4章‐3
ヴァルネシア王国
大陸諸国の中でも一番大きな国であり、港町が多いことから貿易が盛んで様々な文化を取り入れている。そのため比較的自由な国風で技術や経済も諸外国よりも発展している。
魔術の研究も盛んであり、自然も多くあり魔法使いが好んで暮らしている国でもある。
そして、ヴァルネシア王国の中でも王都の次に重要な都市とされているのが貿易都市『マリヴェラ』であり、そのマリヴェラを治めるシュタルム家で大きなパーティが開かれると王家に招待状が届いた。
「シュタルム家の娘の帰還パーティか。いなくなったのは十七年前だったか?」
「あら、それはおめでたいことですね。ぜひお祝いに行かないと」
「そうだな、しばらくマリヴェラへの視察も行ってはいなかったし、丁度良いな」
シュタルム家の娘が時化で流されてしまったことは王家や貴族の間では有名な話だった。届いた招待状を読みながら国王ティリア・ノブレスは王妃であるクラウディアに話しかける。
すると、クラウディアは手に持っていたティーカップをテーブルに置いて花が咲いたように笑った。その笑顔にティリアも頷いて、そばに控えていた執事に声をかけた。
「パーティには参加するとの返事をしておいてくれ。それと、私が居ない間はライラに仕事を任せる」
「畏まりました」
クラウディア・ノブレス、絶世の美女として国内外で有名な女性でありすべての女性の憧れでもあった。国母としても国民に慕われており、賢王として名を馳せているティリアとともに、今代は安泰だと言われている。
そんな彼女はティーカップに注がれた紅茶を見つめる。水面には自分の顔が映り、その顔には妖しい笑みが浮かんでいた。
「ああ、あなたをずぅっと探していたのよ、アクアマリア・シュタルム」
「クラウディア?なにか言ったか?」
「いいえ。シュタルム家のお姫様に会うのが楽しみなだけですよ」
「ははっ、そうだな」
首を傾げるティリアにクラウディアはなんでもないというように顔を上げる。そこにはいつもの美しい笑顔しかなかった。
和やかなティータイム。そこに渦巻くクラウディアの思惑は誰も知らない。
マリヴェラの中心部には大きな街があり、港も近く流行の発信地でもある。特に大通りに立ち並ぶ店は競争が激しく入れ替わりが激しい。
そんななか、その競争を常に勝ち続けているのが『ローズ ドゥ マルメゾン』という老舗の服飾店だった。
「わぁ、すごい……!」
「アクアマリア、あまりよそ見をしていると危ないぞ」
「あ、はい、ごめんなさい。お兄さん」
「謝らなくていい。さ、手を貸して」
馬車で大通りまでやって来た海は、窓から見える華やかな街並みに心を踊らせていた。その様子が珍しく、一緒に馬車に乗っていたエメライドは微かに笑った。
目的地に到着し馬車の扉が開いた。先にエメライドが降りて海に向かって手を差し出すと、海は少しだけ迷うように手を彷徨わせてからそっと大きな手に自分の手を重ねた。
「まだ慣れないのか?」
「えっと、……少し」
海の手を引いて『ローズ ドゥ マルメゾン』へ入って行く。その後ろにはカークと蒼が控えており、海はそちらをちらりと見ると蒼がにこりと笑ってくれたので海も安心したようにエメライドの後をついて行く。
この世界に帰ってきて半年、そろそろ慣れた頃だろうと帰還パーティと称して社交界デビューをすることとなった海。今日は街の見学も兼ねてパーティで着るドレスを受け取りに来ていた。
キラキラとした店内に、海の心は知らず知らずのうちに弾む。日本で暮らしていたときは父であった水郷藍こと、シアリス・シュタルムが慎ましい暮らしを望んでいたのであまり贅沢らしい贅沢をしてこなかった。もちろん、必要なときは父はなにも惜しまなかったし、海も父との生活にはなんの不満もなかった。それでも、年頃の女の子なので純粋にファッションに興味はある。
「いらっしゃいませ、エメライド様、アクアマリア様」
「ああ。今日はよろしく頼む」
店主であるマダム・ローズが二人を出迎える。他の従業員は一斉に頭を下げ、エメライドが手で「構わない」というジェスチャーをすれば、マダム・ローズは勢いよく手を叩いた。
