魔法使いが悪いことをやりだしたけど、俺じゃないよ?
セドン・セリック・ブルーニ侯爵。
ハルディレン王国の執政貴族で行政院の第五席。ハルディレン王国の行政院には十八席までが用意されている。
その第五席なのだから、かなり高位の行政執行官だ。先代の国王に気に入られ、その孫を娶ることで侯爵になった男だ。
能力のほどは知らないが、現国王の執権政治となった今も行政院第五席なのだから能力も認められているのだろう。
やっと掴んだ侯爵の爵位だ。手放すのは嫌だろうから、神州トガナキノ連邦脱退推進派になるのは理解できる。
しかしブルーニ侯爵の場合は反神州トガナキノ国なのだ。
思想としては、トガナキノ国連邦に参画しながらも神州トガナキノ国に反する思想ということになる。
なにそれ?ってなるでしょ。
結局どういうことかと言うと、連邦に参画しているのは良いんだけれども、神州トガナキノ国の議会政治中枢に連邦国家の出身者がいないことが問題なんだと仰るわけだ。
大国主議会は連邦国家の運営方針を決定するが、その議会の長は必ず神州トガナキノ国の執政官が務める。そして、その議会長に大きな決定、否決権が認められている。神州トガナキノ国の支配から逃れるためには、連邦から脱退するか、神州トガナキノ国の議会政治に食い込み、大国主議会の規定法を改正し、大国主議会における議長の権限を弱めるか、議長を連邦国家内から選出できるようにしなければならない。
今までにも何人かの貴族が神州トガナキノ国に入国し、神州トガナキノ国の議会政治に食い込んできた。
食い込んできたけど、結果は変わらなかった。そりゃそうだ。禊を受けて、神州トガナキノ国で何年か過ごしてしまえば、現状を覆すことは連邦国家のためにならないと知ってしまうのだから。
連邦国家内であれば神州トガナキノ国への移住は簡単だ。
国籍を変える必要もない。ただ、禊を受けるだけだ。
連邦から脱退するのも自由だ。こちらからは一切手出しはしない。陸路を封鎖することもしないし、友好条約さえ結んでくれれば、貿易だってする。
でも、どの国も脱退はしない。
雷精魔道具による生活水準の向上、食料生産性の向上、インフラの向上、医療技術の向上と神州トガナキノ国からもたらされる恩恵は計り知れない。また、テレビをばら撒いたおかげで、神州トガナキノ国のサブカルチャーも大人気だ。
‘今日の王室’のお陰で王妃連中は大人気なんだよね。トンナは料理研究家の第一人者であり、その美貌と天然さから絶大なる人気を得ている。可愛い物好きのヒャクヤは連邦のファッションリーダーだし、アヌヤとユニットを組んで歌まで出してる。
アヌヤに至っては‘今日もバトってる?’というコーナーで、応募してきた視聴者と毎回、ガチの喧嘩、いや、失礼、言葉が悪かった。総合格闘技。総合格闘技戦をしてやがる。
‘今日の王室’はヘルザースのヒット番組…くそ!とにかく、その一番組だけじゃなく、俺は戦隊ヒーローものやロボットアニメそしてドラマなんかにも力を入れてる。と、言うのも子供の頃に勧善懲悪ものの物語に触れるのが最も手っ取り早く倫理観を育成できるのではないかと考えたからだ。
ただ難しいのは、悪を悪として断じる単純な物語にしないようスタッフには言い聞かせている。
『そりゃそうだ。悪を悪と断じる物語ばかりだと、お前は大犯罪者だからな。神州トガナキノ国の大きな矛盾になる。』
う、うるさい!そういうことを言ってるんじゃないの!
と、とにかく!そういったこともあって、『お前が大犯罪者ってこともあってか?』いやいや、俺が大犯罪者とかじゃなくてだね。もう、何が言いたいのかわからなくなっただろうが!
