第48話 持ち帰るべきもの
目を覚ました翌日、ユーゴは寝床の横へ寄せてもらった机を見ていた。腕と胴の布はまだ外せず、体をひねると脇腹が痛む。
核の欠片は、包んでしまうと掌に隠れる大きさだった。
ユーゴはそれを見てから、机に積まれた記録を見た。紙の束の方が、よほど場所を取っている。
リシュアンは、持ち帰るスクロールを一つずつ確かめていた。境を測った図。医療と通信の使用記録。発見した石の外観と反応を写したもの。四人がどこで何を見て、いつ装置から離れたかを聞き取った紙。
不作動だった医療のスクロールにも、別の記録が添えられた。
「今は動くのに、それも持っていくんですか」
ユーゴの問いに、リシュアンが頷く。
「村で動かなかった時と、外で動いた時、そして村でまた動いた時。同じスクロールで結果が変わったことを、品物と記録を合わせて調べます」
ロゼットが番号を読み上げた。リシュアンが手元の紙と照合し、確認した所へ印をつける。
「あの埋まっていた石を持って帰れたら、もっと分かったのに」
「ええ。核片と装置を並べて、術式を詳しく比べることもできません。できないことは、報告にもそう書きます」
リシュアンは包みを閉じた。
「だから、残った物まで失うわけにはいきません。私が王都へ運びます」
*
「出発前に、二人にも伝えておきたいことがあります」
リシュアンは別の書面を出した。王都のレイモンから、滞在中に領都を通じて届いたものだという。
「ベルフォンから送っていただいた停止品が、王都へ届いています。レイモンさんが調べた結果と、各地の報告を、こちらの記録とも照合していました」
ロゼットが、自分の帳面の前の方を開いた。
「浄水のスクロールですね。あそこでは動くものも、動かないものもありました」
「はい。そしてロレの止まっていた医療と緊急通信のスクロール。そのどれも、新しい規格のものでした」
ロゼットの指が止まった。
ユーゴは二人の顔を見た。
「古いのと、新しいのがあるって話?」
「ええ。10年前に発行さらた新しいスクロールを作る規格です。不具合がその新規格の方へ偏っているのではないかと考えています」
ロゼットはすぐに答えず、ベルフォンのスクロールの番号と、手元の写しを行き来した。
「新旧があることは知っていました。でも、使えなかった理由と、そこを結んで見ていなかった」
彼女は頁を戻し、別の行へ指を置いた。
「ただ、これも新しい方です。これはあの場所で働きました」
「それがあるので、まだ断定できません」
リシュアンは同じ行に目を落とした。
「同じ新規格でも正常なスクロールがある。新しいものは全て欠陥だ、と言えば、この結果を説明できなくなります。現物の装置も失われていますから、どの条件で止まったかを調べ直す必要があります」
「じゃあ、古いのに替えれば全部安心ってわけでもないんだな」
ユーゴが言うと、ロゼットは頷いた。
「何を、どこで、どう使うかを確かめるのは同じよ。ただ、次に止まったスクロールを見る時、確かめる項目が増えた」
彼女は規格の欄を見直した。使えた物まで一緒に線を引いて消すことはしなかった。
「そっちは、王都でも調べてもらえるんですね」
「そのために戻ります。現地でしか分からない結果を設備のある場所で確かめたい。レイモンさんと、他領の事例も合わせます」
リシュアンの声は、寝床で証言を聞いてくれた時と同じ落ち着きがあった。ユーゴには、分からないことが増えたのか、分かる所へ近づいたのか、まだ判断できなかった。
けれど、全部同じスクロールだから仕方がない、と終える話ではなくなっていた。
ロゼットは帳面を閉じず、品名の並ぶ頁へ戻った。
「補充するスクロールも、考えないと。使った分を同じもので埋めるだけではまた困るかもしれない」
「旧規格のスクロールを探すのでしたら、隣のロシュベル領があります」
リシュアンの言葉に、ロゼットが顔を上げた。
「北の山脈の向こうね」
「ええ。あの領は新規格への切り替えに否定的で、今も旧規格のスクロールが多く流通しています。旧規格のブランクを扱う工房も残っていますから、仕入れ先を探すなら候補になるでしょう」
「ブランクも手に入るなら、客に合わせて作れますね」
ロゼットは余白にロシュベルの名を書き、しばらく品名の列を見ていた。
「村で待っている人の分を揃えたいんです。ロシュベルの工房を回って使えるものを確かめてみます」
ユーゴも帳面を覗いた。浄水や医療のスクロールのそばに、山向こうの領地の名が加わっている。
「じゃあ、次は山越えか。荷は俺が持つよ」
「頼りにしてる。けど、ちゃんと傷を治してから」
ロゼットはそう言って、余白にもう一つ印をつけた。
*
「もう一つ、見てもらいたいものがあります」
ロゼットは荷の内側から、小さな布包みを取り出した。紐をほどくと、木片と留め具のついた石が現れる。
ユーゴは顔を近づけかけ、脇腹の痛みに動きを止めた。ロゼットが布包みを彼の見える側へ寄せた。
「ゴブリンの杖についてたやつか」