「さぁさぁ、お嬢様のお着換えの時間よ!」
「アクアマリア、行っておいで」
「は、はい……!」
エメライドに背中を押されて海がマダム・ローズの元に行くと、彼女はぱっと笑顔を浮かべ試着室へ手を引いて行く。広い試着室の中で従業員の女性たちに外出用のドレスを脱がされ、下着姿になった海は少しそわそわとして体を隠すようにしてしまう。貴族ならば着替えにも使用人の手を使うが、海は日本の一般家庭育ちなので未だにこれには慣れていない。
マダム・ローズはドレスの用意をしながら海を見てにこにこと笑みを浮かべる。
「まぁまぁ、なんて可愛らしいお嬢様なんでしょう。先日オーダー頂いたこのドレス、きっとよくお似合いになるわぁ」
「そ、そんなことは……」
「あら、謙遜はいけないわ。艶やかなマリンブルーの髪、美しく光る琥珀色の瞳、この白い肌はメイクもよく映えるわね。さ、これを頼むわ」
「はい、マダム・ローズ」
マダム・ローズからドレスを受け取った従業員は手早く海に着せつけていく。以前、屋敷に来たマダム・ローズが海の体を採寸し、エメライドと意見を重ねて出来上がったオーダーメイドのドレスはぴたりと海の体に馴染む。ドレスを着たあとはメイクのためにドレッサーの前に案内される。
ヘアスタイルとメイクはマダム・ローズが担当するらしく、
「お嬢様の髪と瞳の色は前侯爵様と似ているわ。でも、目の形や顔立ちは奥様に似ているわね」
「母、にですか……?」
「ええ。アマリリス様はこの国の王妃様と並ぶくらいに美しい方だったの。この店を気に入ってくださって、よく来てくださっていたの」
「……私は、肖像画でしか見たことがなくて、よく知らないんです……」
海は母親というものを知らない。物心ついたときから父と二人きりだったしこちらの世界に帰ってきても、そこには本当の両親の姿はなかった。どことなく申し訳なさそうに俯く海の顎を持ち上げ、マダム・ローズと鏡越しに目が合う。
「アクアマリアお嬢様、あなたはとても愛されていたのよ」
「あい、されて……?」
「ええ。アマリリス様はご懐妊なされてもよくこの店に遊びに来てくださっていたの。そのときのアマリリス様はいつも幸せそうに笑っていたわ。お腹の中にいたお嬢様に優しく話しかけて、貴女が生まれてきてくれるのをとても楽しみにしていたわ」
「……そうなんです、ね……」
マダム・ローズの話を聞いて、海の胸の奥がほんのりと温かくなったような気がした。海は自分が生まれた日のことを聞いたとき、罪悪感が体の中に渦巻いていた。
自分が生まれなければ両親は死ななかったし、エメライドも海を探すために苦労なんてしなかったのではないのかと。だからこそ、こうして母をよく知る人物がそう言ってくれることにどことなく心が救われるような気がした。
「だからうんと綺麗にして、アマリリス様にもお見せしましょうね」
「はい、よろしくお願いします」
先ほどよりも頬に赤味が増した海にマダム・ローズは優しい笑みを浮かべた。
そして数時間後、試着室から出てきた海を見て控えていたはずの蒼が涙を流しながら拍手をしていた。それにエメライドは満足げに胸を張り、それを一歩下がったところでカークは引いた目線で見守っていた。どうやらこいつらは手遅れらしいと思いながら。
「素晴らしい……素晴らしい……ありがとうございます、ありがとうございます……」
「当然だ、この俺がアクアマリアのために一からデザインしたんだからな」
「な、なんだか恥ずかしいですね……」
兄と幼馴染の反応に恥ずかしながらも、海はくるりとその場で回って見せると、ドレスの裾がふわりと広がる。髪も結い上げられ、宝物のガラスのバレッタと一緒に大きな花の髪飾りを挿していた。
「父たちと同じ色のドレスだ。その花も母と同じ名前の花だ。よく似合う」
父たち、というのはジェイルとシアリスのことだろう。この二人は兄弟なのでもちろん同じ髪の色をしており、それは海のマリンブルーの髪によく馴染むジェイブルー。髪を彩る花も、海を守ってくれているようだった。
それを聞いて、海は嬉しそうに笑った。




