少女が旅立ちを決意し、俺は地獄の始まりを見る
三日間。
とにかく、カンヅメになって、現在で四日目の朝を迎えたところだ。
ヘルザースは俺の隣で、他愛もない雑談を繰り返し、時折、うつらうつらと居眠りしてやがった。腹が立ったので、額に‘肉’と書いてやったが、メイドがそれを見て、爆笑したため、バレて怒られた。
俺は国王の執務机で、必死の書類作業だ。
この三日間というもの、一睡もさせてもらってない。その隣で、ヘルザースは居眠りしてやがるんだから、どういうことだよ?
俺は国王で、ヘルザースよりも上の立場の人間なのに、ヘルザースの部下ってどういう機構改革?なんなのこれ?
国王執務室の前室の反対側に設けられた奥の部屋。その奥の間には台所、トイレ、浴室、そしてメイド三人の仮眠室が設けられ、俺とヘルザースの世話は滞りなく行われてる。
今も、メイドが用意した朝食をヘルザースと二人で食べ終わり、溜った書類に早く目を通せと、ヘルザースにせっ突かれたところだった。そこへ、イチイハラから訪いが告げられる。
『トンナちゃんが、トガリを探してるよ?』
俺の中にいるイチイハラとトンナは魂で繋がってる。だから、声が聞こえなくても、トンナはイチイハラと会話が出来る。
俺はヘルザースに向き直り、「ヘルザース。俺がカンヅメになってることはトンナ達には、なんて説明したんだ?」と詰問する。
「陛下との二人っきりでのご旅行を、一週間、確約いたしましたので、トンナ様もご納得済みでございます。」
ヘルザースがシレッと答える。
「ふ、二人っきりで一週間?」
「はい。トロヤリ殿下とサクヤ殿下、それに先日お生まれになったトクサヤ殿下におかれましては、オルラ様とトネリ様がお世話いたしますので、ご安心を。ですから、陛下におかれましては、存分に、目ぇ一杯、お働きなっても大丈夫でございます。」
こいつ、俺を殺す気なんじゃないか?目一杯働いた後に、トンナに目一杯、蹂躙されろってのか? トンナに殺られる前に殺ってやろうか?
「トンナ様も四人目のお子様を楽しみになさっておいででございましたぞ。お羨ましい限りでございますな。」
ちょっと待て。
「ヘルザース、まさかとは思うが、トンナ以外の三人にも何か約束してるのか?」
ヘルザースがキョトンとしてる。
ナニヲイッテルンデスカ?アタリマエデスヨって顔で俺を見詰めてる。
「当然でございます。アヌヤ様、ヒャクヤ様、コルナ様、皆さん、トンナ様と同じ条件で、ご納得されております。」
一気に血の気が引いて行く。
「おっ」
こいつは獣人の底無しの体力を知らねえのか?
「おっお前は」
書類仕事で徹夜を続けて、トンナたち四人をそれぞれ一週間ごとに相手しろだと?
「お前は、お、俺を…」
全部で四週間も、あの獣人共に蹂躙されろってのか?あいつらにとっちゃ、昼も夜も関係なしなんだぞ?二人っきりになった途端に襲って来るんだぞ?四週間も襲われっぱなしだと?
「腎虚で殺す気か…?」
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは。」
俺は、割かしマジで言ったのだが、この野郎は笑ってスルーしやがった。
『一週間ぶっ続けってのはねぇ。』
流石のクシナハラだってそう思うよな?
