第7章 二人で持ち帰る
村長の家では、窓が開けられていた。
椅子が部屋の端まで寄せられ、真ん中の机に管理記録が置いてある。葬儀から来た村人たちは、座る前に上着の土を払った。
ユーゴは入口に近い席へ腰を下ろした。隣の椅子が空いたままだったので、後から来たロゼットへ顎で示した。
彼女は座る前に、村長へ頭を下げた。リュックを足元へ立てる音がした。
「北を、このままにはできん」
村長が机に手を置いた。
管理人がうなずき、記録を開いた。
「今はロゼットさんの応急品で持たせています。ですが、あれを正式な結界として使い続けるわけにはいきません。止まった国家承認スクロールを、早く交換する必要があります」
「買ってくれば、取り替えられるんだな」
村人の一人が聞いた。
「適合する品なら。設置と保守は私ができます」
「なら、あんたに領都へ行ってもらうのが早い」
管理人は首を振った。
「購入の資格がありません。ここの設備を扱う役目と、承認品を売買する資格は別なんです」
机の向こうで、誰かが息を吐いた。
「村長でも駄目なのか」
「わしにもない。この場で持っているのは――」
「私です」
ロゼットが答えた。
椅子が一脚、床で鳴った。
ユーゴは机の向こうを見た。さっき領都へ行く人を決めようとした男が、ロゼットから管理記録へ目を動かしている。別の男は腕を組み、口を開きかけた。
買えるのは彼女だけだ。だが昨日、役人の前に立っていた彼女へ、皆の目が集まっていた。
「俺が行きます」
ユーゴは膝に置いていた手を上げた。
男の口が閉じた。村長がこちらを見た。
「お前にも資格はないぞ」
「はい。だから、ロゼットにも一緒に来てほしい」
隣の椅子が、わずかに動いた。
ユーゴは彼女を見た。
「買うのを手伝ってもらえる?」
ロゼットはすぐには答えなかった。机の上の管理記録へ視線を落とし、それからうなずいた。
「買い付けはできる。条件を揃えて選ぶところまでは……。ただ、私が見て大丈夫と言うだけでは、今は――」
「領都の魔導局で、詳しい人に見てもらおう。俺が横に立ってても、巻物の良し悪しは分からない。でも、説明を一緒に聞くことはできる。ロゼット一人が選んで帰ってくる形にはしない」
ユーゴは村長へ向き直った。
「分からないところは聞いて、帰ってきたら、何を選んだのか二人で説明します」
ユーゴは机を見た。今の設備に何が必要なのか、並んだ数字を見ても分からなかった。
「何を持っていけば相談できるか、教えてください。畑の広さみたいに、聞かれてから答えに戻るわけにはいかないんで。忘れないよう、書いていきます」
管理人が頁を繰った。
「設備の記録を写しましょう。間違ったものを買わないよう、必要な条件をまとめます」
ロゼットが机へ身を寄せた。管理人に断って頁をめくり、指先を置く。
「型と製造番号も、このまま写してください。似た名前の品で取り違えると、相談が最初からやり直しになるので。止まったのがどの品か、そこは……間違えずに伝えたいです」
管理人は彼女の指した箇所を見て、紙を一枚足した。
ユーゴは昨日、ルネが閉じた頁を思い出した。あの続きまで、聞いてくれる人のところへ持っていく。
「買った交換品は俺が運びます。壊さないための包み方も、聞いてきます」
窓から風が入り、紙の端が持ち上がった。ユーゴは手で押さえた。
机の向こうの男が、組んでいた腕をほどいた。
「道中で、もし何かあったら」
「そのためにも俺が行きます。」
ユーゴは答え、ロゼットへ目を向けた。彼女がうなずくのを待ってから、村長へ向き直る。
村長はしばらく黙っていた。それから管理人へ向き直った。
「必要な記録を揃えてくれ。代金と、村からの買い付けだと分かる書付はこちらで用意する」
机の上に別の紙が置かれた。
「二人で行って、交換品を持ち帰る。そのあいだ北は見張る。戻ったら設置する。よいか」
「はい」
ユーゴが答えたあと、ロゼットも小さく返事をした。
村人たちは、見張りを誰と交代するか話し始めた。買い付けの書付には、ユーゴとロゼット、二人の名前が記された。
彼女がリュックを持ち上げると、村長が声をかけた。
「支度ができたら、金を受け取りに来てくれ」
「分かりました」
ロゼットは答えた。肩紐をかけ直し、部屋を出る。ユーゴもその後ろに続いた。
*
村長の家を出たところで、昨日の農婦が声を掛けた。
「これから行くんだね」
ロゼットは肩紐を持ったまま立ち止まった。
「出る前に、新しい獣除けの具合を聞く約束だった。畑は、どうでしたか」
「今日はまだ、まともに入ってないから。分からないよ。昨日のあとのことは、誰も……」
「そうですよね」
ロゼットはうつむきかけ、農婦の顔へ目を戻した。
「急がせてごめんなさい。仕事を再開してからの具合でいいので。もしまた胸がざわついたら、無理をせず止めてください」
「帰ってきたら、また話せるんだね」
「はい。獣が畑に入ったかも、一緒に聞かせてください」
農婦はうなずいた。昨日のように、リュックの商品へ手を伸ばすことはなかった。
ロゼットが留め具を直すのを待ってから、ユーゴは道場へ向かうことを伝えた。
*
ベルナールは道場にいた。
ユーゴが領都への買い付けを伝えると、師は戸口に立ったまま話を聞いた。
「ロゼットと二人か」
「はい。グランジュ村を通って行きます。俺には買う資格がないので、そこは頼まないといけません。荷物と道中のことは、俺も引き受けます」
「あの支道は、まだ整っていない。最近は途中でゴブリンも見かけると聞く」
ユーゴは腰の鉈へ手をやった。刃は拭いてきた。鞘の口に残った汚れは、まだ落ちきっていなかった。
ベルナールもそこを見た。
「待っていろ」
奥へ入った師が持ってきたのは、一本の剣だった。
飾りはなかった。柄に巻かれた革も、鞘も、目立たない色をしている。差し出されたものを受け取ると、鉈とは違う重さが両手に乗った。
「旅のあいだ、貸してやる」
ユーゴは顔を上げた。
「いいんですか」
「鉈だけで行かせるわけにはいかん。抜いてみろ」
人のいない側へ体を向け、鞘から剣を抜いた。刃が窓の光を細く返す。柄を握り直すと、指の当たる場所がいつもの木剣とは少し違った。
「振り回すな。先に、立て」
両足の位置を直した。剣先を上げる。肩に力が入っていることに気づき、息を吐いた。
ベルナールは刃先ではなく、ユーゴの足を見ていた。
「昨日、足を取られただろう。剣が長くなっても、踏む地面は変わらん。相手に届くかだけ見て、足元を忘れるな」
「はい」
「逃がす相手がいるなら、そちらの道も見ておけ。お前が一人で抜けられる場所と、荷を背負った者が通れる場所は違う」
ユーゴはうなずいた。
少し間を置き、剣を鞘へ戻した。最後まで納めてから、師に言った。
「結界を、持って帰ります」
「お前も帰ってこい」
ユーゴは返事をしようとして、一度口を閉じた。
師は待っていた。
「はい」
今度は声が出た。
鞘を腰へ取りつけると、歩くたびに位置を確かめたくなった。戸口を出るときも、片手をそこへ添えていた。
村長の家へ戻る道の先で、ロゼットが待っていた。大きな革のリュックの横に、旅の食糧を包んだ荷が置かれている。
ユーゴは、まず包みのほうを持ち上げた。