「ええ。グランジュの洞窟から持ってきたもの。何でこんなものを持っていたのか、ずっと引っかかっていたの」
粗い木の先から魔法が飛んできた通路を思い出した。帰りに彼女が包んだ石だった。畑の道具を村へ返した後も、これだけは調べるために荷へ残していた。
「洞窟で拾った場所と、使っていた相手は記録してあります。私が回収してからは術式を変えていません」
ロゼットは帳面を開き、包みの横へ置いた。
「グランジュでは魔法が止まっていないでしょう」
ユーゴは頷きかけ、顔を上げた。
「干し草の道具は動いてた。でも、それだけじゃ――」
「ええ。あれは私が調整する道具だもの。それだけで村中のスクロールが無事だとは言えない。でも、村で聞いた限りではフルーリやベルフォン、ここで起きたような停止の騒ぎはなかった」
彼女は三つの村の名を帳面の余白へ書き、その間へグランジュを加えた。
「フルーリの近くから森側へ巡って、止まった村が続いている。その途中のグランジュだけ同じことが起きていない。今までは、そういう場所もあるとしか考えていませんでした」
リシュアンが、石から彼女へ目を移した。
「ロレの埋設物を見て、考えが変わったのですね」
「誰かが、あの場所へ設置した。石がなくなった後、止まっていたスクロールが働いた。あれが停止を起こしていたと考えるなら、グランジュにも同じ目的の石が置かれていたんじゃないかって」
ユーゴは布の上の石を見た。
「それを、ゴブリンが持っていった?」
「そして、自分たちが使う魔法で上書きしてしまったとしたら。元の働きがなくなって、村では停止が起きなかった。それなら、石を持っていた理由と、あの村だけ何も起きなかったことが、つながるわ」
ロゼットの指が石へ近づき、触れずに止まった。
「もちろん、そう使われていた跡を私が見つけたわけではありません。誰かから盗んだ物かもしれないし、最初から別の用途だったかもしれない。でも、確かめないままにはしたくないんです」
ユーゴは、彼女が書いた村の名を見直した。
「もしそうなら、ここだけじゃなくて、辺境の村を一つずつ回って石を置いた奴がいるってことか」
「その可能性が出てくる。スクロールがばらばらに壊れたんじゃなく、誰かが場所を選んで止めていたのかもしれない」
奪われた食料や農具と同じように、この石もどこかから運び込まれたのだろうか。ユーゴには、どこまでが同じ出来事なのか見えなかった。けれど、ゴブリンを倒して終わったはずの洞窟が、急にこの村のすぐ隣へ寄ったように感じた。
「ルヴィエは? あそこでも、止まったって話は聞かなかっただろ」
「ルヴィエは別の街道よ。それに領都から歩いて三時間ほどの距離だから大きな騒ぎを起こせば、領都にもすぐ話が届く。人目を避けて何かを試したかったなら、近すぎて選ばなかったのかもしれない」
「場所を選んだ理由まで、まだ分かったわけではありませんね」
リシュアンの言葉に、ロゼットは頷いた。
「はい。だから、止まらなかった村の記録も見てほしいんです。私たちが聞いていないだけの不具合があったのかもしれない。この石も、王都で調べてもらえますか。前の術式が残っているのか、上書きした跡があるのか」
リシュアンは、回収場所を記した頁へ指を添えた。
「預かります。まず、石そのものの加工と術式を調べます。変更の痕跡が残っているかも。ただし、跡が見つかっても、それを書いたのがゴブリンか、いつ持ち去ったかまでは、別に確かめる必要があります」
「分かりました。拾った後の扱いも、書き足します」
ロゼットは筆を取った。ユーゴも杖を落とした場所と帰りに立ち止まった順番を覚えている範囲で話した。
紙を読み合わせてから、石は別の袋へ収められた。リシュアンが受け取るスクロールの一覧へ、もう一行加える。
ロレで失った石が戻ったわけではない。それでも、ロゼットが捨てずに持ち続けた疑問を、今度は調べられる人へ渡すことができた。
*
出発の支度が整う頃、村長が見送りに来た。
エステルもリシュアンの体調と接触の記録を最後に確かめ、帰路へ出られることを伝えた。皆で予防薬を飲んだ日から、療養と観察を重ねてきた。ユーゴも疫病からは回復していたが、魔獣につけられた傷はまだ手当てが要る。自分たちが旅に戻る時には、傷の回復も含めて改めて確認を受けることになっている。
再びスクロールが止まった時の扱いと、緊急時の連絡先は、現地の担当者へ渡してある。働くスクロールを確認しながら看護は続け、村外の場所もすぐには片づけない。
リシュアンは最後に、ユーゴとロゼットへ向き直った。
「追加の報告は、これまでどおりクラリス様を窓口にしてください。領主側と私たちに、同じ内容が届くように」
「違う所から、別々の話にならないように、ですね」
ロゼットが答えた。
「はい。確かめたことと、疑っていることを分けたままお願いします」
ユーゴは頷いた。
「森へも治ったら話しに行きます。村を助けてもらったことと、あの石のこと」
「お願いします。ただ、急がないでください。先に届けるべき記録はあります。ご自身で話すのは体が戻ってからで」
