第44話 働き始める場所
ロゼットが広げたのは、村で使えなかった医療のスクロールだった。
ユーゴは、まだ物置に残してある備蓄の箱を見た。
「それを持っていって、治療の方は足りる?」
「これは不作動を確認して、調査用に分けておいたスクロールです。使っている寝床から外したわけではありません」
リシュアンが保管の記録を示した。村長の了解も取ってあるという。ロゼットは番号を読み、同じ番号が書かれた紙を彼に渡した。
「通信のスクロールと違って、起動と停止を確かめられるものよ。今日は、途中で別の品に替えない。東で動いたスクロールと、西で動いたスクロールが別なら、場所の違いかスクロールの違いか分からなくなるから」
ユーゴは頷いた。同じ種を違う畝へまいて比べる時に、種まで替えてしまうようなものだと思った。
物置前の平らな場所で、ロゼットがスクロールを据えた。
手順を追っても、線は暗いままだった。リシュアンが測定具を近づけ、反応がないことを記す。患者へ使うのではなく、起動するかを確かめていた。
「ここを出発の位置にします」
リシュアンが地面の目印と方角を記録した。ユーゴは昨日用意した縄を持ち、フィンは道の先を見た。
全員が東の方へ歩き出す。
*
家の間を抜け、村の境界の柵まで来ても、スクロールは働かなかった。
ロゼットは決まった間隔で立ち止まり、同じ向きと置き方で起動を試した。使い方を変えれば働くのでは、とユーゴは一度思ったが、今日は何を比べているのかを思い出して黙った。
柵が前を塞いだ。
「あそこから外へ回れる」
ユーゴが道を指すと、リシュアンは頷き、そこで距離の記録を区切った。
「歩くのはそちらから。ただ、回った長さを東へ進んだ距離に足さないようにしましょう」
ユーゴは縄を持つ手を止めた。
「戻る分まで、長くなるのか」
「ええ。知りたいのは、基準からどちらへ、どれだけ離れたかです」
フィンが先へ回り、柵の向こうから見通せる場所を示した。リシュアンは方角を確かめ、測る線をつなぎ直す。ユーゴは縄が草へ引っ掛からない高さに持ち上げた。
道を歩くだけなら、気にせず曲がっていた所だった。
さらに進んだ時、ロゼットが顔を上げた。
「今、少し出た」
スクロールの端の線が、薄く光って消えた。
ユーゴは目印の布を出した。ロゼットが首を横に振る。
「まだ。少し戻って、もう一度」
来た方へ数歩。起動しない。外へ数歩。短く光る。その先では、光が線の奥まで通った。
リシュアンが測定具を見ている間、ロゼットは手を離し、働きが続くのを待った。
「ここでは、保てています」
「同じ所へ、もう一度戻してみるわ」
起動を止め、内側へ戻す。再び試しても動かなかった。外側へ運び直すと、今度も同じ所で光が続いた。
ユーゴはスクロールと足元を見比べた。土も草も、境を線で分けてはいない。数歩の違いで、同じ道具が使えるものと使えないものに変わる。
村外の寝床で、木こりが自分で椀を持てた日のことを思い出した。あの家族には、光の有無が図の上の印では済まなかった。ユーゴは布を持ったまま、ロゼットの確認が終わるのを待った。
「ここからなら、働く」
「今、確かめた範囲ではね。一瞬光った所と、安定した所は別に記しておく」
ロゼットはスクロールを包んだ。ユーゴが杭を打ち、布を結ぶ。測定した品は彼女の手元に戻り、草の上には目印だけが残った。
フィンは杭の周りを見ていた。
「この跡は、今つけたものだ。あとで戻る時、ほかの跡と混ぜないよう覚えておく」
ユーゴは自分の靴跡へ目を落とし、布の向きを確かめた。
*
物置前へ戻ると、ロゼットは同じスクロールをもう一度広げた。
働かなかった。
