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第110話 奮闘

「よーし。それじゃあ、各自配置についてくれ。時間がない、一気にいくぞ」


 俺の言葉に、全員が引き締まった表情で頷く。


「こっちの準備は出来てるわ。いつでもいいわよ」


 凛がマルチモニターの前に陣取り、凄まじい速度でキーボードを叩き始める。画面には、残る四つのプラントの魔力吸引データがリアルタイムで投影されていた。


「そうか……じゃあノア、いいか?」


「うん、任せて」


 ノアは制御パネルの前に歩み寄り、太い魔力配線が這う床の上に静かに座り込んだ。

 彼女はカリバーンを膝の上に横たえ、目を閉じて深く呼吸をする。


「魔力通信プロトコル、展開。旧魔力リンク……接続開始」


 ノアの呟きとともに、彼女の額の角が茜色の光を放ち始めた。

 直後、第一プラントの床を走る魔力配線がバチバチと火花を散らし、そこから伸びる赤黒い光の糸がノアの角へと吸い込まれるように繋がっていく。


「う、ぐっ……!」


 接続した瞬間、ノアの小さな身体が大きく跳ねた。

 四つのプラントから流れ込んでくる膨大な情報のノイズと魔力の負荷が、彼女の脳内回路に直接流れ込んでいるのだ。見る見るうちに彼女の顔から血の気が失せていく。


「ノア!」


 セイラが思わず駆け寄ろうとするが、俺はその肩を片手で制した。


「待て、セイラ。不用意に触れると何が起こるかわからない……今はノアとカリバーンを信じるんだ」


 俺は右目に意識を集中させ、ノアのステータスを監視する。

 過剰なエネルギーの流入により、彼女の体内の魔力回路は急速に赤熱し始めていた。


(……普通ならそろそろ限界は近いんだろうけど――)


 その時、ノアの膝の上に置かれた『神魔剣カリバーン』のひび割れた刀身が、不気味に、そして力強く明滅し始めた。


 ――ドクン、ドクン。


 かつてないほど激しい魔力の脈動。

 カリバーンの傷だらけの刀身が、ノアの身体から溢れ出そうとする赤黒い過剰魔力を、まるでブラックホールのように強引に吸い込み始めたのだ。


(よし、カリバーンは正常に作動している! これならノアへの負担も……)


 ====================

【対象】ノアの脳内魔力リンク接続

【状態】 カリバーンによる魔力吸引により、負荷は85%軽減

【判定】安全圏。接続の維持が可能。

 ====================


「よし! 頑張れノア! 余分な魔力は全部カリバーンに流し込め!」


「……うん。この子が全部食べてくれてる……お兄様、これなら、回路を制御できる……!」


 ノアの茜色の瞳に、生気が戻る。

 彼女の精神波が旧魔力リンクを通じて、残る四つのプラントの「主結節点」へと完全に同調した。


 ノアの小さな両手が、制御パネルのキーの上に置かれる。いや、彼女の意識はすでに物理的なパネルを介さず、魔力の奔流そのものを直接操作しているかのようだった。


「プロトコル:アダムス。セキュリティ解除コード『セイヴァー』を入力。……残る四つのプラントに対し、安全弁の全閉鎖命令を送信」


 ノアの角から放たれる茜色の光が、太い配管を通じて地下深くへと走り抜ける。

 そのシグナルは、かつてアダムスが彼女に植え付けた偽装信号――アダムス自身の命令として、各地のプラントのメインフレームへと滑り込んでいった。


 キィィィィィィン……!


