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第三章 ご飯の誘い

「……黒崎くん?」


エレベーター前の壁にもたれたまま、黒崎は愛香を見つめていた。


腕を組んだ姿勢も、整った横顔もいつも通り。

けれどその静かな目だけが、どこか尖っている。


「ランチ、楽しかったですか」


「え、う、うん……?」


質問なのに、答えを試されている気がした。


エレベーターの到着音が鳴る。

扉が開いても、黒崎は動かない。


「黒崎くん、乗らないの?」


「次でいいです」


「なんで」


「今、愛香さんと二人で話したいので」


さらっと言われ、愛香の心臓が変な跳ね方をした。


社内の人が数人乗り込んで扉が閉まる。

ロビーには二人だけが残された。


「……どうしたの?」


黒崎は少し黙ってから、息をついた。


「さっきの人と、昔から仲良かったんですか」


「仲良いっていうか……兄の友達で、同じ団地に住んでて」


「連絡取り合ってた?」


「ううん、今日が十年以上ぶり」


「じゃあ、なんであんなに自然なんですか」


その言葉に、愛香は目を瞬かせた。


黒崎は普段、感情を表に出さない。

仕事も冷静、会話も穏やか。

そんな彼が、今は明らかに揺れていた。


「自然……だった?」


「すごく」


低い声だった。


「昔の続きみたいでした」


愛香の胸が、かすかに痛む。


自分では気づいていなかった。

けれど確かに、刈谷先輩といると変に構えなくて済む。昔からそうだった。


「……黒崎くん、もしかして」


「嫉妬してます」


間髪入れずに返ってきた。


「えっ」


「……って言ったら、困ります?」


顔は真面目なままなのに、耳だけ少し赤い。


愛香は言葉を失った。


「冗談です」


数秒後、黒崎はいつもの無表情に戻った。


「今の絶対冗談じゃないでしょ」


「証拠あります?」


「ずるい」


ようやく彼が少し笑って、空気が緩む。


「戻りましょう。午後、会議ありますよ」


「う、うん」


並んでエレベーターに乗る。

密室の静けさの中、愛香は自分の鼓動ばかり気になっていた。


---


その日の午後。


会議中も、メール返信中も、愛香の頭は落ち着かなかった。


刈谷先輩との再会。

黒崎の嫉妬。

なんだか急に、自分の周りだけ恋愛ドラマみたいになっている。


(いやいやいや、落ち着こう)


そう思った矢先、社内チャットが届く。


**黒崎:このあと17時、少し時間ありますか**


すぐ隣の席なのに、なぜチャット。


**愛香:ありますけど?**


数秒後。


**黒崎:コーヒー奢ります**


愛香は思わず笑った。


---


17時。

社内の休憩スペース。


黒崎は缶コーヒーとカフェラテを持って現れた。


「愛香さん甘いの好きですよね」


「覚えてるんだ」


「同期なので」


言い方はそっけないのに、ちゃんと覚えているところが彼らしい。


窓際の席に並んで座る。


夕方の街並みがオレンジ色に染まっていた。


「さっきは、ごめんなさい」


黒崎が先に口を開いた。


「ちょっと大人気なかったです」


「珍しかったね」


「自覚あります」


素直だ。


愛香はカフェラテをひと口飲みながら、横顔を見る。

整った鼻筋。長いまつ毛。仕事中はクールなのに、こうして二人きりだと少し不器用に見える。


「黒崎くんって、怒ることあるんだね」


「ありますよ」


「何に?」


「……大事にしたい人が、他の人に簡単に持っていかれそうな時とか」


一瞬、息が止まる。


「それって……」


「冗談です」


またそれだ。


「もう信用しない」


「学習しましたね」


彼は珍しく柔らかく笑った。


その笑顔に、愛香の胸がじんわり熱くなる。


黒崎くんって、こんな顔するんだ。


---


帰宅途中、スマホが震えた。


知らない番号からの着信。


「はい?」


『俺』


低い声に、心臓が跳ねる。


「……刈谷先輩?」


『番号、営業部の名刺から拾った』


「勝手すぎません!?」


『出ただろ』


「出ましたけど!」


電話越しに笑う気配。


『今週金曜、夜空いてる?』


「え?」


『飯行こう』


ストレートすぎて、頭が追いつかない。


『嫌なら断れ』


少しだけぶっきらぼうな声。

でもどこか様子をうかがっているのがわかった。


愛香は唇を噛む。


「……予定、確認して連絡します」


『了解』


そこで切れるかと思ったのに、数秒沈黙が続いた。


『愛香』


「はい?」


『今日、会えてよかった』


耳元で囁かれたみたいで、全身が熱くなる。


「……お、お疲れさまです!」


逃げるように通話を切った。


電車の窓に映る自分の顔が真っ赤だった。


---


翌朝。


出社すると、黒崎がすでに席にいた。


「おはようございます」


「お、おはよう」


「顔赤いですね」


「えっ」


「昨日、何かいいことありました?」


鋭すぎる。


「な、何もないよ!」


「ふうん」


黒崎はキーボードを打ちながら言った。


「じゃあ金曜の夜、空いてます?」


今度は愛香が固まる番だった。

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