くそ!ヘルザースめ!いつか酷い目に合えばいいのに!
俺とトンナ用に作った寝室。その寝室に両足を折られて、動くことができなくなったドルアジと未だ意識を遮断され、身動きすることのできない小人症の女を床に転がす。
気は進まねえが、しょうがねえ。
『そうだ仕方ない。サッサと食え。』
お前に食わせてやりてえよ。
俺は女の体から生えている一本の血管を摘まんで、一滴だけその血を垂らす。掌で受け止め、その血を舐める。
「ご主人様…」
トンナが嫌そうな顔を向けるが仕方がない。ほら、俺も嫌そうな顔をしてるだろ?
血に続いて髪の毛だ。一本抜き取り、それを口に含んで呑み込む。魔獣の肉以来だよ。こんなに気持ち悪いと思ったのは。
「おい。起きろ。」
女を起こす。ボンヤリとした表情で女が体を起こし、俺の顔を見て、その表情を変える。逃げようとしたのか喋ろうとしたのか、女は動こうとして、その動きを俺に止められる。
「自前の霊子回路じゃあ、俺の精霊は支配できねぇだろ?大人しくしてろ。」
ベッドの端にトンナが座り、その膝上に俺が座らされる。
「お前の肉鎧とその肉鎧に設置されてた霊子金属、それにお前と肉鎧を繋いだ外科手術だな。誰がやった?誰が作った?」
女は黙ったまま俺を睨んでいる。喋らなくても、脳内で考えてくれるだけで、俺にはわかるんだけどね。
俺は溜息を一つ吐いて、トンナの膝上から下りる。女に近付き、その目の前に手鏡を構築する。
「あの肉鎧を着ていたのは、外見上のコンプレックスからか?」
女の顔が更に歪む。うん。図星みたいだ。
『それにしても、あんな肉鎧を着るか?』
侮辱されることよりも恐れられことを快感に感じたんじゃないか?
『成程な。侮蔑が支配にすり替わったか。』
「お前に肉鎧を着せた奴は、何か条件を出したのか?何か仕事を達成すれば、肉体改造してやるような。」
女の目が見開かれる。どうやら、そのようだ。脳内のマイクロマシンに教えて貰わなくても、この女、表情がコロコロ変わるから喋ってるも同じだ。ポーカーフェイスって言葉を知らないのか?
「俺がお前の肉体を改造してやる。」
言うが早いかやるのが早いか。俺は即座に女の体を粒子化し、損傷していた遺伝子を修復、そこから女の遺伝子を読み取り、傷の無い遺伝子であった場合の女の外見をシミュレート。そのシミュレート結果に従い、女の体を再構築してやる。
女は先程と同じポーズのまま、身長が百六十センチメートルにまで成長した姿で現れる。
その横で寝転がされているドルアジは両眼を大きく見開いている。
再構築された女は鏡に映っている自分の姿を見て、驚きの表情を浮かべる。モンゴロイドの女だ。年齢は十九歳と若い状態で再構築してやった。長い黒髪に大きな目が印象的な清楚な美人だった。
女を動けるようにして、俺は手鏡を女に渡す。トンナの膝上に座り直し、女への質問を再開する。
「お前の姿を元に戻すことは俺にとっちゃ朝飯前だ。俺の質問に答えなきゃ、元の姿に戻ってもらう。いいな?」
女が小刻みに首を縦に振る。
「お前に肉鎧を与えたのは誰だ?」
女は手鏡を膝上に下ろし、自分の頬を触っていた手も下ろす。そして、俯きながらボソリと呟いた。
「ク、クルタス…」
「お前がクルタスじゃなかったのか?」
女が首を振る。
「じゃあ、お前の本名は?」
「シャザル・カンデ。」
カンデ族か。
「あなた。正座しなさい。ご主人様の前で失礼だわ。」
トンナに突然言われて、シャザルが慌てて正座する。別に失礼じゃないんだけど、まあ、良いか。
「シャザル。お前の頭の中にあった霊子回路はクルタスが埋め込んだのか?」
シャザルが首を傾げる。本当にわからないみたいだ。
「聞き方を変えよう。お前は昔から魔法を使えたのか?」
シャザルが首を振る。
「クルタス様が、あの金剛鬼を作った時に使えるようになりました。」
「金剛鬼ってのは、あの肉鎧のことか?」
「はい。」
「奴隷達を洗脳したのは誰の仕業だ?」
「私です。クルタス様に練習しろと言われておりましたので。」
「練習?」
「はい。洗脳奴隷を大量に作らなければならないからだと仰っておられました。」
「お前とクルタスの関係は?主従か?」
「いえ、私はクルタス様の弟子です。」
弟子の割によく喋るな。信頼関係はゼロか。互いに利用し合う立場ってことか。
「洗脳奴隷を大量に作る理由は?」
シャザルが首を横に振る。
「教えてもらっていません。」
ふん。あとはどうやって…いや、どうして、俺を罠にかけたのかだ。