『戦隊ものとロボットアニメは子供の倫理観を育成することを目的にしてるんだろ?ドラマはどうなんだ?』
ああ、ドラマは女性層の獲得だな。恋愛を邪魔する貴族を描いたりして、貴族の仕来りって、くだらない、貴族ってなんで偉いの?っていう疑問を抱かせることを目的にしてる。
で、そういった番組のお陰で、トガナキノ連邦の国民の間では神州トガナキノ国王室は結構人気がある。うん。あくまでも一般市民からは。
逆に貴族連中からすれば支配制度が足元から崩れてくるので、大国主議会で文句が出る。もう、出るわ、出るわ。山盛りに出る。テレビ放映の検閲をさせろだの、番組の放映中止の申し立てだの沢山出る。
出るが、全て、議会長の「却下」の一言で終わりだ。
その結果としてブルーニ侯爵のような反神州トガナキノ国の貴族が生まれる。聞いた話だと、貴族の子息にも神州トガナキノ国の戦隊ヒーローものが好きな子が多いらしい。で、父親や母親に「私も将来は本国で暮らしたいのです。」などと言ってくるらしい。
実際、頭を抱えるわな。子供にそんなことを言われたら。
でもって、神州トガナキノ国の放送局には子供からのファンレターが多い。その中の一通にはこんなことが書かれてあった。
「私は貴族です。私は貴族に生まれてこなければよかったと思っていました。なぜなら、魔狩り戦隊オウデンスの敵役は貴族だからです。でも、今日のオウデンスを見て、貴族で良かったと思いました。私の大っ嫌いなローデルリン子爵が、昔はオウデンスの仲間で悪いヘルザンス伯爵によって洗脳されていたことがわかったからです。そのローデルリン子爵がオウデンスの仲間に戻って来て、凄く強くて、オウデンスのトーナルを助けたところが感動的でした。ローデルリン子爵にはこれからも頑張って欲しいと思います。私もいつかオウデンスの仲間になりたいです。」
はい。ブルーニ侯爵の娘さんからのお手紙でした。
着々と進んでるねぇ。連邦内の文化侵略が。
…
いや、ちょっと、ブルーニ子爵の気持ちもわからんでもない。実際、ウチの子供達がこんなことを言い出したら、やっぱり反神州トガナキノ国の旗頭になると思う。うん。
と、言うことで、トドネ達は二手に分かれたようだ。
イノウは正直にブルーニ子爵の邸宅に向かい、建物内捜査の許可を貰う。トドネとセザルは、直接、捜査対象となっている建物に向かった。まあ、時間の短縮だな。俺でもトドネと一緒に捜査に向かう。
『お前は大犯罪者だからな。法律は頭っから無視するだろ。』
もういいよ。大犯罪者で。
「どうやって、鍵を開けるのですか?」
捜査対象の建物の前。
その建物の裏口にトドネとセザルがいる。
鉄の閂がゴツイ錠前で閉鎖されている。その錠前を前にトドネがセザルに問い掛ける。
「解錠の魔法は高度なのです。セザルさんにはできるのですね?」
期待一杯の視線をトドネがセザルに向けてるが、セザルは「そんなことできる訳ないだろ。」と一言だ。
その言葉を受けてトドネが肩を落とす。セザルは胸の内ポケットをまさぐり、曲がった針金を取り出す。ピッキング道具だ。
「これで開けるんだよ。」
その道具を見たトドネが再び目を輝かせ「そんな物で鍵が開くのですか!」と大声を上げる。「こら。静かにしろ。」セザルに叱られ、慌てて両手で口を塞ぐ。「すみません。」と、小声でトドネが謝り、セザルが口角を曲げてニヒルに笑う。
指先に摘まんだ針金を器用に二、三度動かし、錠前の鍵を開ける。
「よし。そうっと入るんだぞ。窃盗犯の痕跡を消さないようにな。」
セザルがドアを静かに開けながら、トドネに囁きかける。トドネは口を抑えたまま、コクコクと頷いている。うん。可愛いぞ、トドネ。
「さて、精霊のざわめきが消えてなければいいが…」
精霊のざわめきとは、魔法を使った痕跡だ。
魔法を使えば、精霊を使ったことになる。精霊とはマイクロマシンのことで、そのマイクロマシンを使うということは、マイクロマシンにプログラム、命令を刻んだ霊子を走らせるということになる。霊子には個人特有の周波数、波長がある。
連邦内にバラ撒いてあるマイクロマシンは俺の周波数で支配されている。だから俺は呪言を詠唱しなくてもマイクロマシンを使用することができるが、他の者たちは呪言を詠唱しなくてはならない。
アクセスコードとパスワードを使って、俺以外の霊子がマイクロマシンに乗せられれば、その霊子の波長の違いが痕跡となって残るのだ。
「この壁、この壁が怪しいのです。」
倉庫方向の壁を調べて、解析検知器を片手に持っているトドネがこの壁が怪しいと言い出す。
「たしかに、この壁を壊せば倉庫に繋がるだろうが、どうして、この壁が怪しいと思う?」
セザルが壁を擦りながら、トドネに問い掛ける。
「これだけ、周囲の壁と見分けがつかないようにしていても、精霊の含有量が多いのです。」