リシュアンはそう言い、荷を持ち上げた。
ユーゴは短い見送りだけならとエステルに許され、戸口へ出ていた。荷へ手を伸ばしかけると、ロゼットがその前へ回った。
「運ぶ人はいるわ。あなたは行き先を見届けて」
村人がリシュアンの包みを持ち上げた。紙の束も入った荷を馬車へ収め、揺れても倒れないよう位置を確かめる。ユーゴは腕を下ろし、その手が終わるのを待った。
「今度は見失わないでください」
言ってから、ユーゴは顔を上げた。責めるように聞こえたかもしれなかった。
「すみません。石がなくなったら、見たことまで消えそうで。これもなくなったら、村で起きたことを、また最初から信じてもらわないといけない気がして」
リシュアンは包みから手を離さなかった。
「はい。受け取る相手に渡すところまで、見届けます」
ユーゴは息を吐き、戸口の柱へ肩を預けた。
ロゼットの隣に立って、車輪が動き出すのを見た。フィンは村の仕事を引き継ぐ相手と話していた。みんなが同じ馬車へ乗るわけではない。それでも、持っていく物と、ここで続ける仕事は、つながっていた。
*
領都を経てリシュアンが王都へ戻ったのは、ロレを発って数日後だった。
門を通り、魔導局の階段を上がっても、リシュアンは荷を下ろさなかった。受領を記録する部屋で番号を読み合わせ、レイモンの前へ運んでから机に置いた。
「帰ったか。怪我は」
「問題ありません」
「エステルは?」
「村で治療を続けています。村の治療者との引継ぎもありますから」
レイモンは短く頷いた。次に机の包みへ目を向ける。
リシュアンは、封を開く前に報告した。
「停止範囲の中心候補で、発信する魔導石を発見しました。ですが、現物は失いました。先にその経過からお伝えします」
レイモンは途中で遮らなかった。
四方向の境界。中点から求めた範囲。植え直された草と加工石。短時間に観測できた単一の波動。その直後の召喚と、村へ向けられた攻撃。
記録へ指を置き、見ていた場所と、見えなくなった時間を分けて話した。
「回収者を誰も見ていません」
リシュアンは最後に告げた。
レイモンが装置の外観を写した紙を見た。
「装置ごと無くなっていたのだな」
「はい。外側の線を写したものと、短い観測だけです。内部の構造を確認したとは言えません」
「分かった。あるものを見せてくれ」
リシュアンは包みを開いた。
小さい核片が、机に置かれる。レイモンは手で触れず、記録の方を寄せた。
「どの個体から、どう採った」
リシュアンは狼型の個体の図を示し、ロゼットと回収した手順を話した。次に不作動品を出すと、レイモンは番号だけでなく、再び作動した時の記録も求めた。
「今働くから以前の不作動が間違いだったということにはしない。逆に、今は同じ失敗を再現できないことも残しておこう」
リシュアンは頷き、受領の一覧へ添える記録を増やした。
もう一つの袋から、木片のついた魔導石を出した。
「こちらはグランジュのゴブリン洞窟からロゼットさんが回収して保管していたスクロールです。ロレで失った装置とは別のものです」
回収時の記録とともに、彼女の仮説を伝えた。石を持ち去って術式を上書きした可能性。停止の報告がないグランジュと、領都に近いルヴィエ。辺境の村々で、人為的な設置が繰り返されていたのではないかという疑い。
レイモンは、石の記録を核片のものと分けて置いた。
「ゴブリンが使っていたことと、その前に何に使われたかは分けて調べよう。止まらなかった村についても、報告がないだけなのか、確認が済んでいるのかを揃えたい」
「術式の変更痕跡と、各村の使用記録ですね」
「ああ。答えを決めてから痕跡を探さないように。だが、調べるだけの理由はある」
リシュアンは依頼事項を書き添え、魔導石の袋にも受領番号を付けてもらった。
資料は村にいた時より扱いやすくなっていた。比較するための他領の報告があり、保管の設備と、解析に使う器具がある。失った装置は戻らない。それでも、持ち帰ったスクロールから、ここで確かめられることはあった。
「新規格への偏りはロレのスクロールでも続いています。ただし、正常品もある」
「まず、その違いを消さずに並べよう。製造と流通、使った場所と条件も。規格が同じというだけで、全てのスクロールを同じ結果にはできない」
レイモンは別の報告の束を取り出した。
「村で人が襲われた事実も、スクロールの故障とは分けて扱う。何を公に確かめられるかを揃える必要があるが、揃うまで何もしない、ということではない」
解析の担当と、各地の使用記録を照合する担当が呼ばれた。リシュアンは核片を扱う前の保全状態を説明し、不作動品の試験条件を書き出した。
机の端には、紛失した装置の図が残っていた。
リシュアンはそれを片づけず、次の書面を隣へ置いた。王都の手続きと設備で、現地から届いた事実を先へ進める。そのために持ち帰ってきたのだ。
受領者の名が記され、保管場所が決まった。リシュアンは最後の包みから手を離し、解析の机へ椅子を寄せた。