「俺がこの国に来ていることをどうして知った?」
ドルアジの方へ視線を走らせ、「ドルアジが奴隷を仕入れに来た時に。」と答える。
「罠を仕掛けていたな。あれは普段から仕掛けている罠か?」
シャザルがコクリと頷く。
「普段から仕掛けてあります。」
「俺に気付かれないように俺の精霊を奪ったな。この仕掛けも普段からか?」
俺に気付かせないように、俺からマイクロマシンを奪った手順は見事だった。普段から仕掛けていたのか、それとも俺専用に対策していたのか。俺専用に対策していたのなら、俺についての情報漏洩を疑わなければならない。
「あの仕掛けは、師匠が刻んでくれたもので、金剛鬼の霊子金属に走らせてある呪言です。弓矢の罠が発動したら精霊を気付かれぬように奪い、逃走、建物を起爆するように手順を教えてくれたのも師匠です。」
『通常運行ってことか。なんにしろクルタスって奴を捕まえねばな。』
うん。普段から用心深くて高度なマイクロマシン操作技術を持っている。是非にも会っておきたい人物だ。
「クルタスの所在は?」
シャザルが首を振る。
と、なれば、もう、用なしだな。
「話は変わるが、お前、人間を喰ってたってのは本当か?」
「はい。あの金剛鬼を維持するには人間を食べるのが最も効率的だったので。」
「何人喰った?」
シャザルが首を傾げる。
そりゃそうか。食事回数なんて覚えてる訳ないよな。
「若く再構築してやったが、お前の本当の年齢は?大体、六十歳くらいか?」
シャザルが頷きながら答える。
「七十二歳です。」
「何歳でクルタスと出会って、何歳から肉鎧、金剛鬼の中にいた?」
「八歳の頃にクルタス様と出会って、十四歳から金剛鬼の中で生活していました。」
五十六年間、人間を殺して喰ってたのか。安達ケ原の鬼婆そのまんまじゃねえか。
「わかった。これをやる。出て行け。」
俺は黒いローブを一枚と靴を一足作り、シャザルに放り投げる。シャザルは拾い上げたローブと靴を胸に抱えて、いそいそと部屋を出て行った。
「いいの?このまま帰しちゃって?人喰いよ?」
「うん。七十二歳の婆様だからな。もう良いよ。」
「えええええ。婆様でも駄目だよ。五十年以上も人を殺して喰ってたんだよ?」
俺はトンナの膝上から下りて窓辺から下を見る。
「見てな。」
トンナが俺の頭越しに窓から下を見る。
シャザルが靴を履き、ローブを身に纏って、嬉々とした足取りで、走り出すが、一、二歩でその足並みが乱れ始める。
腰が曲がり、歩幅が狭くなり、その歩行速度が急激に衰える。シャザルは自分の両手を見下ろして、叫び出す。
「畜生!!畜生おおおおおお!!騙しやがったなあああああ!!出てこい!!どこだああああ!!出て来いイイイイイイ!!」
狂ったように辺りに喚き散らす。シャザルは魔法が使えなくなっている。だから、この建物から一歩外に出れば、この建物を見つけることはできない。
「どうしたの?」
「年齢通りの体に戻ったのさ。」
「ああ。」
トンナが納得したように頷く。
「奴の体を再構築した時に霊子回路も抜いたからな。一年としない内に、誰にも看取られないまま死ぬさ。」
魔法使いから魔法を奪えば、そいつは糊口を凌ぐ術を失う。この世界では七十歳以上は長命の域だ。
一年もしない内に死ぬと言ったが、それはシャザル次第だ。厳しい世間でどうやって生きていくか。シャザルの選択によっては快適に過ごせるかもしれない。
奴隷の卸をしていたんだ。金は持ってるはずだ。
しかし、それも奪われるかもしれない。
今まで、周りの人間をどれだけ助けてきたか、どれだけ苦しめてきたか。これからは巡り巡ってシャザルが苦しむ番かもしれない。
俺とトンナは這いながら遠ざかるシャザルから視線を外し、ドルアジへと向ける。
真っ青だ。
トンナがおもむろに、仰向けのドルアジに頭側から近付き、頭の真横に足を踏み下ろす。
「ひっ!」
「俺達をシャザルの所に案内するのは織り込み済みだったんだな?」
トンナが爪先を上げてドルアジの右耳を踏みつける。
「ひいい。」
「ご主人様が聞いてるのよ?答えなさい。」
トンナの静かな口調って怖いのな。
「奴隷が捌けたんで仕入れに行ったんだ!そしたら!あんたを連れて来るように言われたんだ!でも、あんなことになるなんて!俺は知らなかったんだよ!ホントだ!」
「お前の左目、色んな物が入ってるな。」
ドルアジの残った右目の視線が俺の顔から逸れる。
「抉る?」
視線をブレさせないままトンナが俺に聞いてくるが、俺は即座に「いや。」と答える。