そう言いながら、トドネがルーペ型の解析検知器をセザルに渡す。
壁にもマイクロマシンが含まれている。
「周囲の壁に比べて、明らかに精霊の数が多いです。」
ルーペを覗けば、赤く明示されたマイクロマシンが集中している箇所が見て取れる。人一人が通れるほどの大きさだ。
「陛下の支配下にある精霊は緑なのです。赤いマイクロマシンがあるということは陛下以外の人間が精霊を行使し、この壁を再構築したことになります。」
セザルがルーペを外しながら、壁から離れる。
「うん。間違いないな。しかし、肉眼では周りの壁との違いなんて分からないな。凄い再現度だ。」
その言葉にトドネが頷く。
「あたしの知ってる高等魔法使いが言っていたのです。ただ修理するだけなら、誰にでもできる。しかし、汚れ、混入している別の成分を寸分の狂いもなく再現するには、かなりの魔法力を必要とすると。」
この場合の魔法力とは演算能力だ。
全ての物は様々な異物を取り込んで構成されている。劣化すれば炭素を多く含んだり、酸化もする。分子の繋がりが弱くなったりもする。
古い物を新品にするのは、元素、もしくはそれに代わるマイクロマシンを補充してやればできる。
しかし、古い状態の物を古いままに同じように再現するのは難しい。各元素のマッピングが必要になってくるためだ。
だから、かなりの演算能力を必要とする。
「成程な。つまり、その高等魔法使いの言葉を借りれば、この壁を再現した者は、かなりの魔法力を有しているということか。」
セザルが壁の前で腕を組んで頷く。
「はい。でも矛盾するのです。」
「なにが?」
「これだけの魔法力を持っているということは、かなりの修練を積んだ魔法使いなのです。魔法使いには精霊回路があります。この精霊回路は本国の禊を受けていなくてもある程度の自己制御機能が働くはずなのです。」
トドネの言葉にセザルが頷く。
「そうだな。自己制御機能の働く精霊回路を持っていれば、魔法の修練を積めば積むほど自己制御機能も強くなって、犯罪抑制効果が上がる。が、…」
トドネがセザルの言葉を受けて続ける。
「この魔法使いには…自己制御が働いていないのです…」
二人が同じ様に表情を曇らせる。
強力な魔法使い。自制心の箍が外れた強力な魔法使いだ。脅威以外の何者でもない。
トドネが蒼褪めた顔で唇を震わせながら呟く。
「あ、あたしは…知っているのです…」
トドネの言葉にセザルがトドネの顔を見る。
「自己制御の働かない、いえ、そもそも、自己制御機能が備わっていない精霊回路を持っている超高等魔法使いを…」
え?!マジか?!
「なに?!」
そりゃそうだよ。驚くのも無理ねぇよ。十二歳のトドネが知ってるって、誰なんだ?
セザルの問い掛けにトドネが顔を上げる。
「陛下なのです…」
セザルがポカンだ。ついでに俺もポカンだ。
「お嬢ちゃんは、ちょっと天然だな。」
今度はトドネがポカンだ。
「なんで、雷精魔道具を自分で作れる陛下がその雷精魔道具をこんなに手間暇かけて盗む?自分で作った方が、よっぽど簡単だと思うぞ?」
トドネが頬を赤く染めて俯く。
「そ、そうだったのです…あたしが馬鹿だったのです…」
『しかし考えようによっては、言い得て妙だな。』
どういうことだ?
『トドネはトガリの魔法を身近で見てる。そのトドネが、トガリの仕業だと思うほど今回の魔法は高等だったということだ。』
ふむ。成程。
インディガンヌ王国でもそうだが、ハルディレン王国でもキナ臭くなってきやがったな。
「まあ、それぐらい、この魔法の手口は見事だったってことだな。つまり、容疑者は陛下と同じぐらいの魔法の才能を有している。そう思った方が良いのかもしれねぇな。」
「とにかく、お嬢ちゃん、解析検知器で、記録は取っとかないとな。局長にも報告しなきゃならないだろ?」
「は、はいなのです。」
トドネが慌てて、解析検知器の竜頭を摘まんで操作する。
「たしかに相手は陛下並みの超が付く高等魔法使いかもしれんな。」
セザルの呟きにトドネの動きが止まり、セザルの方へと視線を移す。
「誰も使っていない建物、埃の溜まった床には、俺達の足跡だけ。陛下のように瞬間移動ができる相手かもしれん。まあ、普通に考えれば空間浮遊が妥当だが…そうだな。瞬間移動は無いな、瞬間移動なら、直接、倉庫にジャンプだからな。」
セザルが自分たちの入って来た出入口に近付く。
「あまり、開け閉めされた形跡もない。ドアをすり抜けたか、やはり分解してからの再構築か…」
「わかりました。ドアの方の記録も残します。」
そう言って、トドネは解析検知器を壁に向けて記録を保存する。
「やれやれ。厄介なことになってきやがった。」
セザルがそう呟き、大袈裟に肩を竦めた。




