最も身近な奴が最悪の敵だった
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トドネから、国王執務室に来るよう言われたのは、二日前だった。
「大事な用事があるのでしゅ。できれば、午後三時ごろに来てくだしゃい。」
舌っ足らずな口調でそう言われれば、行くしか選択肢はない。
トドネは、姉のトネリに厳しく育てられ、素直で、可愛らしい子に育った。俺が十六歳で、トドネは十二歳だ。
そのことを忘れて、学校の視察に行くんだから、俺は相変わらずだ。
で、俺は、トドネの指定通り、国王執務室に粒子分解亜光速で移動する。
「トガ兄ちゃん!」
俺の姿を認めて、トドネが俺に抱き付いてくる。
「おう。トドネ、元気一杯だね。」
「うん。今日はね。誕生日プレゼントを貰いに来たのでしゅ。」
そうか。トドネの十二歳の誕生日は今日だったのか。
「そうか。じゃあ、何が欲しい?大概の物なら何でも作れるぞ。」
俺は満面の笑みで、トドネの要求に応える。
「これに、トガ兄ちゃんのシャインとハンコをくだしゃい。」
一枚の白紙の紙を差し出される。
「サイン?」
訝し気に思った俺はトドネに聞き返すと、トドネが、目をキラキラさせて、頷く。
「そうでしゅ。ここに、神州トガナキノ国、国王としてのシャインとハンコを下しゃい。トガ兄ちゃんの次はヘルザースおっちゃんとローデルおっちゃん。しょれからズヌークおじしゃんのシャインも貰いに行きましゅ。」
「なんで、そんなにサインが欲しいんだ?」
再びトドネがコクリと頷く。
「シュタンプラリーでしゅ。」
「ああ~。」
俺はトドネの言葉に思わず、声を上げながら頷いた。
「わかった。スタンプラリーな。でも、そんな物で良いのか?もっと、良い物を言ってもいいんだぞ?」
トドネが、真剣な表情で首を横に振る。
「神州トガナキノ国国王のシャインと最高執政官三人のシャインでしゅ。これ以上に凄い物はないんでしゅ。」
成程。確かに。現在、世界トップクラス国家となったトガナキノ国の最高権力者四人のサインだ。かなりの価値と希少性だ。
「わかったよ。で、ここに書けばいいのか?」
「そうでしゅ。この紙の下の方に書いてくだしゃい。ちゃんと、更科って書いてくだしゃい。」
「うん。わかってるよ。」
現在の俺の名前はサラシナ・トガリ・ヤートだ。
トガナキノ国のヤート族が、生まれる子、生まれる子にトガリと名付けたため、国民に家名として、日本式に名字を名乗るよう発布した。
当初はヤート族と獣人族だけが日本式の名前になったのだが、ヘルザース達も日本式に改名したので、トガナキノ国では、全員、家名である姓が先に名乗られるようになった。同時に爵位を表すミドルネームは廃止されたが、被差別の象徴であった族名は残った。
だから、俺の名前はサラシナが名字、家名で、トガリが名、ヤートが族名だ。それに対してヘルザースは元々の名前がヘルザース・フォン・ローエルであったのだが、現在はローエル・ヘルザースだ。
俺の目の前にいるトドネは、またちょっと違う。トドネは、母親のトネリがセディナラと結婚したため、ヤート族とセディナラの族名であるゴルタスと、二つの族名を持つことになる。そうなるとややこしいので、「族名は、なしでも良いんじゃない?」と、言ったのだが、族名に誇りを持っているトネリから猛反発を食らった。
で、結局、名字は俺と同じサラシナを名乗り、族名はゴルタスを名乗ることにしたそうだ。てっきり、ヤートの族名を名乗ると思っていただけに、ちょっと吃驚した。
俺は自分の名前を書いて、その横に国王の印章で判を押す。
その紙を貰ったトドネは、これ以上は無いというぐらいに満面の笑みを浮かべて、「ありがとうなのでしゅ!」と言って、隣の部屋に向かって、声を掛ける。
「ヘルザースおっちゃん!シャインをもらったのでしゅ!おっちゃんのシャインもくだしゃい!」
「えっ?」
ヘルザースがいる?ええ?聞いてないけど?
