2章‐4
「ははははっ!!いいなぁ、お前。俺はカーク・シュミット。紺碧の騎士団、騎士団長をやってる」
「え」
「じゃ、それに着替えてから出てこい」
偉そうな態度だったのでそれなりの立場の人だとは思ったがまさかトップだとは思わず、蒼は思わず声を上げてしまった。
驚いて固まってしまった蒼にひとしきり笑ったカークは軽く言い残して部屋を出て行った。
「……まぁ……やることは変わんないし、いいか」
ずいぶんと煽るような態度をとってしまった気もするが、過ぎたことは仕方がない。気を取り直すようにベッドに置かれている服を手に取り見ると、それはシンプルな訓練服のようだった。
別に蒼は騎士になりたいわけではないが、海のそばにいるためなら何でもやるしかない。おそらくエメライドもそのつもりで自分をカークに任せたのだろうと思う。
着ている服を脱ぐとき、そういえば着の身着のままこちらの世界に来たのでTシャツとハーフパンツというなんともラフな恰好のままのことに気が付いた。
こんなにもラフな格好であんな豪華な屋敷にいたのかと少し恥ずかしく思いながら、蒼は訓練服に着替える。着替えている途中、ズボンのポケットに入れたままのスマホに気が付いた。
「あ、やべ、こっちの世界に持ってきてもよかったんだっけ……?」
電源ボタンを押して画面に明かりを点ける。電波はもちろん入らないので圏外で、待ち受けはインターハイのときにエメライドに撮ってもらった海とのツーショットだった。
つい最近の出来事のはずなのに遠い記憶のように感じる。あのころはまさか先生が異世界の住人だなんて思ってもいなかった。
写真フォルダを開いて、母との写真を眺めているとほんの少しの寂しさを覚えた。それでも、蒼は自分の選択に後悔はしていない。
「……っし」
息を吐いて気合を入れ直す。スマホの電源を落として脱いだ服の間に失くさないように入れておく。そのとき、蒼の目が一瞬霞んだ。
ぐらりと体が傾いてベッドに倒れ込んでしまいそうになり、慌てて足に力を入れる。咄嗟に踏ん張ったおかげで転倒は免れたが、鈍く痛む頭に顔をしかめる。
この世界に来てそれほど経っていないが、なぜか徐々に体の調子が悪くなっているような気がする。だが、蒼はなんでもないと言い聞かせながら鉛のように重い体を無理矢理動かす。
ようやく着替え終わった蒼が部屋の外に出ると、廊下の壁にもたれ掛かって待っていたカークと目が合う。
「お、似合うじゃないか」
「嬉しくない」
「ははっ!これが部屋の鍵だ。戸締りはしっかりな」
「どうも……」
カークから鍵を受け取り、蒼はしっかりと戸締りをする。金品は持ち合わせていないが、スマホだけは守らなければいけない。
鍵には長い革の紐がつけられていたので蒼はそれを首にかけて鍵を胸ポケットにしまう。
「よし、じゃあ行くか」
「はい」
支度のできた蒼を確認して、カークは歩きだす。その後ろをついて行きながら蒼はきょろきょろと周りを見回す。同じような扉が並んでいるのでここは寮のようなものなのだろうかと思った。
「ここは騎士の宿舎だ。一階には休憩室や食堂、事務室がある。二階からは居住区で上の階に行くほど階級が高くなる」
「カーク、さんもここに?」
「俺は屋敷の近くに家があるから宿舎には事務仕事に来るだけだ」
階段を下りて宿舎の説明をするカークに蒼が聞けば、彼は笑って首を横に振った。そしてその光景を他の騎士たちが見ていた。物珍しそうな視線や訝しむ視線、様々な感情を感じるが往々にしてそういうものは面倒なことを呼ぶことを蒼は知っている。
宿舎を出てしばらく歩くと、ひらけた広場のようなところに到着した。どうやらここは訓練場らしく、大勢の騎士たちが訓練をしており、蒼は興味深げにその光景を眺めていた。
「お~い、メイズ~」
「団長?この時間に来るの珍しいですね」
「ちょっと頼みがあってさぁ」
ひらひらとカークが手を振りながら誰かに声をかけた。階級ごとに騎士服も違うのだろう、カークを除けばこの場にいる人間で一番地位のありそうな人物だった。
メイズと呼ばれた男性はカークの言葉に嫌そうな顔をするが、抗議をしたところで無駄なのを分かっているので訓練場にいる騎士たちに声をかけた。
「集合!」
メイズのその一言でこの場にいた騎士たちは一斉に集まり、一糸乱れぬ動きで整列をした騎士たちに蒼はびくりと肩を揺らして少しだけカークの後ろに隠れた。
そんな蒼を前に押し出して、カークは蒼の肩に手を置いてにこりと笑った。