『うん。間にあのメイドさん達を挟んでくれなくっちゃねぇ。』
…
こいつダメだ。お前は、もうずっと黙ってろ。
トンナたち獣人の出生率は低い。しかし俺との間ではポンポン子供を作っている。これは、獣人の遺伝子プログラムの所為だ。
獣人はバイオロジカル兵器であるとともに人口調整の役割も持っている。この場合の人口調整とは、予定以上に減りすぎた人口を回復させるための調整だ。
獣人の卵子は獣人の精子を受精することが少ない。
遺伝子パターンの少ない獣人同士で子供を作ると遺伝子異常の獣人ができることが多く、そのことを避けるための処置だ。しかし、それでも子供は生まれてくる。種族保存のシステムが働くからだ。そんな中、遺伝子に異常を持った獣人も少なからず存在する。
霊子回路、獣人の場合は霊子回路の劣化型だから精霊回路に該当するが、その精霊回路に異常を持った者が、時折、生まれてくる。
精霊回路は自己制御の役割も持っているのに、その精霊回路が異常であった場合、獣人は、兵器としての特性をいかんなく発揮した狂戦士となる。
セディナラの父親がそうだ。
トネリの今の夫、セディナラの父親はウルフノイドだった。その父親は、殺戮兵器と化し、見境なく女性を襲った。人間の女性もその対象だった。そして、生まれたのがセディナラだ。
獣人と人間の間では子供ができやすい。
獣人の遺伝子がそのようにプログラムされているからだ。コルナの昔の夫も人間だったそうだ。だから、コルナは、人間の前々夫と前々前夫との間に二人の子供をもうけている。大変だったろうな…人間にとっては獣人とのエッチは死と隣り合わせだからな。
コルナで驚いたのは、コルナはバツ四だった。
最初の夫は同じヒラギ族の獣人だったのだが、子供を授からなかったのと密偵として働き出したため、離婚したとのことだった。
女性の密偵の仕事ってエッチが絡んでくるからなぁ。
で、密偵として働き出して、その潜入先で人間と二度結婚し、それぞれの夫との間に一児ずつで、計二児を授かったとのことだ。それからコルナは最初の夫と再び結婚して、やっと、テルナドを授かったのだそうだ。
でも、その後、獣人の旦那が、コルナに腎虚にされて逃げ出したのはテルナドには内緒らしい。
コルナ曰く、「人間とは思いっきりできないからな。その所為で、フラストレーションが溜まっていたのだ。」ということらしい。ついでに言うと「その点、主は最高だ。私が思いっきり抱締めても死ぬようなことはないからな。」と、のたまってた…死にかけてるけどね。
とにかく、トンナ、アヌヤ、ヒャクヤの三人が簡単に子供を授かっているのは、そういう理由だ。だから、トンナ達は、俺に夜の営みを強要する。トンナは「幾らでも産む!目指せ三桁!」と宣言してた。勿論、一人でそんなに産める訳がない。
そう、トンナが、アヌヤとヒャクヤに発破をかけてたんだよ。
トンナにそう言われて、アヌヤとヒャクヤも声を揃えて「おおおおおー!!」って拳を突き上げてた。
‘子供産むぞの会’か何か?子供産むぞデモか?デモ行進するのか、お前らは?
『そんなことより、トンナちゃんが俺達を探してるんだよ?ヘルザースの話だとおかしいじゃない?』
そうだ。そうだった。おかしいな。さっきの条件なら、トンナ達は大人しく待ってるはずだ。
今は壁になっているが、前室の扉の位置で、ノックがされる。
「どなたですかな?」
ヘルザースが訪いに対して応える。
「私だ。コルナだ。問題が起きた。旦那様とヘルザース。お前にも聞きたいことがある。すぐにここを開けろ。」
イデアとどんな話をしたのか知らないが、扉が元通りに再構築され、コルナを筆頭にトンナ、アヌヤ、ヒャクヤの四人が、連れ立って部屋へと乗り込んで来る。
コルナの殺気立った表情が異様に目立つ。
そして、その殺気を纏ったままに俺の机の上に一枚の紙を叩きつける。
「貴様ら、これはどういうことだ?」
コルナは静かに話しているが、その殺気は隠されていない。
俺は何のことかわからずに、ヘルザースと共にその紙を覗き込む。
「連邦特別捜査官任命書?」
紙に書かれた表題をそのまま読む。
顔を上げ、コルナ達の方に向ける。
「これがどうした?」
「どうしたもこうしたもあるか!これが、今朝、私の机の上に置かれていたんだ!!外事警察総監の私の机の上にだ!!」
コルナのあまりの剣幕に、俺は、もう一度、その紙に視線を落とす。
「連邦特別捜査官任命書…おっ日付は今日だな。今日付で連邦特別捜査官か、で、以下の者を連邦特別捜査官に任命する。と、で、…サラシナ、え?サラシナ、え?なに?…ト、トドネ・ゴルタス…」
え?
