トンナと二人
最後の連邦国家大国主議会についての説明は次話に回しました。
俺とトンナは、民間用の航空機に乗って、元はユーラシア大陸と呼ばれていた大陸を目指す。
この世界のユーラシア大陸は、アグネシア大陸、グランカジア大陸、トルネシアン大陸、コノンルジア大陸の四つに分断されている。
クレーターのような跡が残る海岸線から察するに、過去の大戦の末に大陸が四つに分断されたのだろう。
一部、細い橋のように繋がっている部分もあるが、その部分も潮の干満によって、現れたり、沈んだりするそうだ。
俺達は四つの大陸の内、元はネパールのあった付近に向かっている。この世界では、コノンルジア大陸と呼ばれる大陸だ。
カスピ海を起点として、元中国の南側部分が切り取られたように大陸を形成しており、亜熱帯気候を維持している。
その中央に位置するインディガンヌ王国の王都、インディーラヌカが俺達の目的地だ。
当然、俺のマイクロマシンは、ここまでは到達していない。国交そのものは樹立しているが、神州トガナキノ国でも、あまり、知られていない国だ。
何故、この国を目指しているのかと問われれば、トンナの希望だ。
トンナは、二人っきりで。ゆっくりと。存分に。満足したいらしい。何に満足したいのかはわからんが、とにかく、俺は死を覚悟する必要があるだろう。
で、俺達は、俺達のことをあまり知らない国に行って、身分と素性を隠して、存分に楽しむらしい。いや、多分、俺は楽しめないどころか、三途の川でバケーションだろうけどさ。
だから、政務艦ではなく、民間の航空艦に乗っていくしかない。
民間とは言うものの、この航空会社は半官半民だ。経営そのものは民間だが、経営監査にトガナキノの行政院が入る。経営と言っても大したものではない。現代日本のように莫大な需要があったり、利益を叩き出すものでもない。
トガナキノの航空会社は三社あり、二社は連邦内の路線で、一社が、俺達が乗っている連邦外の路線だ。
連邦外路線の利用客は、トガナキノの国民が大部分を占めており、他国の人間は、政治関係者と王族くらいのものだ。なんせ、トガナキノに入国するには、禊を受けてもらう必要があるので、連邦外から地上の連邦内に入ってくる人間はいても、連邦外からトガナキノに入ってくる人間は自然といなくなる。つまり、トガナキノから連邦外に出て行く路線の航空機にはトガナキノの人間しかいないということになる。
基本的にトガナキノから連邦外へ出て行こうとする酔狂な人間は俺達ぐらいのもので、この航空艦の本来の目的は物資の輸送だ。
航空艦のほとんどが物資の輸送が目的で、その輸送艦に僅かばかりの客席が用意されており、輸送艦に間借りするような形で、客が乗っている。
だから、キャビンアテンダントもいない。したがって、民間の航空艦を使うと、シークレットサービスが異常に目立つ。
俺達と同じ航空艦に乗ろうとした衛兵五人。ちゃんと変装していたんだけど、トイレに連れ込まれて、意識を飛ばされていた。
ん?
勿論、トンナだよ?俺はそんなことしないから。
で、俺とトンナの貸し切り状態で、この航空艦は飛んでいるんだけど、トンナが、「変装しておこうよ。」と、言い出した。
俺も「そうだな。」と答えて、身長百九十センチメートルを超える、金髪碧眼のトロノア・セアリへと変わる。
トンナは、身長はそのままで、金髪から黒髪へ、瞳の色は青からブラウンへと変える。
「トガリ、トロノアの格好じゃなくっちゃダメ?」
トンナが、首を傾げながら、俺に聞いてくる。
「いや、別のパターンでも良いけど?どうして?」
「だって、トガリと二人っきりなのに、これじゃあ、誰と旅行に行ってるのか、意味がないような気がして…」
確かにそう言われれば、その通りだが。じゃあ、どうする?トンナの理屈じゃ変装なんてできないぞ?
「だから、一〇歳の頃のトガリに戻らない?」
成程、俺の身長を変えるだけで、外見上はかなり変わる。今の身長は百八十センチメートルだが、一〇歳の頃の身長は百二十センチメートルに届かなかった。
「じゃあ、そうしようか。」
と、いうことで、俺は一〇歳の頃の外見に戻り、服装のサイズを調整する。
「これで、あたし達が誰かって、わかんないね。」
肩を揺すっているトンナの声が跳ねる。
「それとね、トガリにお願いがあるんだ。」
まさか、ここで、俺を蹂躙しようって訳じゃあるまいな…
「あのね、あたしへの命令を一つ解除して欲しいんだけど。ダメ?」
なんだ、そんなことか、一瞬、マジで航空艦の外へ逃げようかと思っちまったぜ。
「いいけど?そんな命令してたっけ?」
「うん。トガ…名前の呼び方とか、あったじゃない?」
ああ、そう言えば、トガリン禁止と下僕として振舞うことは禁止してたっけな。
「その、下僕として振舞うのを禁止ってのを解除して欲しいんだ。」
「ええ?だって、今は、俺の奥さんなんだから、禁止したままで良いんじゃない?」
トンナが眉を顰める。
「でもね。最近、悪いなあって思ってるんだ。子供の世話とか。アヌヤとヒャクヤは何とも思ってないかもしれないけど、あたしは、やっぱり、トガリが一番だから、だから、この機会に、一杯、トガリにサービスしたいと思ったの。」
「え?じゃあ、この旅行ではエッチなしだな?」
俺は嬉々として聞き返したのだが、トンナの表情が絶望的な物に変わる。
「…トガリがそうしたいなら…我慢する…」
「う、うん、わかった、じゃあ、エッチは一日、一回ってことで。」
トンナの顔が途端に笑顔になる。
そういう訳で、下僕として振舞うことを許可する。
でも、許可しなくてもサービスできると思うんだが、一体、何がしたいんだ?
