捨てた瞬間、スピーカーから、機械的に変調された低い声が響き渡った。


『――お話しするのは初めてですね。アダムス・ヒューズ会長……いや、もう会長と呼ぶべきではないでしょうか?』


 画面の向こうから聞こえる、どこかこちらを嘲笑うかのような声。

 アダムスは額の血気を感じながら、モニターに向けて鋭い視線を突き刺した。


「Master_Eye……! よくも私の楽園をここまでにしてくれたな。だが、これで勝ったと思うなよ。私にはまだ、私兵部隊も、お前たちの命を奪うための手札も残されている」


『まだそんな虚勢を張るのですか。あなたのプラントはすべて制圧され、本社システムは完全に沈黙しています。あなたの言う手札とやらを動かすためのシステムも、もう半分以上は焼き切れているはずだ。それに、その手札でセイラとノアを倒せますか?』


「っ……!」


 冷酷な事実の宣告。

 アダムスは言葉に詰まった。手元のコンソールが示す通り、本社のセキュリティーハッチすら、システムダウンによって開閉できなくなっている。


『私は商売人です。これ以上の無駄な時間と労力の消費は、お互いにとって非合理的だ……ですから、アダムスさん。貴方に、一度だけ、話し合いの機会を設けてあげましょう』


「話し合いだと? 今更何のつもりだ!?」


『わかりませんか? 選択肢をあげると言っているのです……我々がそのビルを完全に破壊し、貴方を泥だらけの床から力ずくで引きずり出すか。それとも、私が指定する場所へ、貴方自身の手で這いつくばって会いに来るか……二つに一つだ』


 画面のフクロウのマークは、静かにアダムスへと最後通牒を突きつけていた。

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― 新着の感想 ―
無理矢理従わせておいて、裏切りとは片腹痛い。 これは裏切りでは無く正当な報復、悪辣な独裁者が受けるべき報いだ。 まぁ悪質な滞納者が大人しくツケを払うとは思わんがね。
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