第十五章 好きの手前
朝は、何事もなかったように始まった。
「今日は、何が食べたい」
ヴェルタは、いつもと同じ声音で問いかけた。
だが、その問いはもう、純粋な観察ではなかった。
「なんでもいい、は駄目でしたよね」
「......そうだ」
少しの間があって、ヴェルタは視線を逸らす。
「パンと、スープと、肉があればいい」
エイルは、思わず笑った。
「最初の日と同じですね」
「記録していた」
即答だったが、
そのあと、小さく付け足す。
「......消す理由が、なかった」
二人分の朝食が並ぶ。
食堂の席は、もう一つも欠けていない。
城の中は、以前と変わらず静かだった。
けれど、その静けさは、広すぎるとは感じられなかった。
食後、回廊を歩く。
並んだ足音が、同じ間隔で響く。
行って、戻って、止まる。
それだけのことが、
なぜか、確かなものに思えた。
「ヴェルタ」
「何だ」
「俺、しばらくはここにいます」
ヴェルタの足が、ほんの一瞬だけ止まった。
「......それは」
理由を聞こうとして、やめる。
理由を聞けば、
それがいつか変わる可能性を、
認めてしまう気がしたからだ。
「分かった」
それだけ言って、また歩き出す。
命令でも、観察でもない。
ただの返事。
城の廊下は、相変わらず長い。
だが、以前ほど、距離を感じなかった。
ヴェルタは、自分の内側を探った。
名前を知っている感情。
期待。
焦り。
喪失感。
安心。
羞恥。
そして、それらのどれにも、きれいには当てはまらない何か。
それに名前をつけてしまえば、
もう、後戻りはできない気がした。
魔王でいられなくなる。
観察者でいられなくなる。
一人で、世界を見ていられなくなる。
だから、今は呼ばない。
呼ばなくても、
ここにあることは、もう分かっている。
同じ時間を歩くこと。
同じ食事をとること。
同じ夜を、同じ城で過ごすこと。
それだけで、十分だった。
回廊の角で、ヴェルタは足を止めた。
三百年間、この言葉を使わなかったわけではない。
記録に、何度か残っている。過去の勇者たちへ。城の規則を説明するとき。距離を示すとき。だが、今から言おうとしている言葉は、そのどれとも違う。
命令ではない。
確認でもない。
「飼いヒト」という言葉は、最初の日にエイルが眉をひそめた言葉だ。人間の語彙では、そうなる、と自分で言った。感情的な意味は含まない、と言った。
その言葉が、今、違う重さを持っている。
感情的な意味が、どこかに宿ってしまった。
それは恐ろしいことのはずだった。だが今、口にしようとすると、恐ろしくない。
ただ、少し、温かい。
エイルを見る。
見るな、と言うことは、もうしなかった。
「......我が飼いヒトよ」
自然に、その呼び方が出る。
「お前は――」
一拍。
言葉を選ぶ。
命令ではなく、
観察でもなく、
願いに近い形を。
「......どこへも、行かせない」
エイルは、少しだけ驚いてから、笑った。
「はい」
短い返事だった。
それで、十分だった。
ヴェルタは、胸の奥にある感情を、
そっと抱え直す。
名前は、まだ知らない。
知らなくていい、と今は思っている。
名前がつけば、それは共有できるものになる。共有できるということは、誰かのものにもなる。それは、今は嫌だった。
「ヴェルタ」
「何だ」
「今の、'どこへも行かせない'って」
「……何だ」
「命令ですか」
一拍の間。
「……違う」
「じゃあ、何ですか」
ヴェルタは、答えを探した。命令でも観察でもない言葉。感情から来た言葉。それを、何と呼ぶか。
「……願いだ」
声に出してから、少しだけ顔が上がる。言ったことを確かめるように、もう一度。
「……願い、だ」
エイルは、少しだけ笑った。
「分かりました」
それだけ言って、また歩き出した。
ヴェルタは、その背中を見た。
「願い」という言葉が、胸の中でまだ揺れていた。三百年生きて、初めて使った種類の言葉。合理でも論理でも命令でもない、ただ、そうあってほしいという気持ちの形。
思ったより、軽かった。
だが、失われないことは、もう知っている。
呼ばれないまま、
確かにそこにあるもの。
――それが、今の自分には、いちばん大切だった。
*間章 願いの重さ
願い、という言葉を使ったのは、初めてだった。
三百年間、「~を望む」という表現を使ったことは何度かある。均衡を望む。安定を望む。観察の継続を望む。それらはすべて、抽象的なものへの言葉だった。
だが今日の「願い」は、違う。相手がいる願いだった。
ヴェルタは、回廊の角に立ったまま、しばらく動けなかった。エイルの背中は、もう見えない。その足音も、もう聞こえない。
静かだ。だが、ほんの少し前まで二人分の足音が響いていた場所だ。今も、その残響のようなものが、石造りの廊下に染みている気がした。気がする、は誤差だ。そう分かっていても、今日は誤差として処理する気になれない。
我が飼いヒトよ。
その呼び方が、最初の日とは違う重さを持つようになっていた。最初に言ったとき、それは定義だった。観察対象を管理するための言葉。だが今日言ったとき、それは呼び名だった。誰かに対して、自分だけの呼び方を持つ。それが何を意味するのか、人間の書物で読んだことがある。だが今夜は、読み返したくなかった。読み返せば、答えが出てしまう。
答えは、まだ要らない。
名前のない感情のまま、今夜は持っていたかった。