国王執務室の前室にあたる、隣の部屋から黒いローブを頭からすっぽりと被った男が現れる。
男がフードを脱いで、その顔を露にする。満面の笑みを浮かべたヘルザースが現れる。何故、ヘルザースが感知できなかったのか?俺の脳裏に疑問が湧き、思わず、目を眇める。
ヘルザースの着るローブ、俺の右目でそのローブを見ると真黒の状態だ。俺の右目は粒子の動きを見ることのできる精霊の目だ。その目が粒子の動きを捉えることなく真黒に見えるということは判別できないということを意味している。
通常のマイクロマシンを無効化する、幽子除去マイクロマシンを塗布したローブだ。周囲の幽子を過剰に消費し続けるだけのマイクロマシンは、他のマイクロマシンが消費する幽子を枯渇させる。そのため、通常のマイクロマシンは活動できなくなるのだ。長時間、身に纏っていては自身が幽子を補充できなくて活動できなくなるが短時間ならば問題はない。
しまった。
やられた。
トドネはヘルザースにもサインを要求したのだ。その交換条件として、俺を此処に呼び出すようにとトドネに言ったのだ。
ヘルザースが恭しく、俺に頭を垂れるが、その顔には、どこか不敵な物が含まれている。
「トドネ様、誠に喜ばしいことでございますな。それでは、私もお約束どおり、サインを致します。」
白々しくもそう言って、俺のサインの上にヘルザースがサインして、行政院第一席の印章で判を押す。
「ありがとうなのでしゅ!」
大きな声で、お礼を言って、トドネが国王執務室を飛び出して行ったのと同時に、その変化が現れた。
前室へと通じるドアが壁へと再構築されたのだ。
トドネの後姿を追っていたヘルザースが、ゆっくりと、俺へと向き直る。
唇が三日月のように歪み、変質的な笑みを隠すことなく、俺へと向ける。
「陛下。二日ぶりでしょうかな?このように、陛下のご尊顔を拝することが出来るのは?」
うん。ヤバい。
「本当に、陛下は執務室におられませんな。この二日間、どこで何をしてらっしゃったのかはお聞きしませんが、トドネ様に呼び出されては陛下も来ない訳には参りませんな。」
怒られる兆候だ。
「無駄ですぞ。この部屋の壁や天井は、イデアによって、暗黒精霊で構築されておりますので。陛下であっても逃げることは叶いませぬ。」
ヤバイ。
マジでヤバイ。
俺は自分自身を粒子化分解して、亜光速で移動することができる。しかし、ヘルザースが言った暗黒精霊、マイクロマシンの中でも、最も小さいF型マイクロマシンで構成された物質は通り抜けることができない。
思わず、俺はヘルザースの視線を避けた。
その視線の先にヘルザースが回り込み、俺の顔へと自分の顔を近付ける。
俺はもう、汗が、ダラッダラだ。
「ンッフッフッフッフッフ。陛下もわかっておられるのですな?如何な理由があろうとも、各国との会食をスッポカスということが、如何に悪いことかということを。」
まだ根に持ってやがったのか…
「…ご、ごめんなさい…」
目を逸らしながら、思わず謝っちゃったよ。だって、ヘルザースの笑い方がスゲエ変質的で、ストーカーっぽいんだもん。
「ン、ン~?謝る必要などございませんぞ?陛下は国王。この国の最高権力者であり、国王不労働という、前代未聞の法律を発布なされた、偉大なるお方なのですから。」
「イデア!この部屋から出せ!お前は俺の使役魔人だろうが!!早く俺をこの部屋から出せ!!」
俺は思わず、絶叫する。
『無理です。マスターからは、仮に契約解除した場合も、この国を護るように命令を受けております。現在、その命令が最優先事項として記録されておりますので、その命令を解除するには、一旦、私との契約そのものを解除し、再契約によって命令の上書をしていただく必要があります。』
なんだよそれ!六年も前の話だろうが!ちょっとは融通を利かせろよ!
「何故だ!?俺を閉じ込めることが、何故!トガナキノ国を守ることに繋がる?!」
『ヘルザース行政院第一席から、神州トガナキノ国運営状況を維持するためには、マスターを国王執務室に閉じ込める必要があると要請されたためです。』
俺はヘルザースに視線を転じる。
ヘルザースの口が笑みの形を崩すことなく、開かれる。
「用意していた書類を此処へ。」
視線は俺に固定されたまま、ヘルザースが、この場にいない誰かに指示を出す。
ヘルザースが出てきた前室とは、反対側の壁に設けられた扉が開かれ、三人のメイドがサービスワゴンを押して来る。
サービスワゴンには、大量の書類が乗せられている。
「ヘルザース…俺は国王だ。仕事は出来ないことになってるんだぞ?」
「は~い。わかっております。国王不労働の法律は、よ~く存じ上げておりまするとも~。」
三人のメイドがヘルザースの横に並ぶ。
「しかし、先日、陛下はお仕事をなさいました。」
「な、なんのことだ?!俺は仕事なんてしてないぞ!!」
三つのサービスワゴンも綺麗に並ぶ。
「陛下アア。もう、お忘れになったのですか?先日、ルブブシュに勅命を下されたではないですかアアアア。」
あっ
「あの勅命のお陰で、各院は、それはもう、てんてこ舞いでございますウウウ。」
いや、あれは…
「しかし、私は嬉しく思っておるのですよオオオ。陛下がお仕事をする気になられたのだとオオオオ。」
いや、待て。
「陛下アア~。陛下はご存知ですか?行政院には一体、幾つの機関があるのかをオオオオ~。」
なんだ、このヘルザースの嫌らしさは。頼むから、顔を近づけるな。
「き、きかん…?」
「はああ~い。環境調整管理局、教育施策方針局、気候調整情報局、農作調整管理局、水産調整管理局、地殻調整変動局、海流管理調整局、牧畜生産調整管理局、外務救援管理局、外交施策方針調整局、外事治安管理局、連邦管理監査捜査局、連邦行政監査局と、全部で八十五の行政院直下の機関があるのです。そのこともご存知なかったのですか?」
いや、だって、俺、働いてないから…。
もう、無言で目を逸らすしかない。
「ンッフッフッフッフッフ。で、私、行政院の第一席でございますゆえ、この八十五の各機関の局長を任命する権力を有しております。」
俺は、驚きのあまり、目をむいていたと思う。
その表情のまま、俺はヘルザースを見詰め直す。
「ンッフッフッフッフッフ。流石は陛下、察しが、およろしいですなアアア~。」
「ま、まさか…」
心ならずも俺の口から洩れる言葉は凡庸の極みだった。
「はあああ~い。そのまさかでございます。」
ヘルザースが、懐から一枚の紙を取り出す。そして、その紙を俺の眼前に掲げる。
俺は思わず、その紙をヘルザースから引っ手繰っていた。
八十五の行政機関。
心ならずも両手が震える。
八十五の行政機関の名前が、ずらずらとあまねく書かれた紙だ。
紙を近づけて凝視するが、その紙に書かれた内容が変わることもなく、俺の震えに合わせて揺れているだけだ。
各行政機関、その後ろに、八十五の行政機関の局長の名前が書かれてあった。
信じられない物を見た。
いや、信じたくない。
なんだこれは?