「今日から入団することになったアオイだ。俺の推薦だから、よろしく頼むな」
実に嫌な言い方だと、蒼と隣に並ぶ男性は顔を顰める。案の定、辺りはざわざわと困惑するような声が響く。
「それは、入団試験をせずに入団するということなのでしょうか」
一番前にいた一人の騎士が他の人たちの代弁をするようにカークに尋ねる。紺碧の騎士団には厳しい入団試験があり、この騎士団に入団すること自体が困難だというのに。
その苦労を分かっているはずなのに、カークは笑みを浮かべたまま楽しそうに頷いた。
「ああ、そうだ。俺はお前たちよりも見込みがあると思っている」
こいつ最低だな、と蒼は思った。こんなことを騎士団長に言われてしまえば、騎士たちの矜持が失われてしまうし面倒なことになるのは目に見えている。
「じゃあ、あとは好きにしな」
分かりきっていることなのに、カークは笑いながらメイズを引き連れて訓練場を離れて行った。完全に面白がっている。
一人取り残された蒼はどうしたものかと思う。きっと試されているのだろう。ここで生きていくために、海の隣に並ぶに相応しい強さを持っているかを確認するために。
気に入らないと思う。蒼を試そうとするカークの思惑も、蒼がどれだけ言ってもただのコネで入ってきたのだろうと侮っている目の前の騎士たちのことも。
蒼は昔のことを思い出す。高校に入るまでは、蒼の態度が気に入らないとスカしているのだと上級生たちに絡まれていた日々のことを。
「俺さぁ、自分より弱い奴に舐められるのだーーいっきらいなんだよね」
にこりと笑う。その笑顔に先ほど質問をした騎士がぴくりと眉を動かした。
「……なにが言いたい?」
「弱いくせにさぁ、俺を品定めするような気持ちわりぃ視線向けてんじゃねぇよ、カス」
「そうか、どうやらお前は訓練よりも前に死にたいようだな」
「へぇ、やってみろよ」
歯を剥きだして蒼は笑った。その笑みはいままで見てきたなによりも凶暴性が高く、蒼と対峙した男は背筋に冷や汗を流す。
それでもここで引くことなど騎士団の人間として許されない。紺碧の騎士団は弱い人間に優しくはない。
「できるもんならなァ!」
蒼の言葉と同時に、男は目の前が真っ暗になった。蒼の握りしめた拳が頬を殴りつけ、腕を振った遠心力で体を吹き飛ばす。
鈍い音を立てて地面に落ちる男は気絶して動かない。その光景を見て、騎士団の面々は驚いて足が縫いつけられたように動くことができない。
この男はいまいる騎士たちの中で一番腕の立つ男だったのに。対して蒼はその場に立ったままで視線だけをこちらに向けて、目を細めて笑った。
まるでお前たちは弱虫だと嘲笑うかのように。その笑みが引き金となり、そこからは大乱闘だった。
握りしめた拳を構える蒼に触発され、騎士たちが一斉に飛び掛かる。だが、蒼の拳は頬を殴り、足は腹を蹴り飛ばし、服を掴まれて動きを止められても裏拳で殴り迫ってくる拳を額で止める。
「オラッァ!そんなモンかよお前らはよォ!弱すぎて話になんねぇんだよ!」
「なんなんだこいつは……!」
一人、また一人と気絶させていく蒼に騎士たちは後ずさる。蒼の拳はとても強く、体捌きも一朝一夕で身につくようなものでもなかった。
そして、あまりにも頑丈だった。騎士たちは決して弱くない。素人の蒼に負けるはずもないのにどれだけ攻撃を当てても怯まない姿に恐怖を覚える。
額から流れる血が眉間を伝い口の中に流れ込んでくる。それを舐めとりながら蒼はますます笑みを深める。そのとき。
「……っ!」
蒼の目が霞んで前が見えなくなる。頭の中が白くなり思考回路が回らなくなっていく。体の震えが止まらず、胃の奥から吐き気がこみ上げる。
倒れる訳にはいかない。そう思えども体は言うことを聞かず、足に力が入らず膝をつく。どんどんと呼吸が浅くなり、意識が薄れていく。
「おい!アオイ!」
視界の端で慌てて走ってくるカークを見ながら蒼は地面に倒れ込んだ。
「エメライドを呼んでこい!いますぐにだ!」
「は、はい!」
突然倒れた蒼に驚いたカークだったが、蒼の様子を見てすぐさま近くにいた騎士に指示を出す。怒鳴るような声に飛び上がり屋敷の方に走って行く騎士を見てメイズも蒼の顔を覗き込む。
浅い呼吸、青白くなっている肌、異常な発汗、けいれんを起こしている体。その症状には覚えがあった。
「団長、これは……」
「ああ、魔素中毒だ。このままだと、アオイは死ぬ」




