第二十二章 選ばない勇者
剣を振る音が、一定の間隔で響いていた。
城の外れ、訓練用に設けられた小さな広場。
土は踏み固められ、無駄な装飾はない。
カイは、一人で剣を振っていた。
型は正確で、動きに迷いがない。
だが、息は少し荒れている。
「......休まないのか」
背後から声をかけると、
カイは驚いたように振り返った。
「エイルさん」
剣を下ろし、慌てて姿勢を正す。
「すみません、夢中になってて」
「無理はするな」
「はい」
素直な返事だった。
エイルは、少し離れた場所に立ち、
カイの動きを改めて観察する。
勇者として、十分だ。
技量も、覚悟も。
「......なあ、カイ」
「はい」
「もし、勇者に選ばれたら」
カイは、すぐに頷いた。
「やります」
即答だった。
「迷わないのか」
「迷います」
カイは、正直に言った。
「でも、逃げません」
その言葉に、
エイルは小さく息を吐いた。
「正しいな」
「正しいですか」
「ああ」
だからこそ、
胸の奥が、少しだけ苦しくなる。
「俺は」
エイルは、言葉を選んだ。
「選ばれたとき、
逃げることも、疑うことも、できなかった」
カイは、黙って聞いている。
「気づいたら、
勇者だった」
「......それは」
「悪いことじゃない」
エイルは首を振る。
「ただ」
一拍。
「俺は、勇者でいることを、
選んだわけじゃなかった」
カイは、しばらく考え込んだ。
「でも、エイルさんは」
「うん」
「たくさんの人を、助けた」
「結果的にはな」
「それでも」
カイは、まっすぐに言った。
「すごいことです」
エイルは、苦笑した。
「ありがとう」
沈黙が落ちる。
風が、剣の先を揺らす。
「カイ」
「はい」
「もし」
エイルは、視線を上げる。
「勇者にならない、という選択肢があったら」
カイは、すぐには答えなかった。
剣を見下ろし、
自分の手を見る。
「......怖いです」
正直な声だった。
「何が」
「何者でもなくなることが」
エイルは、頷いた。
「そうだな」
「でも」
カイは、顔を上げる。
「それでも、
選べるなら、考えます」
その言葉に、
エイルは少しだけ目を見開いた。
「どうして」
「役割は」
カイは、ゆっくりと言った。
「誰かに与えられるものです」
「でも、生き方は、自分で選ぶものだと思うから」
その答えは、
カイ自身のものだった。
エイルは、静かに笑った。
「......強いな」
「エイルさんほどじゃないです」
「違う」
エイルは首を振る。
「俺は、選ばなかった」
「カイは、選ぼうとしている」
それは、決定的な違いだった。
剣を振る音が、再び止まる。
「エイルさんは」
カイが、恐る恐る尋ねる。
「もう、勇者じゃないんですか」
エイルは、少し考えた。
「分からない」
正直な答えだった。
「でも」
続ける。
「少なくとも、
次は、選びたい」
何を。
どこで。
誰として。
まだ、決まっていない。
それでも――
「勇者じゃなくても、
俺は、俺でいたい」
その言葉は、
初めて、はっきりとした意思だった。
カイは、深く頷いた。
「......はい」
それ以上、言葉はいらなかった。
剣を鞘に収め、
二人は並んで城の方を見る。
高く、静かにそびえる魔王城。
あの場所には、
役割では測れない存在がいる。
エイルは、胸の奥で確信していた。
自分は、
選ばれる勇者ではなくなる。
だがそれは、
逃げではない。
自分で選ぶための、一歩だった。




