第二十六章 合意
話し合いは、夜に行われた。
玉座の間ではない。
応接室でもない。
回廊の角、
あの夜を何度も共有した場所だった。
灯りは、最低限。
影が、長く伸びている。
「期限まで、あと四日だ」
ヴェルタが言った。
「はい」
エイルは、壁にもたれたまま答える。
「......結論を出さなければならない」
「世界に、ですよね」
「そうだ」
短い沈黙。
夜の城は、相変わらず静かだ。
だが、その静けさは、
もう"空白"ではなかった。
「エイル」
「はい」
「お前は、どうしたい」
問いは、初めてだった。
命令でも、観察でもない。
選択を求める問い。
エイルは、すぐには答えなかった。
自分の足元を見る。
影が、二つ、重なっている。
「......俺は」
ゆっくり、言葉を選ぶ。
「勇者であることを、やめない」
「だが、戻らない」
ヴェルタの視線が、動く。
「矛盾している」
「分かってます」
エイルは、小さく笑った。
「でも、役割は場所を選ばない」
「世界を守るのは、
城の外にいなくても、できる」
「......理屈は、通る」
「はい」
「だからこそ、
誰も納得しないと思います」
ヴェルタは、否定しなかった。
「私もだ」
「ですよね」
エイルは、少しだけ息を吐く。
「だから、合意にしたいんです」
「合意?」
「誰も"選ばない"合意」
ヴェルタは、眉をひそめる。
「説明しろ」
「世界は、
俺を勇者として"回収"したい」
「あなたは、
俺を個人として"留めたい"」
「......近い」
「でも、どちらも通すと、
どちらかが壊れる」
ヴェルタは、黙って聞いていた。
「だから」
エイルは続ける。
「俺は、あなたの庇護下にいる」
「でも、所有されない」
「世界とは、直接、関係を持つ」
「......二重構造か」
「はい」
ヴェルタは、腕を組む。
「国家は、納得しない」
「させます」
即答だった。
「どうやって」
「俺が、勇者であることを、
引き受け続けるから」
「......具体性に欠ける」
「象徴になります」
「あなたの城にいる勇者として」
その言葉に、
ヴェルタの胸が、わずかに鳴った。
「危険だ」
「承知してます」
「それでも?」
「それでもです」
短い沈黙。
風が、回廊を抜ける。
「......私が、拒否したら」
ヴェルタが言った。
「そのときは」
エイルは、まっすぐに見返す。
「あなたの判断に従います」
それは、
委ねる言葉ではなかった。
信頼だった。
ヴェルタは、
視線を逸らした。
「......選ばせない、とは」
低く、呟く。
「世界にも」
「お前にも」
そして、
自分自身にも。
「......理解はできる」
ようやく、そう言った。
「賛同は」
一拍。
「......完全ではない」
エイルは、笑った。
「十分です」
「......合意、というのは」
ヴェルタは、言葉を探す。
「互いに、
相手の選択を縛らないことだ」
「はい」
「ならば」
ヴェルタは、ゆっくりと頷いた。
「私は、
お前をここに留める」
「だが、
外へ向かう意思は、奪わない」
エイルは、深く息を吸い、
吐いた。
「ありがとうございます」
「......礼は不要だ」
それは、
命令でも、保護でもない。
「合意だ」
言い切りだった。
二人の影が、
床の上で、少しだけ離れる。
だが、
消えはしない。
期限は、残り四日。
結論は、まだ出ていない。
それでも。
選ばないという選択だけは、
すでに共有されていた。




