ifルート★黒崎慧吾編 第一章
黒崎くんルートは白石さん呼びの設定でスタートです!
白石愛香にとって、黒崎慧吾は「安心する人」だった。
入社初日、コピー機の前で操作がわからず固まっていたとき、何も言わず隣に立って設定を終わらせてくれた人。
パソコンがフリーズしたとき、誰よりも早く気づいて静かに直してくれた人。
忙しくて昼食を逃した日、机の上にそっとカフェラテを置いていった人。
「これ、糖分」
それだけ言って、自分はブラックコーヒーを持って去っていく。
黒崎はいつもそうだ。
多くを語らない。けれど、必要なことは必ずしてくれる。
最初は少し怖かった。
黒のジャケットに白いTシャツ。無駄のない服装。
整った黒髪のマッシュウルフに、感情をあまり表に出さない瞳。
何を考えているのかわからない人。
そう思っていた。
けれど、一緒に過ごすうちに気づく。
誰より周りを見ていること。
言葉にしないだけで、ちゃんと優しいこと。
その静けさが、いつの間にか心地よくなっていた。
---
土曜の昼。
駅前のカフェで待っていると、黒崎が時間ぴったりに現れた。
ネイビーのシャツに黒のパンツ。
シンプルなのに、体のラインがきれいに出ていて、妙に目を引く。
仕事のときより、少しだけ柔らかい。
「お待たせしました」
「待ってないよ、私も今来たとこ」
「それ、定型文ですか」
「違うよ!」
ほんのわずかに口元を緩める黒崎。
その変化を見つけられるのが、自分だけの特権みたいで、愛香は少しくすぐったくなる。
---
席に着き、愛香はカフェラテ、黒崎はブラックを頼む。
「ほんとにブラック好きだね」
「はい」
「苦くない?」
「慣れです」
「人生みたい」
「何がですか」
「最初苦いけど、あとから深いみたいな」
黒崎は一度視線を落としてから言った。
「……白石さんって、時々よくわからないこと言いますよね」
「ひどい!」
笑いながら返すと、黒崎もほんの少しだけ笑った。
そのやり取りが、心地いい。
---
ランチのあと、公園を歩く。
やわらかい風が吹いて、愛香のミディアムの髪がふわりと揺れる。
白い肌に光が落ちて、どこか透けるように見えた。
黒崎は、それを無意識に目で追っていた。
「白石さん」
「ん?」
「前から聞こうと思ってたんですけど」
「なに?」
「なんでいつもカフェラテなんですか」
予想外の質問に、愛香は笑う。
「甘いのと苦いの、両方あるから」
「なるほど」
「慧吾くんは?」
「ブラックですか」
「うん」
少しだけ考えて、黒崎は答える。
「余計な味がしないから」
その言葉が、彼らしいと思った。
無駄を削ぎ落としたような、まっすぐな答え。
「でも」
黒崎はそこで言葉を足す。
「最近は、少し違います」
「え?」
足を止める。
そして、まっすぐ愛香を見る。
黒い瞳の奥に、はっきりとした意思があった。
「……白石さんといる時間は、甘くてもいいと思ってます」
一瞬、意味がわからなかった。
遅れて、心臓が跳ねる。
「えっ」
黒崎の耳がわずかに赤い。
「言うつもり、なかったんですけど」
「慧吾くん……」
「森下先輩に、そろそろ動けって言われたので」
思わず笑ってしまう。
けれど胸の奥は、さっきまでと違う音を立てていた。
---
その時。
背後から低い声が落ちる。
「……へえ」
振り向くと、そこにいたのは刈谷恒一だった。
180センチの長身。
薄茶の髪はラフに流れていて、どこか色気がある。
シャツの襟元を少しだけ崩した着こなしが、無意識に視線を引く。
片手に持ったアメリカンコーヒーがやけに似合っていた。
「先輩!?」
愛香の声が弾む。
その反応を見て、刈谷の口元がわずかに緩む。
「偶然」
そう言いながら、その目はまっすぐ愛香を見ていた。
黒崎が一歩前に出る。
「こんにちは」
「よう、黒崎」
静かな応酬。
空気が一瞬で張り詰める。
---
「デート?」
刈谷が愛香を見る。
「ち、違っ……ランチです!」
慌てる愛香に対して、刈谷は信じていない顔をする。
黒崎が淡々と言う。
「その認識で問題ありません」
「えっ!?」
愛香だけが取り残される。
刈谷が小さく笑う。
「強気じゃん」
「学習しました」
「何を」
「待ってるだけじゃ、取られると」
その一言で、空気が変わる。
愛香の心臓が強く打つ。
---
刈谷はゆっくりとコーヒーを口に運び、愛香に視線を戻す。
「白石」
名前で呼ばれる。
それだけで、胸が揺れる。
「今度、俺とも飯行け」
「え?」
「公平にしろ」
「なにそれ……」
「選択肢は多い方がいいだろ」
あまりにも自然に踏み込んでくる。
黒崎がわずかに目を細める。
「ずいぶん自信ありますね」
「あるよ」
即答だった。
その余裕に、空気が揺れる。
---
やがて刈谷は「またな」とだけ言って去っていく。
去り際、愛香にだけ向けた笑み。
あの距離感。
ずるい。
---
静かになった公園で、愛香は息を吐いた。
「……なんなの今日」
黒崎は一度視線を外し、それから戻す。
「すみません」
「慧吾くんが謝ることじゃないよ」
「いえ」
少しだけ間を置いて、はっきりと言う。
「俺、負ける気ないので」
その声は、静かで。
でも確実に強かった。
「……慧吾くん」
「白石さん」
黒崎は一歩近づく。
「今度は、夜、二人で行きませんか」
その目はもう、“安心する人”ではなかった。
選びに来ている人の目だった。
---
愛香は気づいてしまった。
穏やかで、静かで、安心できると思っていたこの人が、
ちゃんと“恋をしに来ている”ことに。
そして自分の心も、
その熱に、少しずつ触れ始めていることに。