 制御室に、耳を劈くような高周波の駆動音が響き渡る。

 逆接続された回路から押し寄せる膨大な魔力。その余剰分が、ノアの小さな体を経由して、膝の上のカリバーンへと絶え間なく流れ込んでいく。


『……ハッ! 何という爽快な目覚め! かつてないほど力に満ち足りております! 流石は主……って違う!?』


「……お願い。力を、貸して……」


 ノアが途切れ途切れの声で、カリバーンの柄をさらに強く握りしめる。


『グヌヌ、まるで状況が分からない……しかし! 主様以外のそばに仕えるなど、ワタシの操が汚れるようで不本意です! 魔力は大変美味ですが!』


「悪い……今は黙ってノアに力を貸してやってくれ」


『……主様がそこまで仰るなら、このカリバーン、何でもします! ですが後で、ワタシのことを一晩中ピカピカに磨き上げてくださると、約束してくださいね!』


「分かった、約束する。だから頼んだぞ!」


『合意形成完了でございます! 小娘! ワタシを思いきり強く握り締めなさい! キサマの内なる濁流、このワタシがすべて飲み干してご覧に入れます!』


 ノアは小さく頷き、カリバーンの柄を両手でさらに強く握り締めた。

 すると、カリバーンのひび割れた刀身に走る赤い魔力の光が、一層その輝きを増していく。まるで、流れ込む莫大な魔力を糧にして、自らの傷を強引に塞いでいくかのようだった。


「凛、状況はどうだ!?」


「待って、今データを追ってるわ……よし、来た! 第二プラント、ハッキング成功! 第三、第四も突破! 最後、第五プラントも命令の書き換えを受理したわ!」


 凛の声が弾む。

 マルチモニターに映し出された四つのプラントの図面が、アダムスの赤から、ノアの制御を示す青へと一斉に塗り替えられていく。


「ノア、全てのプラントの接続が完了したわ! あとは強制命令を送り込むだけよ!」


「……了……解。魔力逆流シーケンス……起動」


 ノアが静かに両手を広げると、第一プラントの床下から地鳴りのような響きが立ち上った。

 その振動は、この場だけに留まらない。地脈に張り巡らされた魔力ネットワークを通じて、欧州各地に点在する四つのプラントへ、ノアの意志が光となって駆け巡る。


 キィィィィィィン……!


 配管の内部で、流れる魔力の方向が強引に反転させられていく。

 本来ならスイスの本社へ送られるはずだった魔力、そして各地で吸引されていたエネルギーが、逆流の波となって一方向へと収束し始める。


「っ……!」


 ノアの身体が大きく前傾し、額の角から火花が散る。

 カリバーンがどれほど魔力を吸い上げているとはいえ、四つの巨大なプラントが一時的に生み出す逆流のプレッシャーは、彼女の小さな器を容易く押し潰しかねないほどの質量を持っていた。


「がんばれ、ノア……!」


 セイラが祈るように手を握りしめる。

 俺は右目の『真贋鑑定』でノアの体内の魔力回路を凝視し、ノアの状況を確かめる。


 ====================

【対象】ノアの脳内魔力リンク

【負荷状況】 限界値の92%に到達(上昇中)

【対策】逆流信号の固定完了まで、あと15秒。

 ====================


「あと15秒だ! ノア、耐えてくれ!」


「……みんなの、役に立って、私は……!」


 歯を食いしばり、茜色の瞳を限界まで見開くノア。

 その小さな手の中で、カリバーンの刀身が激しい光を放ち、ひび割れの奥底から白銀の聖気と漆黒の魔力が暴風のように吹き荒れる。

 

 ――ガギィィィィンッ!!!


 何かが物理的に噛み合い、固定されたような重厚な金属音が、通信回線を通じて鳴り響いた。

 各地のプラントの安全弁が、ノアの強制命令によって完全にロックされたのだ。


「……魔力逆流信号の固定、完了……これで、ぜんぶ……」


 ノアがそっと力を抜くと、彼女の身体を繋いでいた赤黒い光の糸が、サラサラと光の塵となって霧散していった。

 同時に、彼女の身体が糸の切れた人形のように、ゆっくりと床へ倒れ込む。


「ノア!」


 セイラが滑り込むようにして彼女の小さな身体を受け止めた。

 俺はすぐに駆け寄り、ノアの顔を覗き込む。

 血の気は失せているが、その胸は確かに、穏やかな鼓動を刻んでいた。

 額の角も、暴走することなく静かに沈黙している。


「……よくやった、ノア」


 俺は彼女の頭を優しく撫で、その健闘を讃えた。

 その隣で、ノアの手から転がり落ちたカリバーンは、刀身のヒビが綺麗に塞がり、異様につやつやしていた。


『ハァ……至福……』


「こいつは……まあ、お前もよくやったよ。ありがとな」


 ノアの命がけの接続と相棒の奮闘により、地脈を逆流する魔力の濁流は、アダムスの待つスイス本社ビルに向けて容赦なく射出されていった。


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