八十五も行政機関があるのに、そこに書かれている名前は一つだけ。
サラシナ・トガリ・ヤート
俺の名前がご丁寧に八十五も書かれている。
「はあアアアアアアアア?」
「不詳、このヘルザース、陛下から委任して頂きました局長任命の権限をもって、サラシナ・トガリ・ヤート殿を各局の局長に任命いたしましたアアアアアアアア!!」
俺は忙しなく、紙とヘルザースの顔を交互に見詰め直す。
「い、いやでも、待て、だって俺はこの国の国王で、この国の国王は働いちゃいけないことになってるんだぞ!」
俺の言葉を聞いたヘルザースが大きく頷く。
「その通りでございます。」
ヘルザースがニヤリと笑い、俺を見下す。
「私もその点は苦慮致しました。陛下がお働きになりたいと思っていらっしゃるのに、国王労働禁止の法律があるのですから、陛下に働いて頂くことができない。」
ヘルザースが顎に手を当て何度も頷く。
白々しい。
「ですから、陛下ではなく、サラシナ・トガリ・ヤート殿に局長として、お働き頂くのです。」
「いや!だから!サラシナ・トガリ・ヤートは国王で!国王は働いちゃいけないんだよ?!それに!俺は!全然!まったく!働きたいなんて思ってないから!!」
ヘルザースが俺を見下ろしたままに大きく笑う。
「左様です。神州トガナキノ国は、国王不労働の国であると、法文にも明記しております。また、陛下が神州トガナキノ国国王であることは皆が認める周知の事実でございます。」
くそ!働きたくないってところはスルーしやがった!
「だろう?だったら、こんなのおかしいじゃないか!!」
ヘルザースが踏ん反り返って大きく笑う。
悪役の笑顔だ。
お前、天性の悪役だな。
「陛下が神州トガナキノ国の国王であるということは、皆が、認める周知の事実ではございますが、国王が誰であるかは、法文には、一切、いっっっっっさあああああああい、明記されておりません!!」
…
『ああ、確かに国王についての法文は、神州トガナキノ国の国王は働いてはならないとの条文しかないな。ヘルザースの勝ちだ。』
イズモリ、お前って相変わらず他人事な。
「じゃあ、じゃあ、俺が国王だっていう法律を発布すればいいんだろ!発布するぞ!今、この場でだ!!」
ヘルザースが余裕の笑みを湛えたまま、俺を見下ろす。
「陛下アアアアアアアア。法律発布の権力は立法院第一席のズヌークに委任されておりますよオオオオ?どうやって、なんの権力も持たない陛下が、新たな法律を発布なされるのですかアアアアアアアア?」
『詰んでるな。諦めろ。』
『カンヅメだね?』
『カンヅメだ。』
『トレーニングルームを要求しろよ。』
『夜伽の女の子は、さっきのメイドさんかな?』
いや!俺は絶対に諦めん!!
俺は手に持った紙をヘルザースに差し出し、大声で怒鳴る。
「ヘルザース!勅命だ!俺を局長から解任しろ!!」
ヘルザースが首を傾げて笑う。
「はて、何か仰いましたかな?最近、寄る年波には勝てませんでな。よく聞こえませんでした。」
こ、このジジイ!!素ッとボケやがったアアアアアアアア!!
『無駄だ。国王のことをこのガキ呼ばわりする奴だぞ。諦めろ。」
ヘルザース手強し…
俺は、俺の名前が八十五も書かれた紙を持ったまま、その場に膝をついた。
そんな俺を横目にヘルザースが勝ち誇ったように言葉を続ける。
「いや~トロヤリ殿下が王位継承なさるときに神州トガナキノ国元首に関する条文を整備すれば良いと後回しにしたのが功を奏しましたな。」
俺の挫折した姿を見ながら、ヘルザースが「うん、うん。」と頷いてやがる。
こうして、俺の初黒星はヘルザースによって刻まれた。




