ifルート★黒崎慧吾編 第十二章
穏やかな日々だった。
会社ではいつも通り働いて、帰り道に少し会って、休日は慧吾の部屋で映画を観たり、出かけたりする。
静かで、やさしくて、甘い毎日。
白石愛香は、こんな幸せが続くのだと思っていた。
——その連絡が来るまでは。
金曜の夕方。
スマートフォンに一通のメッセージが届く。
**久しぶり。明日、少し時間くれない?**
差出人:刈谷恒一
心臓がどくんと鳴る。
しばらく画面を見つめたあと、愛香は短く返した。
少しなら。
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翌日。
待ち合わせのカフェに着くと、刈谷はすでに席にいた。
窓際の席、アメリカンコーヒー。
ラフな私服姿でも、相変わらず目を引く。
「来たか」
「うん」
「ありがとな」
低い声に、懐かしさが混じる。
「元気そうじゃん」
「先輩も」
「まあな」
刈谷は一度笑ってから、すぐ真顔になった。
「単刀直入に言う」
空気が変わる。
「俺、おまえのこと本気で好きだわ」
呼吸が止まる。
「昔の思い出とかじゃなくて」
「今の白石愛香が好きだ」
まっすぐすぎる言葉だった。
「……先輩」
「返事はまだいい」
刈谷は首を振る。
「ただ、最後にちゃんと伝えたかった」
少し笑って続ける。
「おまえ、昔から鈍いし」
「失礼」
「事実だろ」
思わず笑うと、刈谷も少しだけ肩の力を抜いた。
「でも一個だけ聞かせろ」
「なに?」
「黒崎のこと、そんな好きか」
まっすぐすぎる質問。
愛香は視線を落とす。
浮かぶのは、慧吾の顔。
静かな目。ブラックコーヒー。
不器用な“かなり”。
余裕をなくす夜。
名前を呼ぶ声。
気づけば、自然に笑っていた。
「……うん」
それだけで十分だった。
刈谷は大きく息を吐いた。
「参った」
別れ際。
「幸せになれよ」
「……うん」
「黒崎泣かせたら、俺が回収する」
「なにそれ」
「保険」
最後まで、刈谷らしかった。
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その夜。
慧吾の部屋に入った瞬間、彼は気づいた。
「何かありましたか」
「え?」
「顔」
今日あったことをきちんと伝えようと、
愛香はソファに座り、小さく言った。
「今日、刈谷先輩に会ってきた」
空気が止まる。
慧吾は静かに向かいへ座った。
「……そうですか」
穏やかな声。
でも指先が強く組まれている。
「告白、された」
沈黙。
長い沈黙。
「……慧吾くん」
「はい」
「怒ってる?」
「怒ってません」
低い声だった。
「じゃあ、何考えてるの」
慧吾はゆっくり息を吐いた。
「もし」
顔を上げる。
「もし白石さんが、先輩を選ぶと言ったら」
その目は静かで、でも苦しそうだった。
「止められる自信がないです」
胸が締めつけられる。
愛香は立ち上がり、彼の前へ行く。
「ねえ」
「……はい」
「私、先輩に何て答えたと思う?」
慧吾は黙る。
愛香はその手を取った。
「慧吾くんが好きって言ったよ」
その瞬間。
慧吾の表情が崩れた。
張りつめていたものが、一気にほどける。
「……ずるいです」
「何が?」
「先に言ってください」
「今言ったじゃん」
「もっと早く」
珍しく拗ねている。
その顔を見て、愛香の胸がいっぱいになる。
(こんな顔、私にしか見せないんだ)
そう思った瞬間。
気づけば体が動いていた。
「慧吾くん」
「はい」
名前を呼んで、少し背伸びをする。
そして――
そっと、唇を重ねた。
一瞬。
完全に時間が止まった。
慧吾の体が固まる。
目がわずかに見開かれる。
触れただけの、短いキス。
離れようとしたその瞬間――
ぐっと腕を引かれた。
「……っ」
「……今の」
低く、かすれた声。
「反則です」
驚きと、信じられないという顔と。
そして、それ以上に。
あふれ出す感情。
次の瞬間。
強く抱き寄せられる。
さっきとは違う。
抑えていたものが一気にほどけた抱きしめ方。
「……無理です」
「え?」
「好きすぎます」
そのまま、もう一度唇が重なる。
今度は、さっきよりずっと深く。
逃がさないように、確かめるように。
静かな人のキスは、思ったよりずっと熱かった。
呼吸が混ざる。
指先に力がこもる。
愛香が彼の胸元をつかむと、
慧吾は小さく息を乱した。
「……やばい」
額を押しつけるようにして、つぶやく。
「今日、かなり余裕ないです」
「さっきも言ってたね」
「比べものになりません」
そのままもう一度、軽く触れるようにキスが落ちる。
さっきより少し優しく。
でも、離れがたい熱を残したまま。
愛香はそのまま抱きつく。
「でも私、慧吾くんのそういうとこ好きだよ」
完全に止まる。
「……今、何て」
「もう言わない」
「言ってください」
「やだ」
「お願いします」
必死な声に、思わず笑ってしまう。
元ヤンの先輩は、最後まで格好よかった。
でも。
愛香が選んだのは、
静かで、不器用で、
誰よりも深く、強く愛してくれる人だった。