「直ったわけじゃないんだな」
「ええ。外で一度使ったから、ここでも動くようになるわけではなさそう」
リシュアンは東の記録を閉じ、西の欄を開いた。
今度は、ユーゴが思っていたより早く反応が出た。
まだ東で歩いたほど離れていない。だが、ロゼットが数歩ずつ行き来し、リシュアンが確かめても、安定して働く位置は変わらなかった。
「東と同じ長さじゃない」
ユーゴが言うと、リシュアンは二つの記録を並べた。
「それを、ほかの方向でも見ます。村の中のどこを出発点にしたかで、境までの距離は変わりますから」
南へも、北へも出た。
方角を変えるたびに物置前へ戻り、番号と不作動を確かめた。フィンが足場を見て先へ進み、ユーゴは周りに動くものがないか確かめながら縄を運ぶ。ロゼットがスクロールを見る間、リシュアンは方向と距離、反応の強さを記録した。
南では、北ほど遠くまで行かずに働いた。北の試験を終える頃には、ユーゴの靴に違う色の土が重なっていた。
最後の杭へ布を結び、ロゼットがスクロールを仕舞うのを待つ。
「四つとも、場所を書けた?」
「ええ。スクロールも、ここに」
彼女が包みを持ち上げた。ユーゴは頷き、村へ戻る道へ向かった。
*
机に広げた図には、四つの点があった。
ユーゴは、東と西、南と北をそれぞれ指で結んでみた。線は、物置前の印で交わる。
「真ん中って、ここじゃないのか」
「それは、私たちが測り始めた場所です。そこから四方へ出たのですから、線がそこへ戻るのは当然なんです」
リシュアンが定規を置いた。ユーゴは図を見直した。
東の点までは長く、西は短い。北と南も、物置から同じ長さではなかった。
「物置を真ん中と決めて歩いたわけじゃ、なかったな」
「そう。真ん中がどこかを、これから考えるの」
ロゼットが東と西の点を結び、その半分の所に印をつけた。物置より東へ寄った所だった。
「一か所から、おおよそ同じように広がっていると仮定してみるわ。そうなら、東西の真ん中はこの辺りになる。ここから南北へ線を引く」
次に、リシュアンが南北の点の中間へ印をつけた。そこから東西へ線を引く。
新しい二本の線は、物置の印を離れ、北東側で交わった。
ユーゴは身を乗り出した。そこには家の印がない。
「人が住んでない所だ」
「茂みがある」
フィンが言った。
「低い木が重なっていて、道から奥は見えにくい。建物の外だ」
ロゼットは交点の周りを、少し広く囲んだ。
「ただ、ここに必ず何かがあるとは限らない。境の形がきれいな円とは限らないし、光り始めた所と安定した所にも幅があったでしょう」
「線を引く時の違いも?」
「あります。測った距離と方角にも。だから、一点に杭を打って終わりにはできません」
リシュアンが、記録の脇へ残していた幅を図へ移した。
線が増えると、ユーゴには少し分かりにくくなった。けれど、広い村の周りをただ歩くのと、まず見るべき場所を知って歩くのとは違った。
「この囲んだ中を、調べればいいんだな」
「まず、そこから。何もなければ、測り方や考え方も見直すわ」
ロゼットは筆を置いた。
*
フィンは図を見たあと、ユーゴの手にある縄へ目を向けた。
「茂みへ入る時は、先に見させてくれ。枝を払ってからでは、誰が折ったものか分からなくなる」
ユーゴは頷いた。荷を持って通るためなら、邪魔な枝を先に押しのけていた。
「俺は、通る所を決めてから動く。掘るものが要るかな」
「地面を見てからだ」
リシュアンが測定具を収め、ロゼットはスクロールと記録を別々に包んだ。ユーゴは借りた縄を畳み、明るさの残る空を見た。
村の北東に、低い木々が重なっていた。
そこは、朝には調べる理由のなかった場所だった。




