第45話 土に埋められたもの
地図の印を頼りに来た場所には何も変わったものは無かった。
低い枝が絡まり、その下に落ち葉が溜まっている。ユーゴは道から見える範囲を確かめ、ロゼットの手元へ目を戻した。
「この辺りだよな」
「ええ。でも、ここ一点に決めたわけじゃない。囲んだ所を、順に見ていきましょう」
ロゼットが記録を閉じた。村から持ち出した医療のスクロールは、別の包みに入っている。彼女は銃の留め具にも触れ、使えるカートリッジを確かめた。滞在の合間に点検し、再充填していた雷と氷を、取り出せる側へ寄せる。
村へ戻る通路は、背後の南西へ伸びていた。一度低木の端を回れば、家々のある道へ出る。前方と右手には、背丈ほどの枝が重なっていた。
フィンが右へ寄った。
「ここから先は、俺が先に入る。通った所を教える」
ユーゴは、枝を払おうとしていた手を下ろした。
フィンが足を置く場所を選ぶ間、リシュアンは図の候補と現在地を照合していた。ユーゴには、何かを捜して歩いている人が三人いて、自分だけ立っているように思えた。だが、後ろの通路へ人が入ってこないかを見る仕事も頼まれていた。
村の方を振り返り、また茂みへ目を戻した。
*
「この枝だ」
フィンが呼んだ。
ユーゴは示された足場まで近づいた。枝が途中で折れ、下の枝へ引っ掛かっている。
「獣が通ったんじゃ?」
「それもあるな。調べてみなければまだ分からない」
フィンは折れた向きの先を指した。そこにも枝が曲がり、地面の草が倒れていた。
「こちらから入って、奥で向きを変えている。下を見てくれ」
落ち葉の薄い所に土が見えた。周りより平たく、靴の先で押したような縁がある。ユーゴが顔を寄せると、フィンはもう一か所を示した。
草の株が、土に浅く載っていた。
「根が、ちゃんと入ってない」
畑の苗を植えた時のことを思い出した。葉だけ起こしても、根の下に隙間があれば長くはもたない。
「一度抜いて、戻してあるのか」
「そう見える。踏まれた土を、隠すように」
フィンはそれ以上触らず、リシュアンを呼んだ。折れ枝と土と草を、同じ図へ記していく。
ロゼットが身をかがめた。
「自然に枯れた場所とは、違いそうね」
「ああ。何をしたかは、下を見ないと分からない」
ユーゴは腕まくりをしてから、土へ手を伸ばしかけ、リシュアンを見た。
「どこから除けばいいですか」
「まず、この落ち葉だけを。根や硬いものに当たったら、そこで止めてください」
ユーゴは頷いた。
*
落ち葉の下の土は、表面ほど固くなかった。
フィンの示した側から少しずつ植え直された草を脇へ移し、指先で掘り進めると、土とは違う硬い縁に触れた。
「何かある」
ユーゴは手を止めた。
石だった。けれど、谷から運んだ石を畑で拾う時のような丸さではない。平らに削られた面があり、その端に、細い線が刻まれていた。
リシュアンが覗き込む。
「もう少し、周りを。石を引き抜かないで」
ユーゴは片膝の位置を変え、石に力を掛けないよう土を除いた。
何かの金属が現れた。地面の中で石を支え、傾かないよう留めてある。ロゼットが息を止めたのが聞こえた。
「誰かが、ここへ据えたのね」
ロゼットは、石の傾きを支える留め方を指で追った。醸造槽のそばで、道具がずれないよう確かめていた時と似た手つきだった。それが途中で止まり、彼女は指を引いた。
「動かない様に固定してある」
ユーゴも同じことを考えていた。
草を戻さなければ、通りかかった人にも見えたかもしれない。
リシュアンが石と固定具の位置を図に写した。フィンは掘った所から離れ、東側の低木へ目を向けた。
「周りを見ておく。何か動いたら声を掛ける」
ユーゴは頷き、立ち上がった。膝についた土を払っても、石の縁の感触が指先に残っていた。
*
リシュアンは測定具を石へ近づけ、向きと距離を変えた。
手が止まり、記録の一行に印が入る。ロゼットが、四方向の境を書いた図をそばへ置いた。
「何か、出ていますか」
「加工された魔導石です。波動が出ているみたいです。ただ、何の波動なのかはわかりません」
「これが、スクロールを止めてる?」
ユーゴが尋ねた。
リシュアンは、すぐ肯定せず、測定具を少し離した。
「その可能性はありますが、そんな事象は今まで聞いたことありません。停止する範囲から推定した中心の近くに、こうして何かを発信する魔導石がある。ただ、何へどう作用しているかは」
「スクロールを、ここで試したら」
ユーゴがロゼットの包みを見る。彼女は首を横に振った。
「この辺りでは、さっきから使えないわ。石へ近づけても使えなかっただけでは、もう一つ確かめたことにはならない」
「じゃあ、離してみるとか。これを、抜いたら」
石へ伸ばしかけた手を、ユーゴは止めた。
リシュアンが、固定具の付け根を調べていた。
「持ち帰って詳しく調べる必要があります。ただ、いきなり引き抜いてよい物かも分かりません。まず、据えた状態を残します」
ロゼットが図へ石の向きと見えた線を足した。リシュアンが外側へ触れる位置を確かめ、固定具の周辺を調べる。
石は、地面から外されなかった。
ユーゴは村の方を見た。低木の向こうに、人が暮らす屋根があった。寝床の前で家族が待ち、効くはずのスクロールを使おうとした、そのそばで、こんなものが埋まっていた。
「これを隠した人は、村のスクロールが止まるって知ってたのかな」
ロゼットの筆が一度止まった。
「分からない。でも、置いた人を確かめなければならないわ」
彼女は石へ目を戻した。
「この村の人が、どれだけ困ったか。その人が知らなかったとしても聞かずに終わらせたくない」
ユーゴは拳を開いた。土のついた爪が、掌へ食い込んでいた。
「壊したら、それも聞けなくなるか」
「少なくとも、調べる物が減ります」
リシュアンが答えた。
ユーゴは石から離れ、通路側へ立ち直した。
*
「二人とも、手を止めてくれ」
フィンの声で、ユーゴは顔を上げた。
東の低木の下に、光があった。葉に日が透けた色ではない。地面へ細い線が伸び、草の影を下から押し返していた。
ユーゴは村へ戻る通路を見た。
そちらにも光が走っていた。曲がり角の手前で、枝の影を横切り、途切れずにつながっていく。
「村への道にも!」
ロゼットが記録を包み、胸元へ引き寄せた。リシュアンが石から手を離す。
光の内側で、何かが動いている。
ユーゴは剣の柄を握った。今度は、枝の音に驚いたからではなかった。