俺はドルアジの頭の上からその顔を覗き込む。
「俺は嘘を吐かれるのが嫌いだ。」
ドルアジの右目が目一杯に開かれている。
「嘘を吐かれると嫌がらせがしたくなる。」
ドルアジの目を見えなくしてやる。
「ひ!」
ドルアジの横隔膜を麻痺させる。
「おっがっ!」
「呼吸ができなくなったろう?いつでもどこでも、お前が何処にいようとも俺にはできるぞ。」
元通りにしてやるとドルアジは必死で浅い呼吸を繰り返す。
「お前はクルタスと会ったことはないのか?」
「な、ない。本当だ。俺が会ったことがあるのは、さっきの女が身に着けてた金剛鬼だけだ。」
俺は頷く。
「さて、どうしたものか…お前は俺のことを知り過ぎてしまったしな。お前の塒も酷い有様だし。」
立ち上がりながら呟くと、ドルアジが必死の形相で訴えてくる。
「あんたのことは誰にも喋らない!本当だ!下のモンにも厳命する!絶対に喋らせない!頼む!帰してっヒッ!」
トンナが爪先でドルアジの蟀谷を小突く。
「あなた。図々しいわ。あたし達を罠に誘い込んでおいて、なんの償いもなしで帰るつもり?」
「ど、どうすればいい?なんでもする!なんでもするから、帰してくれ!」
「じゃあ、足を斬り落とす?」
「…」
「なんでもするんでしょ?じゃあ、自分で自分の足を斬り落としてみせなさいよ。そうねぇ斬り落とすのは太腿からでいいわ。道具は…うん鋸ね。鋸を貸してあげる。」
ドルアジが情けない顔で俺の方へと視線を向ける。
「やっぱり嘘吐きね。その場限りの嘘を吐いて、帰れば、即、夜逃げってパターンだわ。」
トンナの奴、子供の喧嘩みたいなこと言い出したな。しかも、鋸って、そこだけ大人の思考だよ。ホントにひでえことを思いつくな。
まあ、脅しには十分か。
「ドルアジ。お前の頭の中には精霊がいる。俺の使役する精霊だ。その精霊は強力でな…」
ドルアジの顔が無表情だ。
俺はドルアジの両足だけ骨折を治してやる。
「例えばこんなことができる。」
俺の言葉が終わると同時にドルアジが起き上がり、躊躇なく窓へと歩いて行く。
「お、オイ!オイオイオイオイ!じょ、冗談だろ?オイ!やめろ!やめてくれ!!」
ドルアジが、やめろと叫びながら、自分の足で窓の縁に上り、上半身を外に傾ける。
「頼む!止めてくれ!やめてくれ!!」
片腕は骨折してるからな。このへんで勘弁してやるか。
ドルアジが尻餅をつきながら床に落ちる。
「ハア、ハアハアハア…」
汗塗れのドルアジの背後に立つと、肩を竦ませてこちらへ振り返る。あどけない笑顔で「な?わかったろ?」と、言ってやると、「へ、へへへ…」と、力なく笑いだしやがった。
あどけない笑顔を向けながら俺は更にダメ押しをする。
「娘がいるんだな。」
ドルアジの表情が再び固まる。
「ある朝、目覚めると、手には血塗れの包丁、その日を境に娘とは会えなくなるってことになってなきゃ良いな?」
ドルアジの目に怒りの色が生まれる。よし。
俺は右手で顔を、上からツルリと擦り、先程とは打って変わった陰惨な笑みを浮かべる。
「…一月後だ。一月後には、お前の手で娘は殺される。お前がその一月以内に死んだ場合は…ほう、息子だ。息子に殺させる。それを回避したいなら、洗脳された奴隷を一人残らず探し出せ。それができなければお前の娘は死ぬ。」
「む、娘は関係ない。」
「そうだ。関係ない。でも、俺の標的になったお前の娘だ。だから、盤上に上がってもらう。」
「き、貴様…」
「なんだ?」
「いつか…殺してやる。」
「安心しろ。俺よりも、お前よりも、先に、娘が死ぬ。」
ドルアジが俺を睨むが、俺は陰惨な笑みを浮かべたままだ。
先にドルアジが目を伏せ、不自由な片腕を庇いながら立ち上がる。
「待ってろ。必ず、洗脳された奴隷達を…一人残らず集めてやる。金を用意しとけ!」
よし、よし。やる気になったか。その調子で頑張ってくれ。とにかく、こいつの娘が死なないように俺のマイクロマシンで守ってやらないとな。
俺とトンナを残して、フラつきながらもしっかりと床を踏みしめながらドルアジが出て行く。
窓辺からドルアジの後姿を見送り、俺は溜息を一つ吐いた。
「疲れちゃった?」
「うん?大丈夫だよ。」
トンナの問い掛けに俺は笑顔で答える。
「良かった。何てったって今日は三回だからね。」
腰を振りながら、トンナが楽しそうにそんなことを言う。一気に疲れたよ。大丈夫なんて言わなきゃよかった。こっちは、そんなこと忘れてたよ。
くそっ!ヘルザースめ!いつか酷い目に合えばいいのに!




