ifルート★黒崎慧吾編 第八章
キスをしてから三日。
白石愛香は、ずっと落ち着かなかった。
歯を磨いていても。
仕事をしていても。
電車に乗っていても。
ふいに思い出す。
展望デッキ。
夜風。
慧吾の手の温度。
唇のやわらかさ。
そして——
**「もう一回していいですか」**
(だめだ……思い出すだけで無理……)
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その一方で、黒崎慧吾も少し壊れていた。
会社で愛香と目が合うたび、平然を装うのに必死だった。
「黒崎くん」
森下千鶴が書類を置きながら言う。
「最近、顔に出てるよ」
「何がですか」
「幸せが」
「出てません」
「出てる」
佐々木望も横から頷く。
「ブラック飲んでるのに甘い顔してる」
「意味がわかりません」
「わかってる顔だよ、それ」
慧吾は無言でコーヒーを飲んだ。
耳だけ赤い。
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金曜の夜。
愛香のスマホにメッセージが届く。
**明日、迎えに行ってもいいですか。**
見るだけで頬が熱くなる。
**いいよ。**
数秒後。
**かなり嬉しいです。**
(かなり、便利だな……)
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土曜日。
家の前まで迎えに来た慧吾を見て、愛香は息をのんだ。
黒のジャケット。
白シャツ。
休日なのに隙がない。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「どうしました」
「格好いい」
言ってしまってから固まる。
慧吾も固まった。
数秒後、視線を逸らして咳払いする。
「……それ、外で言うのやめてください」
「なんで?」
「心臓に悪いです」
愛香は笑ってしまう。
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その日は少し遠くの雑貨街を歩いた。
アクセサリーを見たり、文房具を見たり、カフェに入ったり。
恋人らしい時間。
でも以前と違うのは、慧吾がやたら触れてくることだった。
人混みでは腰に手。
横断歩道では手をつなぐ。
店の棚を見る時は肩が触れる位置に立つ。
「……慧吾くん」
「なんですか」
「最近、近くない?」
「そうですか」
「そうだよ」
「彼氏なので」
真顔で返される。
ずるい。
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夕方。
駅まで送ってもらい、そのまま家の前まで来てもらった。
別れ際。
門の前で立ち止まる。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「楽しかった」
「俺もです」
なのに、どちらも動かない。
なんとなく離れがたい空気。
愛香が視線を上げると、慧吾がじっとこちらを見ていた。
「……どうしたの?」
「帰したくないです」
心臓が跳ねる。
「えっ」
「言うつもりなかったんですけど」
一歩近づく。
門の影で、二人だけの距離になる。
「今日、ずっと思ってました」
低い声。
「もっと一緒にいたいって」
愛香の呼吸が浅くなる。
「……私も」
その瞬間、慧吾の表情が揺れた。
「それ、言わないでください」
「なんで?」
「理性なくなります」
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次の瞬間、肩を引き寄せられる。
やさしいのに強い腕。
背中が門に触れる。
「慧吾くん……」
「少しだけ」
顔が近づく。
「キスしていいですか」
「……聞くんだ」
「大事なので」
「……うん」
唇が重なる。
前より深く、甘い。
触れるだけでは終わらず、何度も角度を変えて重ねられる。
愛香の指先が震える。
慧吾の手が背中をなぞり、さらに抱き寄せる。
「……っ」
離れた瞬間、愛香は息が上がっていた。
慧吾も珍しく呼吸が乱れている。
「……すみません」
「何が」
「止まれませんでした」
その声が少しかすれていて、またどきっとする。
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「ねえ」
愛香が勇気を出して、彼の袖を引く。
「もう一回……してほしい」
沈黙。
慧吾が固まる。
「……今、何て」
「聞こえてるでしょ」
「もう一回言ってください」
「やだ」
「お願いします」
その真面目さに笑ってしまう。
次の瞬間、慧吾が額に手を当てた。
「……だめだ」
「え?」
「可愛すぎて、だめです」
そして今度は、彼の方からさらに深く口づけてきた。
さっきまでより余裕がない。
指先が愛香の髪に触れ、首筋へ落ちる。
「……慧吾くん」
「はい」
「ちょっと危ない」
「知ってます」
「止まれる?」
少し間があいて。
「……努力します」
またその言い方で、愛香は笑ってしまう。
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ようやく離れたあと。
慧吾は額を愛香の肩に預けた。
「本当に帰したくない」
その声が弱くて、ずるい。
愛香はそっと背中に手を回す。
「また来週会えるよ」
「一週間長いです」
「子どもみたい」
「白石さん相手だとそうなります」
何度目かわからない台詞なのに、毎回胸に刺さる。
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家に入ったあと。
愛香のスマホが震える。
**さっきの、かなり反省してます。**
すぐに次の一通。
**でもかなり幸せでした。**
愛香はベッドに倒れ込み、顔を埋めた。
(この人、ほんとずるい……)
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彼女の家の前で、理性がなくなる。
でもその理性のなささえ、
愛されている証拠だと思えた。