「ありがとう。じゃあ、今日から一週間はご主人様って呼ぶね。」
「え?呼び方まで変えるの?」
「うん。下僕なんだから、ご主人様って呼ぶのが普通でしょ?ね?ご主人様ったら、ご主人様。」
俺のことをご主人様と呼びながら、腕にしがみ付いてくる。
ああ、そうか、俺のことを名前じゃなくて、ご主人様って呼びたかったのか。
トンナが俺を膝の上に乗せる。
「ああん。久しぶりいい。この感覚っていうか、この感じ。」
あれ?十六歳にもなって、再び、ぬいぐるみっすか?
中身は五十一歳のオッサンなんですが?これって、結局、俺がトンナにサービスしてるんじゃね?俺へのサービスはどこ?探しても見当たらないんですが?
空港から出て周りを見渡す。
なんにもない。
いや、あるよ。うん。亜熱帯性の植物が密生してる、いわゆるジャングルってやつが。
それから暑い。
湿度が九十八パーセントもある。
「インディガンヌ王国って結構暑いんだね?」
え?知らずに選んだの?
「トンナが選んだんだろ?」
「うん。トガナキノ国とあんまり付き合いの無いとこってヘルザースに頼んだら、リストをくれたの。」
トンナの言葉に頷く。
「そしたら、なんか、沢山、書いてあったから此処で良いやって決めたの。」
うん。全然、考えないで決めたんだ。
足元に視線を落とす。
轍の刻まれた地道がずっと続いている。もう一度、周りを見渡す。
うん。亜熱帯特有の密林しか見えない。
馬車とかは無い。
人もいない。
「足がないから、一旦、空港に戻ろうか?」
「え?いいじゃない。歩いて行こうよ。」
え?
「王都まで五十キロぐらいあるよ?」
「うん。久しぶりだね。歩いて旅するって。」
うん。六年前の旅もあんまり歩いてないけど?
「俺達の旅って馬車か俺の瞬間移動がほとんどだったろ?」
「そうだっけ?」
そう言いながらトンナが俺を肩に担いで歩き出す。
やっぱりトンナは俺の話を聞いてくれない。
下僕として振舞うって言ってたよな?
「ご主人様。」
トンナのお陰で視点が高くなり俺は普段見れない視点からの風景を楽しむ。
「ご主人様?」
あ、俺のことか。
「なに?」
トンナが良い笑顔を見せる。
「出会った頃を思い出すね。」
「ああ。そうだな。」
「でも二人きりって初めてだね?」
「ああ。そう言えばそうだな。」
トンナと初めて会った時はオルラとの二人旅だった。その後アヌヤとヒャクヤと出会い、それから、ずっと一緒に暮らしてる。
案外、いいかもしれないな、二人きりってのも。
「ふふ。」
トンナが意味もなく笑う。
「どうした?」
「ううん。アヌヤとヒャクヤは、今頃、キーッキーッ言ってるだろうなあと思って。」
「そうかあ?案外、大人しくしてんるんじゃねえか?」
「ふふ、かもね。」
俺はマイクロマシンを使って周囲の空気から水分を飛ばす。
「あれ?涼しくなった?」
「ああ、精霊で湿気を消去したんだ。風もおこしてやろうか?」
「ううん。いいよ。ご主人様を働かしちゃ下僕失格だもん。」
「そうか。」
インディーラヌカ王国は現代日本で言うところの東南アジアだ。気候調節を司るAナンバーのお陰で、亜熱帯特有の気候が再現、維持されている。
トガナキノ国と国交を結んでいるが、王族同士、政治的な交流は頻繁には行われていない。貿易関係はそうでもないが、俺もあまり興味を持ったことがなかった。
人口は約百四十万人、カルザン帝国の帝都より少ない小国だ。周辺国家と仲が良く、北方のテナード王国に対抗するため同盟を結んでいる。
トガナキノ国であまり知られていない国に来て、トンナと二人で旅をする。周りは俺達のことを知らない人間ばかりだろう。
三台ほどの馬車が横並びで走ることができそうな道が真直ぐに伸びている。
毒々しいまでに緑の密林が空を侵食するように伸びている。
緑の香が強い。
緑に侵される空を仰ぎ見る。
空は青く、どこまでも続いてる。地上から伸びる緑が侵そうとも空はどこまでも続いている。
俺達の国は、どこにでも行ける。国同士の柵に縛られることもなく自由にどこにでも行くことができる。
広い空で俺達の国を縛るものはない。
「そうだな。のんびり歩いて行くのも悪くないな。」
「そうだよ。悪くないよ。時間はたっぷりあるんだから。」
思わず笑う。
「うん。一週間限定だけどな。」
「大丈夫。その気になれば帰らなくっても良いよ。」
俺はトンナの顔を見下ろす。
トンナは俺の顔を見上げていた。
「放浪癖のある王様と王妃様か?」
「ううん。勝手気ままな王様とその下僕よ。」
トンナと二人、顔を見合わせながら笑った。
俺達がインディーラヌカの密林で野宿して、やっと、王都に着くかという頃、トドネが地上へと降り立った。
本日の投稿はここまでとさせていただきます。お読み頂き、ありがとうございました。