ええ?
えええ?
あれ?
俺のサインと国王の印章まで押されてますけど?
俺どころか、ヘルザース、ローデル、ズヌークのサインと各執政官の印章まで押されてますけど?
え?なんで?
何が?え?どうして?
『スタンプラリーの紙に書き足したのか…』
なんで?なんでそんなことするの?え?
俺は紙とヘルザースとコルナ達の顔を見回した。
コルナは怒ってるし、トンナは困り顔だ。アヌヤは欠伸をしてるし、ヒャクヤは笑ってる。
泣きそうな顔をしてるのは俺とヘルザースだ。
え?
なんで?トドネ?
なんで?
「まったく!!初めてだ!!連邦特別捜査官の任命書が下から上がって来ることなど!!しかも!貴様らの連名付きだ!!幹部連中もこの書類には目を通してる!!もう隠蔽することもできん!!どう始末をつけるつもりだ!!トドネを地上に!禊をしていない連邦内に捜査官として派遣するのか!どうするんだ!!」
そんなこと言われたってエエ。
ええ?
どうしたらいいの?どうすんのさ?よう。ヘルザース、お前が何とかしろよおおお。
『落ち着け。俺達のマイクロマシンは、連邦全土に広がってる。トドネのフォローぐらいならできるだろう。』
そ、そうか。そうだよな。うん。大丈夫。大丈夫だ。
俺は何度か頷き、コルナを見上げる。
「そうだな。まずは、トドネ専用の装備を作ろう。ディフェンシブに特化したヤツだ。マイクロマシン薬も特別製にして、長期に体内に駐留するように改造する。いや…」
俺は俯いて右手で口を覆う。
「そうだな。いっそのこと、俺がトドネと地上に降りるか、分体を飛ばすか…」
「ダメよ。トガリったら、トドネちゃんには甘過ぎよ?」
「え?」
俺は思わず顔を上げる。
トンナが困った顔のまま、俺に視線をぶつける。
「五歳のサクヤだって魔獣狩りに行ってるし、トロヤリなんて、この間は大物を仕留めたじゃない?トドネちゃんは十二歳よ?そんなに心配しなくたって大丈夫よ。」
「いや、でも、サクヤ達が魔獣狩りに行ったのは俺達と一緒じゃないか?トドネだぞ?あの小っさくて、可愛いトドネなんだぞ?」
「そうだ。トドネは我々とは違うのだ。トンナ、自分を基準で考えるのは止めておけ。」
俺の反論にコルナが追随する。そうだよ。そうだよな?
