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13/17

番外編 はじめて、先輩の部屋で

付き合い始めて一か月。

刈谷――恒一さんの家に行くのは、その日が初めてだった。


「……緊張してる?」


助手席でシートベルトを握りしめる愛香を見て、恒一さんが笑う。


「してない」


「してる顔」


「してないってば」


「耳まで赤い」


図星だった。


愛香は窓の外を向く。


その横で、恒一さんが楽しそうに喉の奥で笑った。


着いたのは、都内の落ち着いたマンションだった。


「きれい……」


「普通だろ」


「先輩の部屋ってもっと、散らかってるかと」


「俺をなんだと思ってんだ」


玄関を開けると、シンプルで整った空間が広がっていた。

黒とグレーを基調にした大人っぽい部屋。少しだけ、彼らしい無骨さもある。


「どうぞ」


そう言われて入った瞬間、急に実感が湧く。


好きな人の部屋。


二人きり。


心臓がうるさくてたまらない。


ソファに並んで座り、コーヒーを飲みながら映画を流した。

けれど内容はまったく入ってこない。


恒一さんの肩が近い。

脚が触れそう。

時々こちらを見る視線が熱い。


「愛香」


「……はい」


「さっきから映画、一回も見てねぇだろ」


「恒一さんこそ」


「見れるわけない」


低い声だった。

振り向いた瞬間、腕を引かれる。

そのまま膝の上に乗せられ、愛香は小さく息をのんだ。


「せ、先輩……!」


「先輩じゃねぇって」


「恒一さん……」


名前を呼ぶと、彼の目が揺れる。


「それ、ずるい」


腰を抱く腕に力がこもる。


キスは、いつもよりずっと深くて甘かった。

唇が触れるたび、身体の奥まで熱くなる。

首筋に口づけられると、思わず肩が震えた。


「……敏感すぎ」


耳元で囁かれ、さらに熱くなる。


「だって……」


「だって?」


意地悪く聞き返される。


「恒一さんが、するから……」


その答えに、彼はたまらなそうに目を閉じた。


「無理。可愛すぎる」


次の瞬間、抱き上げられる。


「えっ」


「静かにしろ。理性飛ぶ」


そのまま寝室へ連れて行かれ、ベッドにそっと下ろされた。


見下ろしてくる恒一さんの表情は、いつもよりずっと余裕がなかった。


「今ならまだ帰せる」


「帰らない」


即答すると、彼が苦く笑う。


「……ほんと、煽るの上手くなったな」


指先で頬を撫でられる。


それだけで胸がきゅっとなる。


「愛香」


「うん」


「大事にする。でも、止まれないかもしれねぇ」


真っ直ぐな声だった。


愛香は手を伸ばし、彼のシャツをつかむ。


「……私も、止めない」


数秒の沈黙のあと、恒一さんは深く息をついた。


「……もう無理」


再び重なったキスは、甘さの中に切迫した熱があった。


その夜。

愛香は何度も名前を呼ばれて、何度も抱きしめられた。

優しいのに、時々少し意地悪で。

余裕がないくせに、愛香の反応を見て嬉しそうに笑う。


「……すぐ顔に出る」


「恒一さんのせい……」


「俺のせいにすんな」


そう言いながら、誰より甘やかす。


愛香が恥ずかしさで顔を隠すと、手首を取られて指をほどかれた。


「隠すな」


「やだ……」


「ちゃんと見せろ」


少しSっぽい言い方なのに、目はどうしようもなく優しい。


「可愛いとこ、全部見たい」


そんなことを言われたら、勝てるわけがない。


夜更け。

すべてが落ち着いたあと、愛香は恒一さんの胸に頬を寄せていた。

規則正しい鼓動。

大きな手が髪を撫でる。


「……先輩」


「だからそれやめろ」


「じゃあ、恒一さん」


「ん?」


「さっき、余裕なさすぎて怖かった」


言うと、彼は声を立てて笑った。


「おまえ相手に余裕ある男いねぇだろ」


「なにそれ」


「可愛すぎるって意味」


腕の中に引き寄せられる。


「次から覚悟しとけ」


「えっ」


「もう遠慮しねぇから」


耳元で囁かれ、愛香は真っ赤になった。


「……いじわる」


「今さら気づいた?」


そう言って額にキスを落とす。


「でも、おまえ限定な」


その言葉が嬉しくて、愛香は彼の胸元に顔を埋めた。


外では静かに雨が降っていた。


けれど二人の部屋の中は、あたたかかった。

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