「コルナ、あなたもトドネちゃんには甘いわ。トガリの様子から思ったんだけど、トドネちゃんは、その任命書?その紙を偽造したんでしょ?昔のトガリと同じじゃない。だったら、トドネちゃんには、トドネちゃんなりの覚悟があるのよ。」
俺とコルナは黙り込むしかない。
「国王と三人の最高執政官をだまくらかして、その連邦何とかっていうのになりたかったんでしょ?じゃあ、トドネちゃんの好きにさせてあげなさいよ。」
確かに、トンナの言うことにも一理ある。それにしたって、トンナが、こんなにまともなこと言うなんて、そっちの方が吃驚だよ。母親になるって、強くなるってことなんだな。
「大体、トガリがトドネちゃんに付いて行ったり、分体を使ったりしたら、折角の二人だけの旅行が台無しじゃない。」
いや、トンナはやっぱりトンナだった。
「そうなんよ。二人っきりの旅行がいらないなら、コルナの分もあたしらが旅行するんよ。」
アヌヤ、お前って奴は…
「それが良いの。パパと二人っきりなんて、久しぶりなの。」
ヒャクヤ…お前もか…
「誰が、いらないと言った。確かに、私はトドネに甘かったようだ。トドネには規定通りに単身で地上に赴いてもらい、連邦特別捜査官として働いてもらおう。」
カルテット・ザ・バカです。その四人の女達が獲物を狙う目付きで舌なめずりをする。
「最近はトガリも骨折しなくなってきたし、存分に楽しめるね?」
トンナが俺に同意を求めてくる。
「そ、そうだな…」
ちなみに楽しんだことは一度もない。
「こ、骨折されるのですか?」
トンナの言葉におかしな単語が含まれてたろ?その単語にヘルザースが引っかかる。
「そうだよ。こいつら、気持ち良くなってくると、夢中になってリミッターが外れるんだよ。お前も一度体験してみろ。こいつらに力一杯、抱締められる経験ってものを。」
「いやなんよ。なんで、あたし達が加齢臭のキッツイオッサンを抱締めなきゃならないんよ。」
「そうなの。ウチ等が抱締めるのは子供とエッチ好きすぎパパだけなの。」
うん。俺はそんなにエッチが好きじゃない。
お前達とのエッチイコール臨死体験だからな。三途の川が何本あっても足りない。
そんな女達が俺を見詰める。その目付きを見て取ったヘルザースが、顔を真っ青にしてる。
見たか。この女達の獰猛さを。
伊達や酔狂で、獣人なんて呼ばれてる訳じゃねえんだぞ?
俺の代わりに四週間の拘束と拷問を受けてみろってんだ。絶対、間違いなく、死ぬからな?
トドネには出来得る限りの最高装備を渡して、マイクロマシンで監督しながらフォローしよう。
俺は項垂れながら、指示を出す。
「コルナ。トドネに、ここに来るように言っておいてくれ。俺はそれまでに、この溜った書類を片付けるから。」
「うむ。承知した。」
「じゃあ、頑張るんよ。」
「ウチ等は無縫庵に帰ってるから。晩御飯は無縫庵で食べるの?」
「明日っから二人で旅行ね?」
トンナ達が、それぞれに応えて、俺は女達の後姿を見送る。
何だが虚しさだけが胸の内を駆け抜ける。
風切り音が聞こえるのは幻聴だろうか?
ヘルザースの方を向く。
「…へ、陛下も大変ですな…」
ヘルザースの言葉に頷く。
「うん。お前んところと大違いだろ?」
「は、はあ。」
「エッチのたんびに骨が折れるんだぜ?比喩じゃなくってマジでだぞ?自分で治療できる俺じゃなかったら死んでるぞ?骨盤が割られた時なんか、俺、もうインポになるんじゃないかって思ったもん。」
「はあ…そ、それは、なんとも…」
「な?仕事なんてできる訳がないだろ?俺、その内、あいつらに愛殺されるんじゃないかと思ってんだよね。」
「は、はあ。」
「知ってた?愛って簡単に人を殺せるんだぜ?」
「は、はあ、まったくもって、その、なんと申し上げればよろしいのか…」
「俺の仕事が長引けば、エッチのできないあいつらは、お前を殺しに来るだろうし、仕事が終わるたんびに俺が死にそうになるんだよ?どうよ?無間地獄って言葉知ってる?」
「はあ。各局長には、別の者を任命いたしますので…」
「うん。そうして。でないと俺の命にかかわるから…」
俺は項垂れたまま、読み終わっていた書類に押印する。鬱だ。明日っから地獄の四週間が始まる。
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